2015年3月17日火曜日

№901  濃霧


今朝、6時20分に家を出て、車で人を石井駅まで送ったのですが、なんと、20メートル先を走る車らしきもの。その赤いライトが見えない状態でした。この深い霧の中を無燈で走っているのかと思ったのですが、近寄ると、赤いランプがみえました。

ところが、吉野川に架かる橋まできますと、全く霧が晴れているのです。対向車は、皆、無燈です。もう晴れたのかと思っていたら、帰りは、吉野川を過ぎると、また濃霧です。無燈では走れませんでした。吉野川を挟んで、こんなにも違うものかと、驚きました。久しぶりの濃霧の中の運転でした。

昔、北海道を走った時、狩勝峠が、まるでミルクを噴射したように、5メートル先が見えない中を、のろのろと、運転したことを思い出しました。道路わきが見えない状態だったので、それにくらべますと、何ということもない濃霧でしたが……。(^^)

 

2015年3月15日日曜日

№900  蜂須賀桜


蜂須賀桜は、ヤマト桜と、沖縄系の桜の一代交雑種カンザクラの一種で、江戸時代まで徳島城御殿にあった桜です。最後の城主蜂須賀茂韶(もちあき)が、重臣原田家(国登録有形文化財)党首に託したとされています。その母樹は、今も毎年、この季節には、咲き誇っています。

今日は、その原田家で行われる【武家屋敷と蜂須賀桜】の一般公開の日なので、小雨の中、会のメンバーの方に連れて行っていただき、桜を見せていただきました。淡い紅色の花をつけて、枝を四方に拡げる蜂須賀桜の母樹の、堂々たる姿は、不思議な清々しさと艶やかさがあり、老木とは思えぬものがあります。老いてもこうした桜のように生きたいものです。

そのあと、お屋敷内に入れていただき、お手前を頂きながら、尺八と琴の演奏(千鳥・六段)を聴き、帰りました。連れのひとりは、蜂須賀桜の苗木を買われましたが、桜は虫がつきやすく、消毒等の手入れをすることが出来ないと思って私はよう買いませんでした。

とにもかくにも、今年初めての桜との出会い、しかも何百年もの老樹の咲かす花との出会いは、私のどこかに鞭を打っていただいた気分でした。

2015年3月13日金曜日

№899  maru様へ


かなり以前に書きました私のブログを読まれたmaru様が、今日、こんなコメントを下さいました。

……前略……文中にある塚本の本で、笹野さんの歌を拝見したのですが、他のお歌もぜひ見たいのですが、歌集も出ていないようで、ネットでも見当たりません。もしお手元に作品の断片でもございましたら、お暇な折にでも、ブログ中にご紹介いただければうれしいです。

と。

笹野儀一さんは、歌集 【供華】(くうげ・昭和61年刊)を出版されています。その本が、当時、短歌界では、塚本天皇などと言われていた塚本邦雄氏の目にとまり、戦後の全国の歌集の中から、100冊を選ばれて新聞に連載された【現代百人百首】に、取り上げられました。代表歌は、ご存知の軍隊から帰還すると、すでに母上が亡くなられていた、そのときの歌、

★胸中のしぶくが如き悔しさに百合突き立てるたらちねの墳  

そのほか、★父の骨抱きつつ行けば父ならぬわが死ののちの風韻(ひび)くなり ★戦ひの修羅経し後にわが観たるものなにならむ曼珠沙華昏し ★あらあらと知恵づきはやき女童(めわらわ)の臍(ほぞ)金剛の汗光るかな ★虹の脚垂るる窓辺の夕闇に熱高き子のいのち漂ふ  
以上の歌を、塚本氏が選び、新聞に出ておりました。

私は、短歌には縁のない無骨者ですが、笹野氏の歌集を手にして、何度も感動して釘付けになったのを憶えています。maru様のおかげで、笹野氏のことを、久しぶりに懐かしく思いだしました。

 

2015年3月11日水曜日

№898   3.11


東日本大震災から4年。あの日から毎日、何らかの形で、大災害に遭われた方たちの悲しみ、復興への努力や、頑張っておられる様子、そして震災の恐ろしさ、復興の難しさを目にしてきたし、いつ、またどこで大災害が起こってもおかしくないと言う日本列島住民の心がまえ、訓練などなどを、教えられてきた。

しかし、正直言って、私の心のうちは、切羽つまった感覚はなく、「もう、このトシになれば、どうなっても仕方がない。若い者こそ、命を大切にしてほしい」という気持ちが先立っていて、いざというときには、どうするか、などと具体的に考えたことはない。

ただただ、あれ以来、涙もろくなってしまって、気の毒な方たちがテレビに映ると、目が洪水になってしまい、何もできない自分が悔しいのと同時に、健気にも頑張る方たちや、若い方たちの優しい心や奉仕精神に、感動の涙を流すだけである。

それにしても、福島の原発事故の恐ろしさは、始めの想像をはるかに大きく、しかも、何も解決できていないというのに、『安全』ということが決まれば?稼動するというのは、どう考えても怖いことのように思えてならない。電気代が上がってもしかたがない、いや、少々不便な生活になっても、我慢してでも、原発は動かさないのがいいのでは、と思うのだが、こうした考えでは、国は動かなくなるのだろうか? 我慢出来なくなるほど、国の情勢が悪くなるのだろうか? それとも、大企業や、裕福層が困るのだろうか? 我々のような者は、どちらの意見も、もっともだと思うので、分からなくなってしまう。

ただ、言えることは、【想定外】ということは、どんなときであっても、起こり得ることを忘れてはならないと思うのだ。

 

2015年3月8日日曜日

№897  出征


また朝ドラ【まっさん】のことですが、息子を戦地に送り出す父親の様子が映し出されました。私はその時、昔母が、父の出征を見送って家の中に入るなり、奥の間に走り込んで、押入れの戸をあけ、積みあげた蒲団に顔を埋め、泣きだしたことを思い出しました。身体を震わせながら、声を噛みしめても漏れてくる嗚咽に、子どもながら驚きました。息子や夫を、戦地に送り出す辛い気持ちは、戦後生まれの方には分らないのでは……。

ドラマの中の父親も、弾にあたらぬように、逃げ回っても生きて帰れと言いましたが、それが親心でしょう。

戦争にいかず、国を守っていた国民も、家を焼かれ、身内を爆撃で殺され、丸裸になった人たちは、大勢おりました。どんなことがあっても、どんな目にあっても、戦争よりましだ、戦争だけはしてはならないと、総ての国民は思ったはずです。

キナ臭い法律が出来そうで、落ち着けません。日本が戦争を始めることはないにしても、戦争しているところに出かけて、戦争にに参加出来る国になってしまいそうです。

もう、戦争を知らない人たちが、国の舵取りをしているので、戦争の恐ろしさを骨の髄まで知っている者には、怖くてなりません。

70年という歳月は、戦争の怖さを、だんだんと色あせたものにしてきたようです。子や孫たちの世代に、戦争などに巻き込まれるようなことだけは、私たちでストップさせねばと思うものです。

2015年3月6日金曜日

№897  優希美青さん


朝ドラ【まっさん】を、視ています。まっさんの娘役をしている優希美青さん(15歳)が、ひどく痩せているのが、とても気になっていました。横顔など、頬が削りおとしたようになっているのは、とても普通ではないように思い、何か悪い病気にでも……と、心配だったのですが、やはり、体調不良で、今後暫く休養ということ。働きすぎの過労かも、などと噂されているようですが、15歳といいますと、まだ高校1年生?くらい。女優というには、早すぎる年齢です。子役に毛が生えたようなものですから、過労で痩せてしまうほど、こき使うのは、どんなものかと思えてなりません。

私など、若い芸能人の名も顔も、殆ど知らないのですが、朝ドラのように、毎日のように顔をみていますと、情もうつるというもので、気に罹ることもあるものです。

それにしましても、芸能界というものは、若者には憧れの世界のようですが、一人前になるまで、というか、自立出来るだけの収入を得るまでが、容易ではないようです。そんな中でも、スターと呼ばれる人たちは、一握りの方たちですから、大変な世界と思います。ピカリと光る才能も必要でしょうが、そういう方たちの集まりでもあるのですから、努力の積み重ね、巡りあう運、健康、辛抱強さ、人柄、そうしたものが人一倍必要な世界でもあるようで、棚からぼた餅のように、いい役が降ってくることは、珍しいでしょう。

ともあれ、早く、健康になって、また素敵な女優さんに成長してほしいものです。

 

2015年3月4日水曜日

№895  転倒


先日、部屋の中で、転倒してしまった。木で出来た昇降台に躓いて、思いっきり前に転んだ。両膝と手や腕が顔より先に床に着いたらしく、頭や顔をぶっつけることはなかったし、骨に異常はなかったのは幸いだったが、打ち身というのは、打ってないところまで痛くなるらしく、翌日は背中まで痛くて大変だった。(笑)

二日ほどは、トイレに座るのも、立ちあがるのも、うんうん言っていたのだが、日にち薬で、なんとか痛みも納まり、今日は、毎月の役員会を我が家(町文藝協会事務局なので)で予定とおり開くことも出来た。

こんなアクシデントに見舞われたものだから、思うように動けなかった二日間ほどは、気分が落ち込み、ろくでもないことばかりを考えて、このまま、認知症になっていくような気がしてしまった。

そして思った。私は、病気やけがで寝込むようになったら、多分1か月もせぬうちに、認知症になるだろうと。

私は、外を歩く時は、転ぶことには、いつも気をつけていたつもりだったが、家の中では、そんなこと思って歩くことはまったくなかったことに気がついた。家の中で転倒なんて、考えてもいなかったのだ。私としたことが……。私の生活信条の中には、・歩くときには転ばぬように。・モノを食べるときには、喉につまらせぬように。・何事も、無理せず楽せず。なんて、かかげているのに。(笑)

ともあれ、トシも考えて、これからは気をつけようと思った次第です。