2018年11月18日日曜日

№1226 高齢なので・・・と


  夏場に転倒して肩を打ったことがあった。特に傷みが残ったり手を挙げるのが不自由ということはなかったのだが、手を伸ばした時等など多少の違和感が残っていた。トシをとると、何でも元には戻らず、だんだんと老人らしくなっていくものと思っているので、気にはしていなかった。

 ところが、5日前から左腕が痛くなり、夜になるとまったく上に上がらなくなり、傷みで何度も目が覚めた。翌日、置き薬のシップなど貼って様子をみていたのだが、治りそうもない。骨か筋肉がどうかなったのかと思って午後になってやっとお医者にいくことにした。

 レントゲンの写真を見ながら先生は、「肩関節がちょっとすり減っていますねえ。神経にさわっているんでしょう。高齢なんで・・・と、当然のことのようにおっしゃる。肩に傷み止めの注射をしてくださり、湿布と傷み止めの薬を頂いて帰って来た。

 字を書いたり鋏をつかうのは右手だが、左利きの私は、不便で仕方がない。車などどうしても左手を使わねばならないときは、右手で左手を持ち上げてハンドルを握らせる。右手は、大奮闘だ。

 少しずつ痛みは薬のおかげでよくなって今日は、もうほとんど痛まない。でも、またいつ痛くなるかわからんなあ。高齢やもんなあ。やれやれ。

 昨日、目がころころしてゴミでも入ったのかと思って目薬で、だぶだぶ洗い流そうとしたが治らない。しかたなく眼科を訪れた。診察してくださった先生曰く「高齢なのでねえ、白目に皺が出来てきて、ころころするんです。特に悪い病気ではありません。とおっしゃって目薬2種類を頂いて帰る。少しましになったようだ。

 ああ、高齢者ってこういうもんだと思えば、いいんだよね。いろいろあっても当たり前のことだもの。・・・とにこにこしていたらいいんだわ。ふふふっ。

2018年11月14日水曜日

№1225 消費税


  消費税が10%になるらしいが、据え置きのものがあったり、なかったりするらしい。また、その場で食べたら10%で持ち帰ったら8%とかなんとか、ややこしいこともあるらしい。こうしたことを決めるお方たちは、いったい、私たち庶民が買い物をするとき、財布の中身を考え、定価表とにらめっこしながら買う買わないを決めていることをご存じないらしい。もうややこしいことや、めんどなことは勘弁してほしいと思うトシになったので、「買い物を控えるに限る」なんて思ってしまう。国策には沿わないのだが・・・。

 以前から年金暮らしの者は、年金が減ったり、物価があがると、買い物を減らすのが常識で、年寄りはしっかりお金を使ってほしいという国の方針とは反対に、葬式代や病気のための貯えの持ち出しを避けたくなってくる。むしろ貯金を殖やしたいくらいである。売る側だって大変だろう。何とかややこしい消費税だけは勘弁してほしいものだ。

2018年11月10日土曜日

№1224 社会人


 よく、子どもの頃の学校の成績と、社会人の成功とは、あまり関係ない、と聞く。ま、職業にもよるのだろうが、幼いときから〝この子は頭がいい〟と感心していたY君は、特別のガリベンなどせずに、現役で東大に受かり、官庁に就職したが、意にそぐわず1年でやめて、今は、東大大学院で研究を続けていると聞く。将来は、研究者となるか、大学の先生になるやもしれない。

 それとは反対に、K君は、幼いときは、あまりぱっとしなかった。親は、妹がしっかりとしていて勉強も出来、地元の国立大学に入学出来たものだから、「代わっていたらよかった」なんてぼやいていたものだ。

しかし彼は、二流の私立大学を出て、外資系のある会社に就職したら、めきめき腕をあげたのか、全国に店舗を持つ有名な外資系の会社に引き抜かれた。今はその会社では、(日本の国の中ではあるが)社長の下のトップ4人の中に入っているらしい。

K君が社会人となり、水を得た魚のように活躍しだしたことに私は、何か原因があるのだろうとは思っていたのだが、あるきっかけで、分かったような気がしたのだ。それは彼の発想がとてもユニークだということだった。だれも気がつかないような事をする。しかも、予測することにも長けている。それは私的な場面しか知らないのだが、多分、仕事とのことでも、そうした才能を発揮しているのだろう。こうした才能は、学校ではなかなか発揮する機会はないのだろうし、学業成績には、あまり関係ないのかもしれない。いや、社会に放り出されて初めて芽を出すものかもしれない。

最近は、よい成績で、立派な学校を出ても、社会人として、なかなか馴染めない若者もいると聞く。いずれにしても、学校では、ただ学問だけを学ぶということだけではなく社会人育成ということも考えてはいるのだろうが、難しい問題のようだ。

2018年11月1日木曜日

№1223 再び・・・



NHKの番記者さんたちが書いてくださいました。




以上のようなメールが、仙谷事務所より送られてきました。ずっと、仙谷さんを追いかけて取材していたNHKの番記者さんたちが、政治マガジンに特集番組で紹介してくださっています。私たちの知らない仙谷さんのことも分かり、私は、再び残念でたまりません。本当に惜しい方を日本から失ものです。お時間があれば、ぜひみていただきたいと思います。どうしたわけか、3だんにも成ってしまいますが、続いています。うまく開くといいのですが・・・。
 

2018年10月27日土曜日

№1222 免許証



  免許証にもいろいろあって一概には言えないが、市民の大勢の方が持っている車の運転免許証などは、何年目かに書き変えをしなければならず、私のようなトシの者は(昨日米寿を迎えた)早く返納せよと攻め立てられている。ただ、毎日運転し、家族の役にもたっている私は、家族から「もう車は止めたほうがいい」などと言われたことはまだ一度もないが、世間一般の風潮は、結構厳しい。無理もない。大きな事故を起す確率が高いのだから仕方がないだろう。

 かなりの車好きな私だが、免許を手に入れたのは、40代半ばで早くはなかった。それまでは不便で、車に乗りたかったのだが、夫が「不器用だし、運動神経が鈍いから運転はだめだ」と言うものだから逆らわなかった。自分も、「さもありなん」と諦めていたが、不便な田舎暮らしでは、運転免許証は、必需品に近いものである。

 大学生の息子が夏休みに帰省し、免許を取るため自動車学校に通い始めたとき、「お母さんのようなオバハンがようけ習いに来よる」との一言で心が動いた。「よしっ、内緒で免許取るぞ」と。善は急げとすぐに申込をしてきた。何日かしてそれを知った夫は、苦虫を嚙み潰したな顔で「死んでも知らんぞっ」とだけ言った。
  どうも車の運転は、運動神経や器用さとは別ものらしく、威張るわけではないが指導員の先生に「あんた、無免で乗っていたのと違うで?」と言われるほど、楽しく練習が出来た。
 そんなこともあって、いつか暇が出来たら、日本のあちこちを車で気ままに旅をしたいというのが夢になった。近くは親友の住む高崎や熱海、そして生まれた北海道・・・と、行きたいところが次々と頭をよぎっていった。
 
 今、振り返ってみると、55歳で退職して75歳くらいまでの20年間に、車旅の夢は、ほぼ達成してきたように思う。夫の生まれた古里九州も、家族で一度、夫が無くなってからは、夫の位牌と写真と、夫の姉二人を載せて、夫が中学生まで過ごしたと言う飯塚や長崎など回ったり、義妹とふたりで遺跡巡りもした。

 車旅だけではない。免許を取ったおかげで、私の世界も人生も大きく広がったと思っている。
 先日、友人を載せて高松まで走った。急ぐことのない旅には、高速道路などは使わない。山道といっても、昔のような山道ではないのだが、大自然に溶け込みながらの運転は、実に爽快である。
バックミラーを覗きながら、後ろに車が何台か連なると、すぐによけて「お先にどうぞ」と、路を譲りながらの運転だ。
 
  これからもしばらくは続けるのだが、事故を起したら、そく運は止めなければいけないだろう。年齢を忘れることなく、優等生運転で、しっかりとハンドルを握って・・・と思っている。
 

2018年10月17日水曜日

№1221 仙谷由人さんの死


  昨日、仙谷由人先生が亡くなられたという報道が流されました。政治家を目指されて以来、応援をしてきましたので、残念でなりません。先生が、優れた方であった証拠は、最後の7期目の出馬で落選したのですが、そのおり、自民党は、〝仙谷さえ落としたら民主党は潰すことが出来る〟ということで、酷いデマを飛ばされたものです。「そこまで言うか・・・」というほど、デマを流されました。運動員の方が、事務所に帰ってきて、無念がっていたのを憶えています。そうでもして、落としたかったのでしょう。そうしたデマを、未だに信じている方たちがいるのは、とても残念です。

 先生は、政治家として、世界を見渡す鳥の目、地を這う蟻の目、水中の魚の目も持たれていました。お口が悪いといいますか、率直すぎて暴言ととられるような発言もされていたようですが、私たちは、先生のお話を聞くたびに、これからの日本や世界情勢を心配しておりました。「早く手を打たなければ、このままでは、将来、○○のようなことがおこってくる」と、予言されていましたが、事実そのとおりになってきたからです。

 最後にお逢いしたのは、9月の8日でした。お痩せになったなあと思ったのですが、そのときも、我々は、もっと危機感をもたなければ、将来は、こんな日本になってしまうと、心配されていました。ご自分の死期を予感されていたというのに・・・。こんなに早く亡くなられるとは、ご本人も〝もう少し生かしてほしいわ〟とおっしゃりたかったのではないでしょうか。

心よりご冥福をお祈りいたします。 合掌

2018年10月10日水曜日

№1220 衣食足りて・・・

  品位とか品格という言葉はよく使われている。大きくは、国家の品格、女性の品位、老年の品格、親の品格、男と女の品格、紳士のたしなみ、極めは、極道の品格にいたるまで、名は違っても、それに良く似た内容の本は、ずいぶん出版されているのだが、具体的に、マナーをあげればきりがないし、ほとんど知っているようなことばなりなのだ。しかし知っているからといって、品格が備わる、というものでもない。要するに、何事にも、【愛】の視点での行動が大切ということと、やはり優しさとユーモアのあることも大切だと感じられる。 

 よくスーパーなどに買い物にいくのだが、こうした店舗にも、それぞれの個性と言うか、品格があるようだ。それは、トイレを見たらよく解る。これは、店の品格というより、客筋の品格といったのがよいのかもしれない。「トイレットペーパーを持ちかえらないでください」と張り紙があったり、トイレットペーパーに大きく○○と、スーパーの名を書き込んであったりするのを見かけると、トイレの中のペーパーを持ち帰るお客の姿を想像すると悲しくなってしまう。それほど生活が苦しいのだろうか・・・。

 反対に、「トイレをきれいに使っていただいてありがとうございました。お忘れ物のないように」などと書かれてあると、「こちらこそありがとうございました」と、お礼の一つも言いたくなる。

昔は、【武士は喰わねど高楊枝】ということばもあったが、戦後のことなど思い出すと、【衣食足りて礼節を知る】というのが多くの庶民のようだ。

 でも、今は、【衣食が足りても、礼節を知らず】という行動をよく見かけるようになった。田舎道には、高級車の窓から、灰皿の中の吸いがらを捨てたり、食べ残しの弁当やジュースのカンをポイ捨てして去って行く若者がいる。そんなことの後始末を、舌打ちしながらしなければならない昨今である。(`o'")