2014年1月9日木曜日

気になることば


どうも私、古い人間だからでしょうか。TVをみていて気になることがあります。若い方(と言っても、30歳も過ぎている方もいらっしゃるのですが)自分の親のことを尋ねられたときに、『ぼくのお父さんやお母さんは……』というように、答えている方が目につきます。『父や母』というべきと思うのは、私らのような年寄りだけではないと思うのですが……。きちんと家庭や学校で教えられていますと、その場に応じた答え方が出来ると思うのですが、もうそういうことは、教えられていないのでしょうか……。

いつもいつも父、母と言うべきだ、と言っているのではありません。TVであっても、おふくろと言ったり、おかあはんと言ったりしても、おかしくない場面もあります。その場に適したものの言い方というのがあると思うのです。

私の息子が4年生のとき、学校から帰ってきて「先生に、『家のお母さんが……』と言ったら、『お前、4年生にもなって、先生に向かってお母さんが、なんて言うやつがあるかっ!』って怒鳴られた。贔屓しとる子が言うても怒られんのに」と不満げな顔をして言ったことを思い出しました。(これは親としての教育が出来ていなかった)と反省したのを憶えています。そして余談ですが、叱るときには、子どもの心を教師から離れさせるような叱り方は拙いと私自身も教えられたことでした。

正しい敬語の使い方というのは難しいものです。私自身、間違った使い方をしていることもあると思います。けれども、常識と思える程度の敬語や、ことば使いは、子どもの時から、教えて置くことが大切かと思うこの頃です。

2014年1月8日水曜日

仕上げのとき


大作の絵画の、あと何%かを残すまでを描きあげてくると、今更描く手法を変えたり、絵具を変えたりすることは出来ないのが当たり前だが、人生という絵巻物も、人生の8分、9分どおり片付けてきた高齢者にとっては、残りの仕上げは、やはり失敗作にはしたくない、という思いがある。

ところが世知辛いもので、思うようにはならぬのが人生絵巻。

Aさんは、お金の亡者のようになってきたし、Bさんは家族のお荷物になってしまっている。

ところが、そうなった原因がないでもないことに気づく。Aさんは、昔から、人を評価する物差しを経済力とか、家の大きさとかそういったものに、おいていたように思う。

Bさんは、日常生活は自分中心で、他人の意見を聞く耳は持たず、医者に止められていることも守らず、好きほうだいの暮らしぶりをしていた。「一度きりの人生、命が短くても、好きにするのがいい」ということだった。

ところが、体重は増えすぎるし、足腰は立たなくなるし、頭のほうはおかしくなるしで、家族はその世話に困っている。痴ほうになっても、我儘は、治らないのだ。痴ほうになったからといって、急に、謙虚になったり、素直になったり、有難うなどのお礼が言えたりは出来ないのだ。それまでの暮らしが土台にあるのだ。言うなれば、可愛げのない年寄りになってしまうのだ。

「ああはなりたくない」と、まわりの人が思ってしまうようなことになるのは、やはり常日頃からの心がけもよくなかったのだ。認知症になるのは仕方がない。病気になるのも仕方がない。でも、家族や身内に世話にならずに死ぬことはだれも出来ないのだ。どんなになっても、「有難う」「お世話になります」「すみませんねえ」と言える、可愛いらしく年をとることが大切と、思っている。

2014年1月7日火曜日

焚火


風もなく、昨日よりかなり暖かい七日正月になりました。七草粥を頂く方もいらっしゃることでしょう。

庭にでてみますと、落葉がたくさん。焚火がしたくなるのですが、最近は出来ません。するのであれば、収穫のすんだ畑ででも恐る恐るしなくてはなりません。あきらめました。ごみ袋につめこむことにします。

焚火には、何となく郷愁を感じます。もう、焚火をすることも、見ることも少なくなりましたが、『たきび』の歌は、今も健在ではないでしょうか。よく童謡を歌う会などで歌われています。

このたきびのメロディーが始めて皆の耳に入ってきたのは、世界第二次戦争勃発の次の日の12月9日ということです。NHKのラジオの幼児番組で放送されたそうです。3日間、連続で放送する予定でしたが、2日で打ち切られたのは、「焚火は、敵の飛行機の攻撃目標になる。落葉も貴重な燃料だ。風呂ぐらいは焚ける」という軍部のクレームで中止のやむなきにいたったというのです。

戦後、『たきび』は、NHK【うたのおばさん】という番組で復活しました。そして、音楽の教科書にも採用されました。

しかし、今度は、消防庁から、「街角で焚火は困る」と文句があって、それ以来、教科書のイラストには、必ず水のはいったバケツと、付き添いの大人の画が描き添えられました。何だか笑いたくなりませんか?

ま、焚火をしていても、通りすがりの子どもたちが、「あたろうか」「あたろうよ」なんて歌詞にあるような風景は多分みられないでしょう。

そして焚火を懐かしく思う人たちも、だんだんと少なくなってくることでしょう。

 

2014年1月6日月曜日

仕事始め


今日も良いお天気です。でも、寒さは昨日よりも厳しくて、小寒らしい冬日となりました。

サラリーマンの方々は、今日から仕事始めの方が多いと思います。本来の仕事収めの28日も土曜日だったので、1日早い仕事収めでしたし、仕事始めの4日が土曜だったものですから、お役所なら9日間。いつもより長めのお正月休みとなりました。
(なま)った身体に鞭うちながら、たまった仕事に精出しているかもしれません。(笑)

また、反対に、年末年始が掻きいれ時というお仕事の方は、大忙しの9日間だったことでしょう。もう、以前のように、どこもが元旦はお休み、二日が初荷、という時代ではなくなりました。デパートも、大型小型のマーケットも元日は競争です。景気が悪いと言いながらも、あの手この手で客を集めることに必死です。

それにしましても、毎日毎日、商店の折り込み広告の多いこと。どさりと投げ込まれる新聞自体も、何と広告のスペースの多いこと。元日の新聞の内容のほとんどが広告みたいなもの。
こんな資源の無駄なことをして、自然環境を壊しつつあることに、悲しい思いがします。

話は変わりますが、年末から不通になっていた我が家の固定電話が、今日やっと通話が出来るようになりました。仕事はじめに一番にやってきてくださった光電話の方が、回線を直してくださいました。やはり電話機の故障ではなかったので、慌てて機器を買い替えなくて良かったです。(^^)

 

2014年1月5日日曜日

AGEという物質

いつ記したのか、もう何か月にもなると思うのですが、覚書ノートに、こんなことが書いてあります。多分、TVを見ながら書いたものです。まとめてみると、以下のような内容です。

人によって、老化のスピードが違うのはなぜか、それは、人によって、老化物質が作られる量が違うからだ。【AGE】という老化物質が、最近分かってきている。だれにも作られていくのだが、年とともに増えていく。【AGE】が硬くなり蓄積されると、肌のたるみや皺を作る。AGEのリスクは、肌だけではない。アルツハイマーの脳にも、これが多量にあるし、癌に罹ると増えていく。万病の元である。【AGE】が老化を促進している。【AGE】は、体内のあまった糖が作る。糖を貯めない、作らせない生活習慣が大切になる。わかめ、野菜、きのこなどの植物繊維の多い物が、糖の吸収を抑える。

加熱されて焼き色・焦げ目がついたものや、動物性脂肪食品はAGE を多く含む。また、炭酸飲料水など吸収されやすく糖質を多く含むものを過度に摂るとAGE が体に溜まってくる。さらに、食品だけでなく食べ方によってもAGE の溜まり方は変わってくる。早食いは血糖値を急上昇させるのでAGE化が促進される。

糖をためないためには、筋肉の多い太ももをつかって、糖を使うことだ。糖を効果的に消費するための運動例として、1)スクワット午前10回 午後10回  2)片足立ち 1分左右2回 といったことを続けるとよい。

食のバランスと、筋肉を鍛えることと、生き方を前向きに、楽しく暮らすというようなことにきをつける。

といったようなことであります。ま、常識的なことかもしれませんが、毎日のことなので、食事と運動、生活習慣などに、気を付けるということのようです。

 

2014年1月4日土曜日

電話の故障


固定電話が壊れていることに先ほど気が付きました。年末から今日まで、一度も電話がかかってこないので、珍しく静かな年末年始と思っていたのですが、その筈。通じないのです。こちらから掛けても通じない。どこが悪いのかと、説明書と首っ引きで、せせっていたら、2時間半もたっていました。

おまけに、諦めてパソコンに前に座ったとたんに、「電話のコードをつないでください」と言う声。みると、何度も入れたりはずしたりしたのですが、きちんとつながっています。するとガイドのようなものが繰り返し流れて止まりません。もう仕方ありません。電源を抜いてしまいました。

電話機が壊れているのなら、もう最近は修理してはソンで、新しく買い換えるのが返って安上がりなのです。前の電話機も、子機が壊れたので修理に持っていくと、直す金額で、新しいのが買えてあまりますよ、と言われて買い換えたものです。ま、電話帳などのデーターを入れたりするのが面倒ですが、機能もよくなっていることなので、買い換えました。今度も、そうしようかと思ったのですが、はっきりと、機器の故障と分かればよいのですが、それ以外の配線とかの不具合であれば、機器を新しくしても、通じないかもしれません。
我が家の電話は、ピカラ光サービスとか言うケーブルTV、パソコンとつないであるものなので、よく分からないのです。TVも写るし、パソコンも使えるということは、やはり、機器の故障かなと思ったりしています。
機械に弱く、横文字に弱く、こんな時は、往生します。おまけに肩が凝って首が痛くなりました。

そんな具合で、考えることもなく、つまらぬことばかり書いてしまいました。m(_ _)m

2014年1月3日金曜日

運針


「よーい、はじめっ」という先生の号令で、運針競技が始まる。5分間たつと、「はい、止めっ」で針を置く。

こんな競技を、小学校、女学校の家庭科で何度も何度もしたことがある。手ぬぐいのような1mほどの布を縦に二つ折りにした運針用布という布の、端から端まで縫って長さや美しさを競うのだ。

先生は、その長さと、目の大きさ、歪み方などをみて、上手下手を見極めるだけではなく、手の動かし方にもうるさかった。右手と左手は、10センチほど離して持ち、針の頭を中指にはめた指抜きに当て、両手を小刻みに動かせて、指先の感覚で右手を左手に近づけていく。右手の親指と人指し指は、布から放したり付けたり交互に動かして進む。右手が左手のところまで縫ってくると、右手の中にたまった布を右手でさっとしごいてまた続けて縫っていく。上手な人は、リズミカルにきれいに縫っていく。不器用な私のような者は、指が思うように動かず、縫い目も曲がっていく。

最近、ドラマの中で、お裁縫のシーンが何度か出てきて、その手先をみていて思ったのだが、手の動かし方が、まったく私等と違う。というか、動いていない。慣れた手つきで縫っている方は、ほとんどいらっしゃらない。もう、戦後の家庭科では、運針の練習などしないまま、雑巾やパンツといった作品作りをしているらしい。

そんな映像を見て、つい懐かしくなって、こんなことを書いてみたくなったのだ。
今、80代以上の方は、ほとんどの方が浴衣をはじめ、袷の着物くらいは縫った経験があるはずだ。

嫁入りの前に学んでおくことの一つが和裁だった。女学校に行かない方も、高等小学校の2年間で、みっちりと和裁を教えこまれたはずである。といっても、私のように不器用な者は、習っても、なかなかうまくは仕上がらないのだが……。

学校を卒業して教員になったとき、母に、しきりに夜は和裁の稽古をせないかんと言われた。私が、和裁の腕がないことを見抜いていたものだから、嫁に行ったら困ると思ったに違いない。でも、そんな暇がなかった。「働いているのだから、仕立て物は、人様に頼んだらいい」と、言うと「新しい物は頼むことができても、毎年洗い張りして縫い直す物を人には頼んだりしたら笑われる」と言うのだ。

それは本当だった。嫁に来てふた月目だつた。義母が、夫の洗い張りした丹前の布を私に手渡しながら、「この丹前、寒うなるまでに縫っておくように」と言う。浴衣なら縫えるが、綿入れなど、逆立ちしても縫えるはずがない。すぐ和裁の本を買ってきて読んだが、無理と分かった。義母には「縫えない」とは言えないまま、里の母に泣きついた。母は我が子の不出来は親の責任と、縫ってくれた。母は、とても和裁が巧くて、他人さまの着物まで頼まれて仕立てていたので、その出来栄えをみてすぐに義母にばれてしまった。義母は、「まあ、里のお母さんに縫うてもろたんで。よう縫わんのなら、そう言うたらええのに」と、呆れられた。

ありがたいことに、時代は着物離れで、私も夫も、普段は着物を着る生活ではなかったので、着物の洗い張りや仕立て直しはほとんど必要なかった。

こんな不器用な私だが、運針で鍛えられたこともあって、今の若い方たちよりは、マシな針使いが出来る。

私たちは、何の苦労も無く、風呂敷でモノを包むことが出来るのだが、昔、夫がアメリカの青年二人を家に遊びに連れて来た時、お土産に風呂敷を差し上げて使い方を教えてあげたところ、どうしても、風呂敷を結ぶことができなかった。彼等は、これはマフラーとして使うと諦めていたのを思い出した。(笑)

指先のことなどは、習うより慣れろで、小さいときからの習慣というのは有難い。

最近の子供達は、小さい時からあまり指先を使ったり、ヒゴノカミで鉛筆を削ったりしていない。代りにゲームや携帯で指を動かしてはいるのだが、はたして、紐結びといったことなど、上手く出来るのだろうか?と思ったりするのだが……。