2013年3月7日木曜日

食事中は……


洗ってもシミのとれないブラウスやスカートが何枚かある。たいていは、よく目立つところである。安物のTシャツなら惜しくは無いのだが、ちょっとした決心?をして買ったものは、捨てるに捨てられない。といって着て外出は出来にくいもの。胸元の汚れや、スカートの真ん中は、格別よくない。食べこぼしという印象になるからだ。事実食べこぼしのシミなのだが。(笑)

しかも、普段着ではない、ということは、外出して、談笑しながらの食事中の食べこぼしなのだ。気が付いてもすぐに手当てが出来ないので、シミになる。特にうす色のものは、ちょっとしたシミも目立ってしまう。

高齢になると、食事中は、【ひっくり返さない・食べこぼさない・喉に詰まらせない・もったいないと無理に食べない】ということを考えながら戴くのだが、つい、何かをしてしまうのだ。

しっかり持ったつもりが持っていなかった、手を伸ばしたら手前のコップをひっくり返した、アイスクリームが緩んでしまってスプーンから落ちて胸元に、箸を口に持って行く間にこぼれおちてご飯粒が床に、飲みこんだのはいいが、気管に詰まって咳きこんでしまった、といったようなアクシデントは数え切れない。

でも、こういうことが、高齢ということなので、しかたがないことなのだと諦めている。気を付けるといっても、どうしようもないことが多い。

こんなことを書くのは、春物の衣類を引っぱり出したのと、昨日、食事中に、死ぬほど咳きこんで苦しんだ経験をしたものだから、ついでに書き添えた次第。

 

2013年3月6日水曜日

頼るということは……


はたから見れば、随分幸せと思うのだがが、いつも不満を口にしている方がいらっしゃる。

県外に住むMさんから、たまに電話がくるのだが、何とも湿った話ばかりで、こちらの気分も滅入ってしまう。私としては、「それがどうしたっていうの?」といった程度のことなのだが、ご本人にしてみれば、気に入らないのだろう。そんな具合だから、ご自分のことに関しても、とても悲観的だし、一つのことを決断するにもなかなか出来なくて、他人様にすぐに相談する。しかし、その人の意見を聞くわけではない。ただ意見を拝聴?するだけで、悩みは続くようだ。

思うのだが、彼女のような生き方をしていると、足元に幸せが転がっていても、それを拾ってみることはしないだろう。気の毒だと思う。

時にはお節介と思いながらも、御意見奉るのだが、「そうだわね」と言うだけで、一向に考えが変わった気配はない。

これはもう、そういう性格になってしまったと思うしかない。若い時は、そうではなかったのだから、幸せそうな生活環境の中で、そのようになっていったのだろう。お金に不自由なく、旦那様に頼りきっていればよかった結婚生活。100%満足な生活が続くと、80%、70%の幸せには、満足できなくなってしまったのかもしれない。頼りきっていた旦那様の死後、彼女は変わってしまったようだ。

見えない顔を想像しながら、ひどく気持ちの老けこんだMさんを想像する。

無理もない。トシとともに、人様に頼りたくなるのが常である。Mさんが特別だと思うのは、若いときから人に頼ることの生活が長かったためだろう。

「人を頼る」ことが、だんだんと気持ちの老化を進めていくこと、気をつけねばと思うこの頃である。

 

2013年3月5日火曜日

脱税


TVのニュースを見ながら思った。「お金持ち・富豪」と言われている方は、どこまでお金を貯めたら満足し、法律にそむいたりしなくなるのだろうか、と。お金持ち皆さかが皆ではないだろうが、よく聞く話である。

東京で貸しビルをたくさん持つという社長さんが、脱税して、TVで報じられて、恥をさらしていなさる。貸しビルというのは、額に汗を流して得る収入ではないので、税金は割高だろうが、それにしても、あの世に持って逝けるものでもないのになあ、と、年金で満足な暮らしをしている者にとっては、「欲の深い方やなあ」と思うのだ。

発表によると、【容疑者は、一部のテナントの賃料を売り上げから除外したり、所有するビルを売却したように装って架空の損失を計上したりして、2011年12月期までの3年間に計約28億8400万円の所得を隠し、法人税計約8億6200万円を脱税した疑い。同社はこの期間、赤字申告しており、法人税を納めていなかった。この会社、福岡県の博多、小倉地区などにも50棟以上あって、高級クラブやバーなどが入居する飲食店ビル。川本容疑者はバブル期には、雑誌で「銀座の不動産王」などと紹介されたこともある】とか。

ま、平凡な市井の人間には、分からぬのだが、それにしても、悪事をしてまでお金を貯めこむことはないだろう。蓄えてある財産の一部でも、世のため、人のために出してこそ、人間らしい金持ちなんだがなあ……。

2013年3月4日月曜日

卵の話の続き


以前、卵の話を書きました。それを読んでくださった方が、卵を遠慮なく食べられる、と言ってくださる方が何人かおられます。

私としましては、それぞれの身体のこともありますし、色々な健康に関する本が出ておりますので、ちょっと気になって、最近は、本屋でそう言った本を立ち読みして、卵のことを書いてないかと調べています。
単に、宣伝のための本ではなく、医学的に、あるいは栄養学的に研究された本をみているのですが、卵を食べ過ぎるなとかいてあるのは、今のところ見当たりません。
ただ、ある本(文庫本)に、『卵や植物の芽は、身体に悪い』というのを見つけました。それは、芽や卵の核細胞の中に、【核蛋白(プリン体)という遺伝子成分がたっぷり含まれていて、成長の原動力になるが、これが体内で代謝されることで、尿酸という物質を作り出し、やがて蓄積されて結晶化される。これが痛風の元である】と。驚いてその文庫本を買って帰りました。

読み続けますと、【鶏の卵は、1個の単体なので、プリン体の量はしれているが、筋子や数の子、鱈子などのような数になると、数え切れない数になる】……ということで、鶏の卵は、心配ないようです。(笑)

自然界は、誠によくできていて、生殖細胞を食べられると、その種は滅びてしまいますから、そこで、生殖細胞を食べ過ぎると、病気を起こすように、動植物が仕組んだものだそうです。その病気というのが痛風らしいです。

このように、植物は、芽や種に毒を仕込み、動物は卵に毒を仕込むということです。ビールが痛風によくないのは、麦芽がプリン体の宝庫だからだそうです。

ついでに書きますと、種の保存のために、同種を食べ合うことは、(共食い)はタブーで、どんな生き物もしません。
が、狂牛病は、それを破った結果だそうで、飼育するときに、牛の肉骨粉を食べさせてしまったとか。その飼料を食べた牛の脳には、プリオンという蛋白質がついて、いくつもの空洞ができ、スポンジのようになったとか。怖い話でした。

2013年3月3日日曜日

桃の節句


ひと足早い桃の花を付けた小枝が、お花屋さんやマーケットに並んでいます。
桃の節句といえばお雛様の出番です。女の子の健やかな成長と幸せを願って飾ります。
お雛様に飾られる一対の樹は、桃ではありません。向かって左が白い花に黄色い実をつけた橘(たちばな)で、右がピンク色の桜です(桃じゃないですよ!)。これは「右近の橘」「左近の桜」と言いますものね。

しかし、もう我が家では、お雛様を飾ることはなくなりました。立派なお雛様は、大きな箱幾つかに入れられたまま、戸棚にしまわれて、10年がたちました。孫ふたりが、お雛様を飾ることに、興味がなくなったのと、飾るのも片付けるのも、大変な手間のかかることなので、おとなたちも「ま、いいか」ということになってしまったようです。

我が家だけではなく、雛段を立てる家は、少なくなっているようですが、ちょっと淋しい気がします。
お雛様も、どう考えても気の毒です。暗い戸棚の中で、じっと耐えています。ひょっとして、鬱になっているかもしれません。()

徳島県の勝浦町というところには、ビック雛祭りというのがあって、会場では、2万体以上のひな人形が飾られています。メインは高さ約78mもあるような大きなピラミッド状の雛段が作られています。雛人形は全国から寄せられたもので、(供養料として5千円?が必要)不要になって送られてきたお雛様や人形が、大きな会場に、所せましと並べられています。
毎年送られてくる数が多くて、多分困っているのではないかと思います。送る方も、家には置いておけば場所をとるし、そうかと言って、捨てることも出来ないない、ということで、噂を聞いて送りつけてくるのでしょうね。

私も何度も観に行ったのですが、ひな人形の可愛い優しいお顔が何とも言えません。
地元の方たちの作った散らし寿司や、お餅、ういろうなどが売られていて、それをお土産に買うのも楽しみの一つです。

また、今年も誘われて行く機会があるかも知れません。(^^)

2013年3月2日土曜日

被害妄想?


友人から、電話があった。Aさんが最近、何かヘンだという。以前は、聞き流していたようなことに、ひどく腹をたてているし、冗談が通じなくなった。また親切でしてくれたことにまでも、バカにされたように受け取っている。……ということだった。ま、いってみると、被害妄想的だとおっしゃる。

こうした傾向が、1年ほど前から見られたのだが、だんだんとひどくなっている、というのだ。

彼女にしてみれば、親しくしているAさんが、認知症にでもなるのではないかと心配しているのだ。

よく言われていることに、「年をとると、頑固になる、個性が強くなる、人が悪くなる、人がよくなる、角がとれて円くなる、など等言われるのだが、それもその人によって違いがあるので、認知症との関わりは何とも言えない。

他人から見ると、笑えるようなことに、検討違いの反応を示すのだから、滑稽なのだが、Aさんのことを心配する彼女は、私にどうしたらよいものかと、相談の電話をかけてきたわけである。

私は以前、10人ほどのあるグループの仲間同士で約束したことがある。万一、この仲間の中に、『ちょっとオカシイ』と思う行動が現れたら、その家族に連絡して、検査をしてもらい、認知症の傾向が出ているなら、早めに手当てをしてもらおう、と言うことにしたのだ。というのは、軽い認知症というのは、家族にはなかなか分からないのだ。ところが、時々しか合わない友達には、ちょっとした異常行動は目に付く場合がある。

その10人程が旅行に行ったとき、Mさんの言動に、おや?ということがあったものだから、Mさんの家族とも親しい方が、同居している娘さんに検査のことをお願いした。「うちのお母さんは、もともとそんなんよ」と、はじめ相手にしてくれなかったのだが、気になったのか、お医者にいったところ、「よく来た。早く気が付いてよかったね」と言われて、その後薬を常用している。もう10年近くなるが、娘さんのおっしゃるには、「薬飲んでなければ、母はもう廃人だろうな」といってられた。

 
話を戻すが、Aさんの場合は、非常識だが、認知症との関わりがよくわからない。一案として、「貴女が、近頃、物忘れするから、頭をみてもらいたいから、いっしょに行ってくれない?」と誘って、二人で検査に行くのはどうかしらねえ」と言ったのだが、彼女の返事は重かった。分かる。私だって、イヤだもんなあ。彼女も多分、行かないだろうなあ。(::) 

2013年3月1日金曜日

三月の空


「さんがつ」「やよい」というのは、とても耳触りのよい、ほっとするような響きがあるし、連想するのも、「桃の節句」「卒業」「お花見」「合格」などなど、歓迎したい言葉ばかりが浮かんでくるのだが、最近は、そうばかり言ってはいられない。

中国からは、健康への影響があるというPM2.5の濃度の高い空気だけではなく、空の色を黄色くする招かざる客もやってくる。それに加えてスギ花粉までが降ってくるのだから、暫くは、外に出るのも億劫である。マスクがけの命がけの外出なんて、とんでもない三月ということになるらしい。

私は最近になって、スギ花粉症になったらしく、風邪もひいてないのに鼻水がでたり、目がころころしたりで、気分はよろしくない。
鼻や口にはマスクをかけても目は無防備。目薬を差したが、どうもさっぱりしない。

さっきまで外で庭仕事をしていたのだが、今日は、風が強い。ニンジン畑のビニールハウスがポンポンという音を立てて騒いでいる。でも、気温が高いせいか、春が来ていることを身体で教えられた。家の中で、パソコンなどいじくっていては、こんなことはなかったろう。1枚着ているものを脱いだが、それでもまだ脱ぎたい心境だ。

天気予報では、午後3時頃からは雨という。黄砂を含んだ雨は、白い車に薄茶色の鱗のような斑点を残す。雨の来ぬうちに、買い物にいくことにしようか……。