今夜のNHKスペシャル「子供の貧困」を見ながら思った。これは、大変なことになる、何とかしなければ、と。私のような者が思っても何の役にもたたないのだが、年寄りと子供とどちらが大切か、ということではなく、年寄りは、自分の子や孫だけではなく、社会全体の子供たちのことを考えないと、いけないことが、今更ながら思った。貧困児童が多いことは、将来、日本の貧困ということになるのだから、年寄りが少々我慢してでも、子供たちの将来のために、自分の進みたい学校には進めるようにしてやらねばと思うのだ。
国会議員は、選挙の票に繋がる年寄りの言うことは、よく耳をかしてくれるので、色々な恩典を受け過ぎて来たようだ。老人のための予算はどんどん多くなってきている。それに比べて子供に対する予算の増え方は、問題にならないほど増えていない。ま、老人が増えていることもあるが、本当に貧困老人には、それなりのことをしなければいけないのだが、お金持ちの老人も、貧困老人もあまり変わらないようなほどこしはやめるべきだろう。
私は年金暮らしで楽ではないが、戦後の苦しかった生活を思うと、どんなことにも耐えられると思うので、貧困児童のためならば、年金がさがっても、文句は言わないことにするつもりだ。
これから、税金が増えてきても、しかたがないのだが、ただ、その使い道が、問題なのだ。不要な物作りや、ご機嫌取りのバラマキや、役に立たない議員さんのために使われるようでは払う気にはなれない。
大学までの教育費を無償に、などといわれることもあるが、そんなことは、もっと先の話でいい。今、学費の払える家庭はたくさんあるのだから。本当に学びたいのに学べない者には、学費を免除してあげたらいいのだ。
学べなかったために、低所得者にならざるを得ない若者が増えたなら、国家はますます貧困になっていくのだから、救いようがない。社会全体で、子供たちを育てるような仕組みを、はやくつくっていかねばと思う。そのために、医療費が上がっても、年金が減っても、我慢出来る。年金日前、魚や肉が買えない日があっても、パンだけ齧って過ごす日があっても、我慢しようと思う。
ああ、感心な心がけだよねえ。【年金その月暮らし】のくせに。(^^)