2015年5月31日日曜日

№935 五月も終わり


 一年のうちでも、一番過ごし良いはずの五月ですが、何となく炬燵とエアコンの両方を使わなければならなかったような五月でした。それでもあたりの山々や木々の、色とりどりの若葉の緑が、目を楽しませてくれました。

文藝協会の総会があったり、会員の出入りがあったり、忙しいさ中に足を挫いたり、色々ありましたが、周りの田んぼは、例年より早々と、田植えも済んで、梅雨を待つばかりです。

いよいよ明日から私にとっては、一年で一番忙しい月となります。何とか頑張らねばと思っています。ブログもどこまで書けるか、ご期待には添えませんが、無理せずにまいりますのでよろしく。(^^)

2015年5月28日木曜日

№934 高齢者の同窓会


 全員が84歳以上の同窓会【友の会】を毎年行っています。先日、何人かの世話人が我が家に集まって、相談をしましたが、通知は今月中に、出せたらよいので、お任せしますということで、あとはおしゃべり会となりました。

 友の会というのは、80歳まで毎年開いていた同窓会を一応解散して、希望者だけが、続けて毎年お会いしましょうという会なので、会員は50名です。当時、ほとんど同窓会に出席していた方たちでしたが、第1回目から出席人数は、減り、昨年は33名の出席しか有りませんでした。それでも、近況報告 に、「行きたいが、体調をくずしている」というようなことを書かれていて、気持ちは「来年は……」と、前向きな方たちです。お誘いのお便りも、後期高齢者向きに、だんだんと様変わりしてきました。()

昨夜書き終えて今朝発送しました。ま、こんな調子であります。

 【春の好季節が短くなって、一足飛びに夏がやって来たような5月でした。高齢者には、体調管理の難しい季節でしたが、友の会会員の皆さま、お変わりありませんでしたか。

1年という月日が、早々と巡ってまいりました。残り人生から考えますと、貴重な黄金の1年でしたが、ともあれ健康で長生きをするためにも、皆さんが集い、色々なお話をして元気を分かち合いたいものです。

後期高齢者になりますと、一年一年、目にみえて色々な面で後退してまいります。物忘れ、体調不良、生活が不活発になる等々、それゆえに、私たちは、少しでも身体を動かし、口を動かし、前を向いて生きていくことが大切になってまいりました。楽しかった学生時代を思い出してみませんか。過去があるから今があります。過去をうまく利用しない手はありません。失敗談は大いに笑えますよね。身体を動かし、口を動かしますと、心も動きます。大いに飲み、語り、食べ、笑い、充電しようではありませんか。

今年も、以下のような友の会の計画を立てましたので、ご覧ください。おみ足の悪い方は、杖を。車椅子でも歓迎です。ぜひお越しください。お一人でも多くの方々のご出席をお待ち致しております。

なお、体調その他のご都合で欠席されます方は、同封のハガキに、近況報告を、よろしくお願いいたします。

 なお、悲しいお知らせがあります。

*お世話人の一人、○○市の○○様が、1年ほどの闘病生活をなされまして、去る415日に、ご病気のためご逝去なさいました。

    同窓会のおり、艶やかな着物姿で踊りを披露してくださ

ったお姿が、目に浮かびます。

ここに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

 といったような塩梅であります。しかたありませんです。(;;)

2015年5月25日月曜日

№933 自閉症のAちゃん


 軽い自閉症のAちゃんから、久しぶりの電話があった。私のまったく知らない彼の家の近くの店の電話番号を聴かれた。

彼は、コトバはしゃべれるが、重複の障害があり、視力が弱視、知能も遅れているため、仕事につくことはできないので、家から、施設ディサービスに週3日ほど通っている。今年46歳になるのだが、私や、私の息子の誕生日とか、当時聞いたことなどは、憶えていて、私を驚かす。

彼は、自閉症によくみられる、【数字】、【水】【音】【天気予報】等に執着する子だった。トイレに行っても、私が迎えにいくまで、いつまでも水洗便所の水を流し、その水音を聴いたり、時にはトイレに手を入れて、水をかき回したりしていた。

「Aちゃん、トイレの水は汚い。そんな汚いことしたらあかん。早く手を洗いなさい」と、小言を言う私に、身向きもせず、なかなか立ち上がろうとしなかったAちゃんだった。

 先日も書いた、自閉症の東田直樹氏の著書「飛び跳ねる思考」にこんなことが書かれている。

「何時までも水で遊んでいるのは、水が、忘れていた僕らの記憶を呼び覚ますからと思います。そう感じるのは、人の身体のほとんどが水で出来ているからでしょうか、それとも、生物誕生の源が水だからでしょうか。普通の人には、分かりづらいでしょうが、水は、僕にとって故郷のようなものです。略 水を見ているだけで幸せな気持ちになれます。心の奥から湧き出るような喜びを感じます。水を触っていると,【大丈夫だよ】という地球からのメッセージが聞こえてくるような気がします。地球が、僕を受け止めてくれるような、安心感を与えてくれます」と。

 残念ながら、Aちゃんには、このような表現力はないのだが、気持ちは、同じようなものだったのだろう。幸せな気分だったのだ。当時の私には、そういう自閉症の気持ちなどはよくは分からず、ただただ、困惑するばかりだった。「ごめんね、Aちゃん」と、謝りたい気持ちである。 

2015年5月23日土曜日

№932 風呂敷文化


 先日、新聞で読んだのだが、日本古来の風呂敷が、自在に形を変えて繰り返し使えることが、環境問題の高まりの中で見直され、海外にも発信され始めたという。

 私たちにとっては、いとも簡単に使うことが出来る風呂敷だが、最近は、もう滅多に使うことはなくなった。和服が姿を消して行くと、風呂敷の使用も少なくなり、紙袋というものに取って代わってしまったようだ。

それでも、風呂敷は、箪笥の中に何枚もあるし、捨てることはしない。美しい風呂敷は、使うのが惜しくて、新品のまま、眠っている。紺色に染められた大風呂敷などは、Tシャツにでもなりそうだが、そのまま箱に入って出番のないまま、もう何十年になるだろうか。風呂敷が、新たな活用方法で世にでてくるのであれば、大いに歓迎したいものだ。

今から、30年近くも前になるが、夫は、お酒が入るとよく見知らぬ外国人を、タクシーに載せて連れて帰ってきた。夜の駅前あたりをふらふら歩いている時、観光客の外人さんとすれちがったりすると、つい、声をかけたくなるらしい。本人は英語の勉強がタダで出来るとでも思っていたのだろう。(笑)相手さんにとっては、迷惑千万な話だろうが、中にはモノ好きな方がいらして、我が家の夜の客となるのだ。

そんなときは、ちょっとしたお土産を差し上げるのだが、あるとき、二人のオーストラリアの青年に、友禅模様の風呂敷と、藍染のハンカチを差し上げた。風呂敷を拡げて「おお、美しい」というようなことを言って首に巻いたので、モノを包むものであることを説明したのだが、どうしても使えない。結べない。いとも簡単な硬結びも、蝶結びも出来ないのだ。結局マフラーに使うとか言って首に巻いた。使い慣れていないとはいえ、風呂敷が結べないとは驚きだった。

夜中、夫と、二人の青年を車に乗せて、市内のホテルまで送るのが私の役になるのだが、今となれば、いい思い出となっている。

2015年5月21日木曜日

№931  失敗


 なるべく動かない方がいいと整骨院の先生がおっしゃるのですが、じっとしていることができず、今日もかなり動いてしまいました。と言うことは、【動いても大して痛くない】ということで、順調に治りつつある、ということと思います。

 さて、総会欠席の方たちに、総会の報告書を入れた資料を、発送したものが、昨日皆さんのところに届いたのですが、その中に間違いがあったことが電話で知らされました。会費の振り込み先を書いたのですが、会計担当の方の名前、T・洋二さんを洋一と書いてしまったのです。(笑)

これでは、振り込みしようと思っても、出来ないはずです。あわてて、訂正の葉書を作成して、いつも振り込んでくださる方々に送りました。

こうした失敗は、やはり私の性格を表しています。原稿を読み返してみたはずなのに、見落としているのです。特に活字になる原稿などの間違いは、トシをとってからは、気をつけていても、見落としてしまいます。今だから言いますが、創刊号の第1頁の、町長様のお祝いのことばです。出来あがってから、気が付いたのですが、町長様のお名前(漢字二文字)を、逆さまに打ってしまったのです。慌てて印刷会社に電話をしまして、上から、正しい名前を張りつけたいと申しますと、即座に引き上げてくださって、1頁全体を切り取ってしまって、まったく分からないように、直して下さいました。さすがはプロと感心したのですが、これは私のまったくのミスなので、代金は私が支払うと申しましたが、社長さんは、受け入れてくださいませんでした。今思い出しても冷や汗です。

今までに9冊の【あいずみ文藝】を出版してきましたが、校正と言う仕事は、むろん、役員全員で、手分けでしておりますが、なかなか完全な仕事というのは難しいものです。特に私は苦手です。でも、印刷会社の皆さんのお力で、なんとか、ここまでやってまいりました。

ここで改めて、印刷会社様にお礼を申し上げます。徳島市西大工町の原田印刷様、いつもどうもありがとうございます。微に入り細に入り、アドバイスを頂いて、いい本に仕上げてくださっています。今年の10号もよろしくお願い申し上げます。

 

2015年5月19日火曜日

№930 粗食

 20年も前だが、鍼をしてもらいに行ったところ、その先生が、「私は、ご馳走を食べたいとは思わない。粗食は健康にいいんです。嫁さんが、料理上手だと、たいてい婿さんは肥満になっていく。料理は下手にかぎりますわ。うちの嫁はんは、料理が下手なんで、私はこのように、何十年たっても、いつも同じズボンが履けます」とおっしゃった。たしかに一理あるように思った。美味しかったら、たくさん食べられそうだ。

 太り過ぎは、健康によくないと昔から言われているのだが、大抵の人は、中年になると、やや太り気味になるし、更にトシを寄せると、おデブさんになる人は多い。ま、消費エネルギーが少なくなっていくのに、食べる量が変わらなければ太ってしまうだろう。

 私は、小さい頃から贅沢はしていないので、粗食のまま、今日まできたように思う。あまりご馳走が食べたいとも思わないので、あちこち食べ歩きもしない。

最近のテレビでは、よく美味しい食べ物を食べている方たちの様子が写されているのだが、そういう番組は、興味がないので、すぐにチャンネルを切り替えてしまう。

知人の中には、Aホテルのランチより、Bホテルのランチが美味しいとか言って、場所選びをする方もいる。舌が肥えているのだろう。私のような者は、どこのランチも家で食べているものより美味しいので、AでもBでもいいのだ。()

夫は、小さい時から、ご馳走好きの家で大きくなったので、美味しいものには目がなかった。しかも、大食漢だった。よく外食もした。夫が亡くなって独りになると、私は粗食になってきた。自分独りのために、ご馳走を作る気にはなれないし、手間暇かける気にもなれない。もともと、料理下手である。そんな状態なので、煮炊き中心、油はあまりつかわないし、砂糖、塩も控えめだ。栄養には気をつけているが、少々味が落ちてもいい。その方が健康にいい。美味しくて食べ過ぎる心配はない。
おかげで太りもせず痩せもせずの体重である。()

2015年5月16日土曜日

№929 総会&捻挫


 今年度の大きな行事であった【藍住文藝総会】が終わりました。ほっ。いつものことではありますが、お天気が悪かったこともあってか、出席者の少なかったこと。欠席の方には、今日の報告と、資料一式をお送りしますので、欠席したからといって、別に何の支障も無いのですが、やはり、大勢の方の参加、活発なご意見や提案があったらと、残念でした。

 明日は、町の一斉清掃日です。家族総出で、参加するのですが、それまでに出来ることをしておこうと、雨上がりの午後、勇んで外に出たのはよかったのですが、足首をくじいて(捻挫)しまいました。大したことないと仕事をしていましたが、だんだんと痛くなって退散。整骨院のお世話になりました。ああ、何と間の悪いこと。息子は息子で、1か月も前に転んで足首にギブスをしていたのが、やっととれたと思ったら、手首がおかしくなって、痛々しい包帯が巻かれている始末。私は何の役にもたちそうにありません。普段は家の中で、一番忙しい目に合っているお嫁さんが、明日も奮闘しなくてはなりません。(;;)一難去ってまた一難でした。