2016年10月9日日曜日

№1090 笑う


  笑いの効用は、よく言われている。可笑しいこともないのに、笑うことは難しいが、笑っていると、気持ちが幸せになってくるとも。笑うことはなかなかできなくても、笑顔は出来そうだと心して歩いてみると、その作り笑顔も、いつのまにか消えている。

今朝は、ひとりで笑うことがあった。そしたら、とても気分がよかった。やはり、声を出して笑うことは、いいことなんだ。(笑)

NHKTVがこんなことを放送していた。【紅白歌合戦当日の観覧者を募集しています。現在受信料をお支払い頂いている方に限ります】と。聴いたとたん、声を出して「はっはつは」と笑ってしまった。何が可笑しかったかと、聞かれても、その気持ちはちょっと言いにくいのだが、面白かったのだ。色々な場面が想像された。NHKとしては、「受信料も払わずにNHK観てる人など、入れないぞ」の気持ちは、よく分かるし、払っていない人にとっては、「べつに会場まで行かなくても、TVの方が面白いや」「ああ、こんなときは、当然やろな」などなどだろうし……。

私は、「ふふふっ。この調子で、『視聴料払ってない方は、この番組は見ないでください。すぐにスイッチを切り替えてください』と、画面に出たらどうだろう」なんて想像してしまったり……。

落語、漫才は、聞いている人の笑いがとれなければ、商売にはならないのだが、TVでのお笑い番組は、たまに耳にすることがあっても、何となく落語や漫才のようには笑えない。喧しいと思いはじめてしまう。落語は、立派な芸と認められていて、【人間国宝】という方も出てくるが、漫才は、まだその域にはたっしていないようだ。

ま、せめて道を歩いても、仏頂面よりも、笑顔や微笑みが自然に出てくるような人柄になれたらいいなあ。無理だけど。(^^

 

 

2016年10月5日水曜日

 №1089 好かれる老人


  先日の研修会の一つに講演があった。『輝くシニアの生き方』という題。もうこのトシになると、一応は、聞き知っていることばかりなのだが、実践となると、出来ているものばかりではない。
  例えば【好かれて老いるためには】では、①感謝の心(まあまあ) ②いつも笑顔(愛想はよくない) ③否定語を避ける(自覚せずに使っているかも) ④陰口を言わない(憎めない陰口を聞くのは楽しいなあ。ふふふっ) ⑤進んで挨拶を交わす(まあまあかな。小学生に合うと、おはようさん、おかえり、とか言うのだが、返事がないことが多いなあ) ⑥名前と顔を憶える(まったく不得手) ⑦約束と責任を果たす(これはまだきっちりと果たしているつもり) ⑧嘘をつかない(嘘も方便のときが、よくあるんだけど……) ⑨上からの目線で見ない(教員の癖で、見ているかもしれんなあ) ⑩自分の価値観を押し付けない(押し付けてないけど、○○したのがいいのとちがう?なんて言うのは、よくある。押し付けかしら?) ⑪相手の長所を見てあげる(これは心掛けています) ⑫優しいコトバをかけてあげる(わりかし、かけていると思っているのだが……。「わりかし付ければバカでも利口」なんてこともあるんだけど……)

 といった具合で、なかなか難しい。嫌われる老人には、なりたくないなあ。

 

№1088 暫く日記

  今日は(104日)、忙しい一日でした。前日に引き続いて、研修会があった上に、夜は、劇塾での稽古。10時過ぎに帰ってきてから、雑務をしていたら、こんな時間となりました。ブログは、ご無沙汰になっているので、これから暫くは、生きていることだけでも、お知らせしておきます。(笑)

2016年9月29日木曜日

№1087 一件落


 今年の大きな仕事の一つ、文藝協会の機関誌「あいずみ文藝」11号の発送作業が終わった。昨日は役員が集まり、その作業を手分けでし、今日は、会長さんや会計さんと印刷所に行って、支払いと、発送を終えた。

それまでの準備がかなり忙しかったので、少々草臥れたので、事務局も、いつまで出来るかと思うのだが、一方、他の役員さんは、それぞれお忙しく活躍されている方たちばかりなので、ま、出来るうちは……という気持ちもある。近いうちに、「もう引退してもいいですよ」と、やんわりと、首になるやもしれないのだが。(笑)

 こうした文藝に関わっていると、会員の高齢化ということが気になる。特に俳句などをされている方たちは、高齢の方が多い。昨年まで何とか作品を出していたが、今年はもう作れないとおっしゃる方が、毎年何人かいらっしゃる。俳句にかぎらず、書く能力というのは、ふつう年齢とともに落ちて行くのが当たり前なのだが、それをくい止めるには、やはり、書き続ける、作り続けることが大切なのだ。そういう点では、結社に入られている方は、作品を出さねばならないし、吟行などもあり、いつも俳句のことを考えたり、勉強会をされている関係で、作品は出して頂ける。そうしていても、感覚その他が鈍ってくるので、そうしたマイナスをプラスに変えるのは難しいのだが、一面、トシとともに味わいが深くなるようなものが出来る。どちらにしても、続けることの大切さを痛感する。

 

2016年9月23日金曜日

№1085 秋分の日


  お彼岸の今日は、夫の命日と重なりました。21年前の今日、夫は、あっけなく心筋梗塞という思いもかけぬ病であの世に着地してしまいました。当時は、まるで悪夢をみているようで、断片的な場面は思い出せても、通夜の様子などは、まったくと言っていいほど、思いだせない。それほど夢のような出来ごとだったのでしょう

でも、21年も過ぎると、当時の悲しみよりも、私も夫のように、寝込むこともなく逝きたいという思いが強くなっています。

 亡くなって一年近くは、心身ともに疲れ果てたような気分でした。事実、足腰はガタがくるし、眼はしょぼしょぼするし、睡眠は思うようにとれず、朝起きても霞んだような頭で、何かが抜け落ちたような気分でした。何をしても、心底楽しめないしんどさ、家族に心配させぬために、表面は元気そうに振舞うのも、またストレスになるのです。「そんなことではダメやないか。好きな随筆でも書け。わしのことでも書いてみいや」こんな夫の声は、大分前から聞こえる?のですが、その気にもなれませんでした。同じ庭に住む息子夫婦と孫二人に支えられてふんばっていたものです。

でも、ここらでジャンプしなければと決意しました。夫の要望にこたえようと思い、一周忌は夫の新しい誕生日、そのお祝いに墓前に捧げる文集を作ることにしました。

 生前に書いたものも含め、100ページほどの小冊子ですが、在りし日の夫のことを、正直に書いたのです。あれも褒め、これも褒めでは、うそになります。夫を知る方たちにも、読んで笑っていただけるものと思い書きあげました。

 ふと思いたって、今日、その小冊子を手に、くすりと笑いながら読み返したものですから、こんなことを書いてしまいました。あ、日付けが変わりそうだ……。

 

2016年9月19日月曜日

№1084 台風16号


大型台風が、徳島県にも、近づいてくるようです。私の家の西の窓のそばに、大木の辛夷がありましたが、23年前の台風で、太い幹が割れて、倒れました。半分以下になってしまった幹に、今年も葉っぱは青々と茂ってはおりますが、もう根が腐っているものですら、台風のたびに、倒れはせぬかと心配です。倒れても、家にぶつからぬほどに、丈を切ってはありますが、枝も伸びたので、あてにはなりません。

どうか、もっと東に向いて海上を暴れてほしいものです。

徳島県は、今年は、台風の被害はあまり受けてはおりませんが、何度も大雨、暴風に遭っている地方の方々、ほんとに大変ですね。山崩れや洪水などの被害のないことを祈るばかりです。

 

2016年9月17日土曜日

№1083 流行り病


  今、麻疹が流行っているらしい。日本では、麻疹など、死語に近かったのだが……。

今から80年も前のことだが、私の記億では、麻疹は、100%ちかくの者が罹った。罹ってない子は、麻疹の子の家に連れて行かれて、わざわざ感染させていたものだ。子どものうちに、罹っておくのがいい、ということだったようだ。

私は、幼いころはひ弱な子だったので、麻疹も水疱瘡も、おたふく風邪(耳下腺炎)も、幼稚園や小学校で感染している。どこで感染したのか、B型肝炎も陽性だ。多分、ワクチンの注射針の使い回しによる感染だろう。今のところ、まだ肝炎は暴れていないので、何の処置もしていない。もう、80歳頃から、お医者さんとは、ご縁が薄くなっている。激痛などの我慢はできないが、それ以外は、お医者には行かない主義なので、風邪も腹痛も膝痛も腰痛もほったらかしにしているので、病魔に侵されつつあるかもしれない。が、何とかトシ相応のことは出来ているので、心配はないと思っている。もういつ倒れても仕方がないが、だれでも自然治癒力というのがあるはずなので、それを信じている。トシとともに、弱って行くのは当然なので、食生活や、ちょっとした運動などは、出来ることはしながら、健康維持には勤めている。

正直なところ、お国のことを考えてみると、老人が長生きするほど、若者たちの負担は増えて行くことになる。元気なうちはいいが、医療費をどんどん使うようになれば、大変だ。少しでもお国のためになるような、逝き方をしたいと思っている。(笑)