2020年1月3日金曜日

№1272  三が日


  昔から、お正月の三が日というのは、女の人にとっては、骨休めの日と言われてきました。そのためにつくったお節料理ということでもあります。炊事の手間が省けるということになります。私もゆったりとすごしました。録画してある映画も見ましたし、電話での長話もしました。

 長話といえば、私が年賀状をお送りしてあった知人から、電話で『年賀状ありがとう。もう私は出してないけど電話でごめんよ』とおっしゃる方との電話は、殆ど長話になりました。() 

私が、もうこの方には、年賀状は控えておこうか、と思って出してなかった方からは、ほとんど相手さんからも、きませんでした。相通ずるものがあったということでしょう。

 来年の年賀状のときは、私自身が生きているものやら寝込んでいるものやら分かりませんが、もう私より若い方たちばかりですから、ほとんどの方には、こちらからはお礼のお返事ということで、出させていただこうかと思っています。

 今年の健康についての目標は、踏み段(高さ17㎝)を朝、昼、夕の3回、それぞれ4050回上がり降りすることとしました。無理のない息が弾む程度のものですが、何とか続けられそうです。頑張ります。

2020年1月1日水曜日

№1271  令和のお正月


  令和になってはじめての新年を迎えました。皆様、明けましておめでとうございます。旧年中はサボってばかりのブログでしたが、これを読んでくださっている方に、厚く御礼申し上げます。今年はもつと力を入れて、書いていこうと思っておりますので、どうかよろしくご指導をたまわりますよう、お願い申し上げます。

 一年の計は元旦に、などと言われますが、このトシになりますと、毎朝〝あ、今日も生きて目がさめた〟と思うその日暮らしの身ですから、大きな目標など、とても考えられないのですが、それでも、気持ちはいつも前向きに、と心していますから、今年も去年と同じことが出来ますことを目標にしています。ということは、仕事を減らさずに、ということにもなりますので、益々忙しくなっていくことでしょう。何をするにも、だんだんとトロくなっていきますから、124時間が増えないかぎりは、忙しくなるはずです。でも、考えてみますと、時間がかかるのは、失敗やら、うっかりミスや、一服(煙草は飲みませんが)が多いということなので、天津甘栗のような隙間風の吹く頭を鍛え直しながら、やっていきたいと思っています。(こんなこと、来そうにないのですから、困りますねえ)

とにもかくにも、元気が一番と思っています。元気であれば、己を映す鏡も曇らせることなく生きていけると思っています。重ね重ねですが、よろしくお願い申し上げて、新年のご挨拶に代えさせていただきます。m(_)m

2019年12月30日月曜日

№1270  小つごもり


  今日は小つごもり、明日は大つごもりだ。こんな言葉は最近は聞き慣れぬコトバになったようだ。つごもりとは、月の終わりの三十日の意味なので、みそかと(晦日)とも言う。私は、小さい頃は、商売人の子だったので、「明日は晦日だから集金の手伝いがあるよ。遊ばずに帰ってきなさいよ」と、仕事をさせられたので、「ああ、また犬に吠えられるなあ」ということで、晦日は大嫌いな日だった。一年の終わりは、それに大小がついた。もう年寄りも使わぬコトバになってしまったようだ。

 正月の3が日は、母屋(息子夫婦と孫1人)で一緒に祝っているので、お節は私が黒豆と野菜中心のものをこしらえている。嫁が「お義母さんの黒豆は美味しいので、黒豆だけお願いします」と言ってくれたが、嫁も忙しい身、まだ作れると思ったので例年通りのものを作ることにした。全部で10種類程になるのだが、作り慣れたものなので大丈夫だ。ただ、何をするにも一服しながらの作業なので、今年は小つごもりからかかることにした。目の離せない黒豆は、もう出来あがっている。煮汁をたっぷりにして甘味を控えてある。温める度に、味にコクが出てきて美味しくなる。
 黒豆を炊いている間に、台所の整理と掃除も出来た。戸棚の中の使っていないものが幾つかあって捨てたいのだが、けっこうお金を出しているものばかりなので捨てきれない。例えば食品を真空パックにする機械など、TVショッピングで購入したものだが、そんな手間暇かけて真空にせずとも大丈夫なのだ。こうした道具は、一旦仕舞い込んだら最後、なかなか出して使う気にならない、というより、そんなものがあることも忘れて?しまっている。


 考えてみると、無駄な買い物は、随分している。お金が貯まらないのも無理はない。もう身辺整理、シュウカツ時代、来年こそは、無駄遣いせず、つつましい年金暮らしに明け暮れることを目標にせなあかんなあと、健気な思いの一日でした。 

2019年12月9日月曜日

№1269  12月8日


  私は北海道帯広市に住んでいた小学5年生の1941年(昭和16年)128日、あの太平洋戦争がはじまった。
8日の当日は、威勢のいい軍艦マーチ、あとに続く臨時ニュースに、家族も家業の手伝いをしてくれていた工員さんも仕事を放り出してラジオにかじりついて、真珠湾攻撃の大勝利に酔いしれていた。寒い日で、部屋のストーブの煙突が半分赤くなるほど、燃やしていたので、その煙突のそばでラジオを聞いていた私は、新しい毛糸のセーターの背中が焦げて煙が出てきて慌てたのを憶えている。

資源のない日本だ。勝利に酔いしれる日は、長くは続かなかった。鍋釜にいたるまでの鉄製品の没収、学校の二宮金次郎の銅像も、セメンに代り、食糧の配給、遅配、と国民の食生活も追い込まれていった。そんな時代を生き抜くために、貧しい、今なら喉の通らないような不味い食べ物、それも、お腹いっぱいは食べられず、空腹を抱えて生き抜いてきた。家を焼かれ、家族を失っても、歯を食いしばって頑張った。

やっと戦争が終わっても、暫く苦しみは続いたが、何はなくても平和な暮らしはありがたかった。この70余年、平和憲法のおかげで、戦争の無い国として、戦争に巻き込まれることのない国として、私たちは暮らしている。平和であったからこそ、このように立派に復興出来たのだ。戦争ほど悲惨なものはない。

しかし、戦争の恐ろしさ、馬鹿らしさを骨身に沁み込んでいる私たち年代の者は、数少なくなってきた。平和憲法だけは、何としても守っていきたいものである。
 
 

2019年12月6日金曜日

№1268  事件に思う


  アフガニスタン東部で、恵まれない人々のために働いていた医師の中村哲さんが銃撃で死亡したことを受け、現地で追悼集会が行われたほか、国際社会にも悲しみと怒りが広がっています。

こんなとき、〝この世には、神も仏もないのか〟、という思いに駆られた人はたくさんいらっしゃったと思います。神仏がいらっしゃって助けて下さるのであれば、こうした多くの悲劇は、この世から亡くなるはずですが、一向になくなりません。(神仏を否定しているのではありません)

多くの方々は、神仏を敬い拝みます。「どうか、家族が幸せに暮らせますように」とお願いしながら祈るでしょう。

でも、そんなお願いを神仏が聞き入れて下さるのであれば、世の中は平和です。祈りとは、お願いではなく【誓い】だと思うのです。神仏が居ても居なくても、自分の心の中で誓うことだと思うのです。お願いと誓いは違います。

元日には、多くの方がお参りに出掛ける事でしょう。お願いを否定はしませんが、神様の前で、「今年一年は、○○を頑張ります、△△のために頑張ります」と誓ってほしいものです。神仏の前で誓った以上は、頑張らなくてはいけませんよねえ……。

 

2019年12月2日月曜日

№1267 はや12月……


  昔は12月になると、「ボーナスが入って来る」という喜びがあったが、今はそんな楽しみはなく、ただただ「ああ、月日のたつのは早いなあ」という思いと、年賀状は、今年で最後にしようかな、どうしようかな」という迷いと、「身辺整理が出来なかったなあ」という反省が頭の中をよぎって行く。

 年賀状は、一年ぶりの友人知人から頂くのは楽しみの一つなのだが、相手さんは、どう思っていらっしゃるか? がわからない。

なかなかふんぎりがつかない。そのうち、書きたくてもかけなくなるだろうから、それまでは書こうか、とも思ってしまう。

 身辺整理は、やりはじめるとなかなか進まない。大量の写真などは、写真帳から剥がすことからはじめたが、剥がしながら、捨てるものを選ぶのにまた時間がかかる。思い出がよみがえってくるものだから、一向にすすまない。おまけに新しい写真も増えて来る。

それにしても、幾つになっても師走というのは心忙しいものだ。早めに年末年始に備えて計画的に片付けて行きたいものである。

 

2019年11月19日火曜日

№1266 櫛


  昨日、久しぶりに汽車に乗って徳島市の百貨店そごうに出かけた。強い風が吹いていて、頭の髪がぼさぼさになってしまったが、あいにく櫛を持って行くのを忘れたので、手櫛で整えたのだが、その時ふっと幼い頃を思い出した。女の人は、必ずと言っていいほど、頭にはいつも櫛がささっていたものだ。小間物屋の店先には、色々な櫛が並べられていた。髪の表面に出る部分1センチほどの幅だが、貝殻などで、色々な模様か゜張りつけられていたものだ。トシ相応の櫛を求めて、風で乱れた時は、すかさず櫛で撫でて整えていた。道路には、櫛が落ちていることもよくあったが、それを拾って帰ることはなかった。一度、拾って帰ってひどく叱られたのだ。お正月で、日本髪用の半月型の美しい櫛だった。「まあ、この子はお正月早々、縁起でもないものを拾って来てぇ。早く捨てて来なさい」と。

櫛が゜【苦死】に通じて忌まれていた、と知ったのは、大人ににってからだった。車中で読んだ文庫本の中にかかれていた。その時も私の鞄の中には、友人のお土産にと買った、つげの櫛が゜三本入っていた。

音が通じている、というだけのことなら、お正月につきものの獅子舞だって、死んでしまい、ということになる。縁起のいい悪魔払い、おまけに、獅子舞に頭を噛んでもらうと、頭が良くなるとも。櫛だけが苦死と結びついているのは、女の黒髪、多情多恨、といったような情念との結びつきがあるからなのだろうか…。

私の土産の櫛は、迷うことなく差し上げて喜ばれた。形の残るお土産は、お饅頭よりも良いと思っていたのは私だけかもしれない。こうした迷信みたいなことは、若い方たちには、無縁なこととなっているはずだが、お堅いお年寄りやご病気の方へのお土産には、櫛より美味しいお饅頭がよさそうだ。