2014年2月28日金曜日

つれづれ日記


天気予報では、曇り日と言っていましたが、まるで桜まつりが出来そうな陽気です。こんな日は、じっとしておれません。洗濯ものを干してから、庭に出て草取りをしました。もう雑草がいたるところから顔を出しています。長くはできませんが、玄関前の目立つところをちょっときれいにしました。もっともっとしたかったのですが、腰や股関節が痛くなって止めました。(笑)

若い時は、土に親しむことはあまり好きではありませんでしたが、年寄りになるにしたがって、土には親しみがわいてきたのですが、身体が思うようにならず、出来ません。

今日は2月の終わり。ひと月が28日というのは、なんとなく得をしたような気分になるものです。給料も年金も、同じですから、予算生活をしていますと、同じひと月でも、3日の違いは大きいものです。(笑)

明日からは3月。銀行に行って、来月の生活費に使う現金を下ろしてきました。こんなこと言いますと、いかにもきっちりと計画を立てて、赤字の出ないような生活をしているようですが、事実はそうではありません。家計簿はつけていますが、いきあたりばったりの支出です。月の初めの1日に、ひと月の生活費を入れます。頂く年金から考えて、引き落としの額やら、予備費などを差し引いた1か月分の現金を通帳から降ろします。それ用の財布に入れます。その財布から、2万円をいつも持ち歩く財布にいれて、買い物にいくのです。1万円が消えますと、1万円入れたします。ですから、私の持ち歩く財布には、1万円から2万円近くが入っていることになります。それ以下になりますと、ちょっと不安になります。車に乗っているものですから……。

特別なモノを買う以外、衣料品にしても、日用品にしても、高額なものは買わないので、そうしています。「この服、買いたい」と思って値札をみて、2万円なんてついていますと、財布の中には、ありません。衝動買いは、安物ばかりです。(笑)

そうは言いましても、思わぬ出費というのは、よくあります。まだ月半ばというのに、1か月の予算がなくなってしまうこともあります。銀行に走ります。わずかの預金も目べりをしていくのですが、ま、何とか暮らしていけるのも、健康のおかげと思っています。

身のほどを知る、ということばがあります。贅沢もしたくはありませんし、まあまあの生活ができ、ちょっとした旅行もたまにはしたり、身にあった欲しいと思うものが買える程度の生活で、十分幸せと思っています。(^^)

2014年2月27日木曜日

ちぐはぐ


昨日だったか、NHKの朝のテレビで、中高生の性教育について放映していた。今に始まったことではないのだが、私らの年代では、もう考えられない時代になっていて、学校では、性行為の注意(病気の感染、妊娠等)をする時代で、言うなれば、子どもに、そういう行為を、まだしてはいけない、と言う時代ではないらしい。薦めてはいないのだろうが、認めているということだろう。性行為の経験がある数値も、けっこうあるのも驚きだ。

その一方で、こんな記事がある。【東北大2次試験、バス満員受験生乗れず 同行の親の増加で】 国公立大学の2次試験の前期日程が25日、全国で始まったのだが、仙台駅では東北大に向かう臨時バスに受験生と一緒に乗る父母が増え、そのあおりで乗り切れない受験生が続出。東北大は試験開始を30分遅らせた。というのだ。

ま、親の気持ちとしては、一緒について行きたいのは分かるのだが、以前は、こうしたことを、子どもは嫌がって断っていたものだ。

この2件の話から、ひどく大人になったという反面、まだ子どもなんだなあ、という思いが入り混じって複雑だ。

身体だけ早熟になり、精神面での自立が遅れているとしたら、色々な問題が起きて当然だろう。簡単に結婚し、子どもを産み、子が邪魔になると殺す、そんな現実が後を絶たない。

子どもによっては、きちんと家庭教育を受けている子もいるし、しっかりした考えの子もたくさんいるに違いない。

一部の子どもの性の乱れを、普通のことと宣伝することは、危険だろう。簡単にアルバイトのような考えで、身体を売るような子も出てくるのかもしれない。特に女の子は、自分で自分を守ることを、親や学校はきちんと教育するべきと思った。
 

 

2014年2月26日水曜日

高齢者洪水


今日の新聞にも、老人の万引きが増えていることが載っていた。以前にも書いた記憶があるのだが、老人の万引きは、若者の万引きとはちょっと違って、生活苦だけではないので、問題はなかなか解決できないだろう。何となく、こんな負の老人話を見聞きすると、ますます老人はお荷物の感を深くするのだ。

これからは、高齢者の洪水である。団塊の世代が、どっと高齢者の仲間に入ってくる。正直言って、若者たちは、この老人の増加は、大きなお荷物である。しかも、大きな借金を残したのも、高齢者が中心になって働いていた時代のものなのだから、借金まで背負いこまされるのだから、たまったものではなかろう。お金の借金だけではない。原発の処理だって、これからの若者の背負っていかねばならない借金なのだ。

老人は老人で、自尊心というものはある。お荷物と言われながらも、一寸でも自立をしていかねばならないと、健気な思いにかられている。少しでも負担を掛けないような暮らしをしたいと思っている。だから、年金が減っても、医療費が増えても、仕方がないと、諦めている。

ちょっとばかり臍曲がりなことを書くのだが、日本の医療は、ただ生かすことだけを考える医療は、もう止めるべきだと思うのだ。老人を大事に長生きさせるということは、費用だって大変なものである。もうそろそろ、延命治療などは、打ち切ることにしてほしいものである。こんなことは、若者は思っていても、口にはしにくいことだろう。年寄りが言わねばならないことなのだ。

おかげで私は、なんとか健康保険も、介護保険も使わずに生活しているのだが、このトシがくると、いつどうなるかはわからない。でも、自分で生きていたいと思うことも出来なくくなってしまったら、もう苦しまずに楽に死なせて欲しいものだ。介護や器具によって生かされるのは、ゴメンである。

2014年2月24日月曜日

ある会話


「もしもしAちゃん?古女です。ご無沙汰してましたがお元気?」

「まあ、お久しぶり。何とか生きとるよ。でも、もうボケよるわ。どこにも行かんと家におるけん、あかんわ」

「この前から、携帯かけても、かからなかったわ。電話も留守みたいやったし。旅行してるのかと思った」

「ああ、携帯はもう使ってない。電話は、庭の草でもしよったんやろなあ」

「車、まだ乗ってるんでしょ?」

「息子が、もう乗るなって言うけん、近くだけ買い物に行くだけやもんな」

「車は、まだしばらく乗ろうよ。徳島くらいまでなら乗れるやろ?」

「乗れるけど、怒るけんなあ。もう、しんどいわ。ボケるしかないよ。家の中ばっかりおったら。車は乗るな言うくせに、私を載せてくれるんならええけど、どこも連れて行ってくれんしなあ」

「3月末に、クラス会するから、行こうよね」

「もうクラス会に出ていく気もなくなったわ。皺苦茶になったもんなあ。恥ずかしいわ。一年たったら格別皺が増えたわ」

「そらそうや。これからは1年どころか、ひと月ごとに、顔は皺が増えるよ。皺は勲章や思うことにしようよ。皺苦茶になっとる婆さんの集まりやもん、何が恥ずかしい?皆同じやないの。Aちゃんなんか、まだ畑してるんやろ?」

「もう草取りくらいか出来んけどな」

「私なんか、草取りも出来んわよ腰が痛くなって。Aちゃんは、まだ現役やもんなあ。感心やわ。今から出無精になったらあかんわ。皆と昔話して笑おうよ。元気もらおうよ」

「田んぼしよる者は、皆の話についていけん。ほんまの田舎者やけんな」

「一昨年のクラス会のとき、隣にいたBちゃんが私にささやいたんよ。『Aちゃんは、畑仕事してるって言うけど、色は白いし、美人やし、着てる服はモダンやし、都会の奥さんみたいやな』って感心してたよ。私もそう思っていたから、同感同感って言ったんよ。それに田舎者も都会者もあるかいな。クラス会は、そんな垣根とっぱらって、わいわい騒ぐやないの」

「ほら古女さんには会いたいよ。仲良しだったもんなあ」

「私だってAちゃんが来ないクラス会は、おもしろくないよ。ぜひぜひ来てね。はがき3月に入ったら送るからね」

「ま、行けたら行くわ。ちょっと元気になれるやろかなあ」

「ぜひぜひ、行こうね。約束してね」……略

2014年2月23日日曜日

手塚知与美アートギャラリー


昨日、県外に住むAさんの話で、寝耳に水のように、同級生の手塚チヨミさんが、女流日本画家になられていると聞きました。お医者様のお嬢さんで、いつも穏やかに、勉強ばかりしていらっしゃった彼女でしたので、私たちは、雲の上の憧れの様な存在の手束さんとは、あまり、ことばも交わしたことがありませんでした。すらりとしてスマートな身体つきで、色白の目の大きな、ちょうど夢二の描く少女のような美しい方でした。遠方のお医者様に嫁がれたという風の噂でした。

さっそくネットで調べてみますと、ありました。手束知与美アートギャラリーには、何枚もの日本画が載せられていて、色々な立派な賞も授賞されているのです。しかも、故郷のお寺の本堂の天井画も奉納されているのです。以下は、そのネットの一部です。

如意山延命院聖幢寺 徳島県阿波市吉野町柿原字谷127 
吉野川沿いに広がる田園地帯にある寺院。吉野町では最も古い歴史を有し、往時は多くの末寺をもった古刹だが、変転をくりかえした。平成15年(2003)11月、伝統的な入母屋造りの本堂を新築。面目を一新した。吉野川堤防から望む寺容は美しい。また、本堂外陣には女流日本画家による天井画が掲げられている。歴史的に因縁の深い京都の雅風を感じさせる。この地方の新しい名所となるかもしれない。

今日は、同級生5人が集まって、昼食会と、クラス会の下準備の相談をしたのですが、それが終わってから、さっそく道を尋ねながら、聖幢寺に行って、見せて頂きました。

素晴らしい天井画「飛天と花」をじっくりと鑑賞させていただきました。皆さんが感激し、昔話に花が咲いたのは、言うまでもありません。とてもいい日となりました。

手束知与美さんの益々のご活躍を同級生一同念じております。

2014年2月22日土曜日

クラス会


女学校のクラス会を、毎年しているのだが、今年も、その準備をしようと思ったのだが、さて、今年は何人が集まれるのかと、下調べの電話を5、6人にした。

もう、10人以下になると、ちょっと会場その他の交渉の都合があるので、おおよその人数が知りたかったのだ。昨年は、13人の出席通知があったが、風のうわさでは、もう無理という方もあるらしい。

久しぶりの電話だったこともあり、積もる話やら、亡くなった方の噂やら、お聞きしているうちに、こんな時間になってしまった。Aさんは、「長話になったけど、ごめんね。私ね、主人の介護で、ストレスがすごくたまっているものだから、こんなにしゃべるのよ。娘にも、喋り過ぎって言われるんだけど、何かで発散させないと、身がもたないもの。ごめんね」 1時間40分の長電話のお終いにこうおっしゃった。私は、「いや、とても楽しかったよ」聞き役なのではじめから、疲れないように、心得て電話をしているので、どうということもなく、むしろ、知らなかった情報も有難くお聴きした。
ちなみに彼女、神戸の方。私の電話を一旦切って、向こうから、かけ直してくださっての長電話。(笑)

もう、83歳、84歳というトシになると、連れ合いさんの介護で、出ていけないという方が多くなる。また反対に、介護していた夫が亡くなったので、今年は行きますという方もおられる。無論、自身がもう出ていけない、という方は、何年か前から、何人もいらっしゃる。健康であっても、もう出無精になられた方もいて、そんな方には、何とか引っ張りだしてあげたいと思うのだが、あまり出過ぎたことも出来ない。

明日は、郡内の4人(世話人会)が集まって、最終の相談会をすることになっている。さて、どんな結果になることでしょう。

2014年2月21日金曜日

真央ちゃん


今回の浅田真央ちゃんは、日本人の熱い期待を肩に、押しつぶされそうな重圧の中で、昨日のショートも、今日のフリーも、涙なしでは観られない演技をみせてくれました。実力を出し切れなかった昨日は、真帆ちゃんを抱き締めて、号泣させてあげたい気持ちになった方は、大勢いらしたにちがいありません。
そんな真央ちゃんが、たった24時間の間に、見事な集大成の演技を披露できたのですから、これまた、涙が出てきます。よかつたよかった、本当に嬉しいですね。金メダルよりも、もっといいメダルを真帆ちゃんの胸に掛けてあげたいと思った人たちは、日本だけではなく、世界中にたくさんいらしたにちがいありません。

人間の成長は、失敗や無念な思いが大きな力になることは、だれしも経験しています。真央ちゃんも今回の経験は、これからの人生を豊かな物にしていく宝物となることでしょう。

真央ちゃんだけではありません。世界に羽ばたく選手の皆さんは、私たちの真似のできないような努力をされてきたことと思いますと、どなたも、金メダルを胸に自信を持って、これからも頑張って堂々と生きていほしいものです。