2018年3月30日金曜日

№1205 久しぶりの病院


  体調がおかしいと思って血圧を測ったら、低いはずの血圧が、158にもなっていたのが3週間くらい前だった。何となくふらふらしたり、頭が重かったりしていたのだが、そのうち治るだろうと思っていたのだが、家族に何度も言われてお医者に行った。血圧はちょっと高くなっているが、心電図は特に異状はないとのことで、お薬は出してくださったが、1回飲んだら合わないのか、気分が悪くなったので止めてしまった。10日ほど血圧を13度計ってくるように言われて付けていたが、朝は105くらいで一寸仕事すると150になったりの変化はあるのだが、気分はまあまあというと、お医者さんは、「トシなので、高くなっても普通は、大したことはないから、あまり気にせずに」とのこと。() 

久しぶりに医者に行き、出してくれた薬が、身体に合わなかったというのが、何とも可笑しかった。

丁度時期を同じくして、ママ(嫁)のお父さんが急に救急者で運ばれて危篤状態のようになり、心配したりしたものだから、血圧の上下も、関係したのだろう。東京の孫も飛んで帰ってきたりの、てんやわんやだったが、お蔭でお父さんも山を越して安心。一昨日は、とてもよくなっていて、驚いたほどだった。

 ふらふらしていると、万一転倒でもしたら大変と思ってのろのろと歩いたりしていたものだから、治っても、歩き方はのろのろになったままだ。まだ怖いのだ。「このトシになると、病気がよくなっても、もとに戻ることなく、だんだんと老けこんでいくらしい」と感じた。ま、当然のことだろう。さっさと終活をしなければと思っている。

 

2018年3月19日月曜日

№1204 森友問題


いつまで続くのかなあ、この問題は……。大なり小なり昔からよくあったことと思うのだが、今回のように、あからさまにならなかっただけのように思う。時代がそうなってきたのかもしれない。
それにしても、政治家の偉いさんというのは、随分権力があるのだなあと、感心する。政治家にもピンからキリまでいらっしゃるので、実力者が県内にいらっしゃったら、けっこう県のためにいろいろと事業をしていただけるようだし、下っぱ議員さんに頼んでは、出来そうなことも出来ないことだってある。
ま、本来国会議員さんというのは、第一に国のためを考える方が正統派なのだろう。本県からも以前には三木総理が出ているが、三木さんは、正統派だったらしく、徳島県のための仕事は、あまりされなかったように思う。

森友問題が我々の耳には入ってきたときから、こうした内容のことは、想像していた。素人の私たちが考えても、何らかの事情でこうなったということは、感じていたので、ウソを国民の前で、言わねばならない阿部総理の部下達や、お役人たちは、さぞ苦しいことだろうなあと、同情していた。

まだまだ大切な問題が山積みの日本。早くこうした問題を解決して、早く世界、国内に目を見張って頂きたいものである。

2018年3月11日日曜日

№1203 3.11


あの日から7年の歳月が流れさっているのか……。この7年間、TVでは、毎日必ず、震災に関連したことを報道してきたので、被災された方たちの大変なことや、復興に携わってこられた方々ご苦労は身に沁みている。涙を流しながら、見せていただいたものもたくさんあった。
ただ、7年もたっているというのに、未だに仮設住宅で辛抱されていたり、立入禁止が解除されても、元には戻らない事柄がたくさんあることに、心が痛む。中には酷い醜い話も聞かされる。原爆で避難をしている方々への虐めやら、嫌がらせ等を聞くと、「ああ、日本人でも、そういう人間がおるのか」と、情けない。
もう私のような者は、復興のお手伝いも応援も出来ないのだが、せめて出来ることといえば、僅かのお米を買う時も、被災地の物を買うとか、応援できそうな物があれば、たとえ東京の土産であっても何かは買って帰ることくらいである。もう、放射能の検査済みの物であっても、売れないような世の中は頂けない。
一日も早く、皆さんの笑顔で迎えられる3.11を祈っている。
 

2018年3月5日月曜日

№1202 便利


先月末に、「挑戦」という雑文を載せたのだが、スマホが手にはいったのは、4日前。「らくらく」と名のつくスマホなので、「挑戦」などと大袈裟なことを言うのはちょっと恥ずかしいので取り消す。老人向きに良く出来ている。とても見やすい。携帯で使っていたようなことは、お店で説明を聞いたら直ぐに使えるし、新しい事も、ちょっといじくっていると、じきに分かるようになっているし、分からなければ手引き書をみれば分かる。ま、慣れることが肝心ということである。

確かにスマホは便利である。毎朝、6時頃に起きて、その日の天気を確かめてから着替えをしているのだが、スマホに向かって、ボタンひと押しして、声で「今日のお天気」と言うと、すぐさま、「藍住町のお天気は……」と、応えてくれる。時々汽車に乗るのだが、どこからどこまでの時刻表も声で、直ぐに知らせてくれる。メールも指を使う数は、ぐっと減るので、指の痛い私には助かる。皆さん、こんな便利なものを使っていたのかと驚く。

ま、「頭の体操」にはならないことが分かったが、少々便利になったということである。手に入るまでは、「スマホに挑戦しようよ」と、仲間を誘っていたのだが、「スマホはだれにも易しいし、便利だよ」くらいにしておこう。(笑)

ただ、使用料は、高くなるので、私のように収入は決まっている年金生活で【その月暮らし】をしていると、勿体ないという方もいるが、これも考えようで、無駄遣いは、他にもしているので、そちらを減らして、便利さを買うと思へばいいのだから。(ふふふっ。こんなこと言ってる者って、お金は減る一方だよね)

 

2018年3月2日金曜日

№1201 弥生三月


まだ寒い日はありますが、3月というのは、何度迎えても心弾むものがあります。一斉に伸び始める雑草の精気は、憎たらしい半面、こちらにも精気を感じさせてくれます。こんなことを書きますと、北海道の方々には、悪いですね。今日は、猛吹雪ということですから。南北に長い国ですから、致し方ありませんが、怪我や事故のないように気をつけて頂くことを祈ります。

1月は往ってしまう、2月は逃げていく、3月は去ってしまうと、昔から、4月はすぐにきてしまうと言われていますが、早々と過ぎて行く歳月に、溜息が出てしまいます。

しかし3月はお目出度いことも多い月です。卒業があったり、合格発表があったりで、お祝いの熨斗袋の出番でもあります。

このブログも、1200回も過ぎてきました。平成24年の2月23日から立ちあげています。最初は毎日のように書いていたのですが、そのうちに、だんだんとトシとともにやることがのろまになってきたのと、ちょっとした仕事をしても、一休みせねば、次の仕事にとりかかれない、ということで、休み時間は増えたのに、忙しくなったような気分になるのです。仕事の量を減らしていないので、自然にブログも減ってきました。

途中【終わり】を宣言したこともありましたが、量を少なくしても、続けて欲しいという有難い要望もあって、ぼつぼつながら続けております。雑文なので、エッセーなどというような代物ではありませんが、もう少し続けようかな、とおもっています。よろしくお願いします。

 

2018年2月24日土曜日

№1200 挑戦


私のドコモの携帯に、よく【スマートホンの説明会のお知らせ】メールが送られてくる。最近は高齢者用の【らくらくスマートフォン】というのが出回っているので、その説明会らしい。○月○1日限りで、3回の時間帯も書かれている。受付順に定員になればしめきりますということ。便利らしいが、今更面倒と思っていたのだが、頭の体操になるかもと思って申し込んだ。たつた1時間なので、簡単な説明のはず。

出かけてみると、私と、60過ぎの女性だけ。講師さんは、東京から、わざわざ出向いてこられているというのに。渡されたテキスト冊子は、機種がFUJISUdocomoらくらくスマートフォンなので、機種の宣伝も兼ねての講習ということらしい。

らくらくと名がつけられているだけあって、画面もはっきりしていて大きく、指で間違ってさわったりしただけでは、画面が動くというような心配もなく、触って確認し、それから押して確定する仕組みなのだ。「ああ、これなら指の不器用な者でも、間違いはない、大丈夫だろう」という気持ちになる。中味は一般のスマートフォンとほぼ同じらしく、自分の使いたいことは、一通りの説明で、大体のことは解った。慣れるまでは戸惑うこともあるだろうし、新しいことは、説明してもらわねば分からないが、それもいつでも聞くことが出来るようだ。今までの携帯より、メールも簡単、電話も簡単ということなので、遅ればせながら挑戦することにした。もうじき、新しい機種が出るらしく、それを待つことにした。楽しみだ。(^^)

2018年2月18日日曜日

№1199 昔の乙女の幸せ


昔の乙女が7人集まった。全員昭和5年生まれ。88歳か、今年中には88歳になる連中なので、それぞれのお顔には、人生の風雨に耐えてきた勲章が刻みこまれている。

女学校時代のクラス会50人ほどのメンバーで、毎年同窓会をしていた。始めは20人程の集まりがあったのだが、4年ほど前に解散した。もう、県内外から集まるにも徳島市内まで出て行くのは無理という方がほとんどになってしまったのだ。
クラス会いうのは、ほんとにざっくばらんに気兼ねなくおしゃべりが出来る会だし、思い出も共有しているので、どんなおしゃべりにも興味津々になれるのだが、そうなれば仕方がない。

でも、私の近隣の町村に住む方たちが、何とか集まりたい、ということになり、世話を頼まれた。【ここなら何とか集まれそうだ】という場所をその都度決め、年1度、集まっている。

昨日は、車に乗る私が、鳴門市内のMさんを勝瑞駅で待つ、そこへ北島町のSさんが、息子さんの車で来てくれる。西に向いて走り、上板町に住むKさん宅へ。そこから、南にあるMさん宅に。5名を載せた私の車は、阿波市へと西に走る。会場に着くと、阿波市に住むYさん(彼女は、近くなら車に乗れる)とSさんの2人が、すでに来て待っていた。ささやかだが昼食をいただき、珈琲、ケーキなどで満腹。話はますます盛り上がる。
皆さん、毎日家で居られるか、ディサービスに行くか、という方たちなので、田舎では、ちょっと離れると一人で集まれる方は少ない。汽車の数も少なく、バスも少ないとなると、車だけが頼りになる。

私のように、出たきりばあさんらしき方は、だれもいらっしゃらない。それはそれはミニクラス会を楽しみにしていらっしゃる方ばかりなのだ。
私のお世話仕事は、単に7名の皆さんの出て来られない日を聞き、私の出かけられる日を決めて、連絡するだけなので、手間などはかからないのだが、「あんたが居てくれるので、こんな楽しい会が開ける」と、大いに感謝されるのだ。1回目、2回目と、回を重ねるごとに、皆さんの待ちわびていた様子が手にとるように分かるのだ。もう何か月も前から、お互いが、電話をし合って、「2月には連絡あるだろうなあ。元気でおろうなあ。会えるなあ」「有難いなあ。このトシがきて、昔の友達と会えるなんて」等と話あっていたりしているのだ。私のお世話が、こんなに楽しみにしていてくださるのは有難いことだなあ」といつも思うのだ。

「これから死ぬまでに、皆と何べん会えるかなあ……」Sさんが呟いた時、私ははっとした。そして思わず言った。「年1回やったら、3回も会えんかもなあ。私やって目が悪くなったら、運転出来んもんなあ。これからは、せめて1年に4回は集まりたいなあ」と。

「ほら嬉しいわ。あんたにばっかし迷惑かけるけど……」「嬉しいわあ、5回でも6回でも会いたいけどなあ」「ほら毎月でも合いたいよ」などなど、乗り気な意見ばかり。「私もそうやけど、皆やって元気でおってくれなんだらあかんのやけんな」「ほらほうじゃ。元気でおるよ。頑張るわよ」「「いついつ集まりがあると思うたら、寝込んでおっても、それまでには頑張って直すよ。有難いなあ」
……私も有難かった。ああ、よかった。こんなに言ってくれるのに、どうしてもっと以前から、時間作って会を増やして来なかったかと、反省もさせられた。

「次は桜の咲く頃がいい」「桜なら会場は○○がいいよ」と、早くも希望が飛び出す。お互い、元気で一日でも自立した生活が出来るためには、私も含めて、楽しみの会は多いほどいい。
こんなちょっとした手間で、皆が楽しめるなんて、幸せは足元にも、ごろごろ転がっているもののようだ……。