2019年1月26日土曜日

№1234 寒い日


  寒い日は厚着をして暖房はあまり強くしない。その方が、過ごしやすい。鏡に映る姿は、まことに不格好で、背中とお腹は丸く、首は前にのめっている。誰も見ているわけじゃないけど、ちょっと恥ずかしい。

午後になってから、太陽が顔を出し、ガラス越しに見える空は青くなった。夏の青と冬の青は違っていて、見るからに寒そうな青色だ。それでも山の稜線が見たくなって外に出る。風は冷たいが、讃岐山脈の凸凹の稜線がくっきりと見えて気持ちがいい。着ぶくれているので,風は通さない。

一番高いおあさはん(大麻山)に登ったのは、もう30年も前だ。近所の方に誘われて行ったものの、私だけが息が上がってハアハア言ったものだ。若い時から山は苦手で、すぐに息切れがする。大好きな富士山にも登っていない。もともと心臓が怠け者らしい。普段から脈拍数が少ないのも、そのせいだろう。

家の裏庭に、たくさんの水仙が咲いている。植え替えなどはしていないのだが、雑草だけは抜き取っている。大好きな花だ。水仙のほかには、花らしいものは植えてないのだが、今は山茶花の花ざかりだ。もうちりはじめたので、樹の下は真っ赤になっている。手入れは、2年に一度剪定をしてもらう程度の無精者の主なので、草も木も、生命力はすごく、真夏の日照りにも水などやったことがないのだが、根を下の方まで延ばすらしく、枯れない。人間にも、こんな生命力があったら百歳以上の老人が増え過ぎて国は困るだろうなあ()

2019年1月19日土曜日

№1233 新年早々から


  今年は〝ついてない〟と思うことが続いた。まず元日早々に、と言っても、午前2時近く、台所その他の掃除を終えて、(寝てはいないが)年初めの初湯に入ろうと思って裸になったところが、風呂の栓がうまく出来たおらず、お湯が溜まっていなかった。2日には、使い慣れていたトイレの便座が壊れ、お湯が出てくるはずが、冷たい水が出て飛びあがる。調べても原因不明、冬場は耐えられない。慌てて取り替えて頂く。3日、年賀状の余分はかなり買ってあったのに、足りなくなった。町中のコンビニあちこち走りまわったが、どこも売り切れてなかった。こんな経験は初めてだ。4日、遠方に住む妹より電話、年賀状は出せなかった。肺がんのため入院、8日に手術するとのこと。後日、手術は成功でやれやれ。7日、朝まだ薄暗い中、出勤のため庭に出た家族が転倒して頭に傷、12針縫う。翌日から通勤出来たのでひと安心。14日洗濯機が動かなくなったので買いかえたが、取り付けは二日後になった。という具合で、災難やら心配事、おまけにオアシに足がはえて財布はカラになる。

こういうことで、何となく出足の悪い新年だ。ここらあたりで心機一転、いいトシでありますようにと願っております。(^^)

2019年1月10日木曜日

№1232 睡眠力


  医者嫌いの私だが、寝付きが悪いので、誘眠剤を頂くために時々行っている。二週間分しかいただけないのだが、14個を二つに割っているので、ま、3か月に2度くらい医院に行く。行くたびに診察を受けないと頂けない。聴診器で胸と背中をちょっと診て、血圧を測るだけだが、足が重い。

 寝付きが悪いだけならいいのだが、朝は、4時か5時に目が覚める。トイレに行きたくなって目が覚めるのだが、そのあとが眠れない。結局睡眠不足になってしまう。眠れないまま、6時には起床する。エンジンはかかりにくいから、のろのろと、朝の仕事がはじまる。身繕い(化粧は毎日することにしている)洗濯に掃除、ゴミ出し、朝食の準備などなど。朝食はなるべく8時からの朝ドラを見ながらしたいので、この時間頃からやっとエンジンがかかるのだが、食事は1時間近くかけている。(TVを見ながらなので、ゆっくりになる。)

ところが、朝食後、ちょっとTVを見ていると、すぐに居眠りをしてしまう。背を丸めて首を垂れての姿勢は、長くは続かないのだが、朝からの居眠りなんて、やはり睡眠不足が原因としか思えない。朝だけではない。1日に、何度も仕事中にも、うとうとしている。夜の睡眠中に、身体は疲れを回復したり脳の活性化が出来るというのに、と思うと、薬無しで直ぐに寝付けたり、4時5時からも再度眠りたい、何とかしたいと思い続けていた。

そして昨年【あなたを変える睡眠力】という本を見つけて買ってきた。本に書いてあることは、よく解る。実行出来るか?というと、そんなに簡単に出来るものではない。寝付くためにすることも、してはならないことも、私には無理なことばかりだ。

ところが、睡眠時間は短くてもいい。仮眠をしたらいい、居眠りは良いことで、短い時間でいい。横にならずに、何度でもうたた寝や居眠りはたくさんしよう、というのだ。『目をつぶるだけの1分間仮眠法』というのもある。【椅子に深く腰掛け、全身の力を抜き、リラックスするる。1分間目を閉じて、脳を休息させるという気持ちで仮眠する。1日の中で、何度もする。眠くなる前にするのがいい】と。これだけで脳や大脳皮質が休まるという。

うたた寝やこんなことなら出来る。なんとなく安心出来た。これからも、生活リズムはあまり変えられそうもないので、うたた寝はいいことだと思えただけでも、いい本を買ったと喜んでいる>

2019年1月1日火曜日

№1231 新年のご挨拶


明けましておめでとうございます。

昨年は気候の不順、自然災害と、嬉しくないことが続きましたが、皆様にはお変わりなくよいお年をお迎えでしょうか。本年は、皆様にとりまして、良いお年であります事をお祈り申し上げます。

 こちら徳島は、朝から太陽が輝き、窓からは雲ひとつ見えません。讃岐山脈の稜線が、朝日を浴びてふんばっています。

こんな田舎町に住んでいますと、自然を毎日目一杯楽しませていただいていますので、ビルの谷間に住んでみたいなどと、思ったこともありません。ときには自然の力に屈しなければならないときもありますが、それでも、大自然は生き物すべての古里です。生かされていることをしみじみと感謝しています。
 
 私は、毎朝体重計に乗って記録しています。大きなポスター程の暦に付けているのですが、この一年の体重は、ほとんど変化なしでした。ちなみに今朝の体重は46.1キロで昨年元日は、46キロでした。46キロの前後1キロほどを上下した毎日です。暴飲暴食も運動もしていないのですが、ごそごそ動きまわるので、歩数は3000歩数を前後する日がほとんどです。とは言いましても、体力脳力の低下はまぬがれず、もし調べていただいたら、2,3種類の薬を頂く結果になるかもしれません。医者嫌いなので、年1度の血液検査と、ときおり誘眠剤をいただきにいくくらいですが、今のところ、何とかやっております。

年頭の目標などは特にありませんが、これからは、一日一日を大切に生きるということで、目標は毎日立てる、ということで、小さく、数多くやっていきたいと思っています。ちなみに、今日の目標は、頂いた年賀状の整理と、文藝便り新年号(P6)の印刷の半分(出来たら全部)です。同じ仕事をしても、達成感がちがいます。夜、時間があれば、昨夜見ていないTVの紅白などの録画をみようと思っています。


ここまで書いて、中座しておりました。(年賀状がとどいたので)朝の天気と違い、雲が出てきて空が薄ぼんやりとしています。最近の天気予報はよく当たりますねえ。しかも、ご親切に、傘の大きさまで心配してくださいます。有難い世の中ですが、傘など、自分で考えさせたのがいい。その方が子どもなどにはいいのですよ。(笑)
 ともあれ、日本は平和です。こんな平和がいついつまでも続きますよう、念じております。。


2018年12月31日月曜日

№1230 今年も終わります


  元日を明日に控えて、まだしなければいけない仕事があるのですが、パソコンに向かいました。分母が不明ですが、もしあと3年生きれるなら、一年は残り人生の1/3ですし、2年なら一年は、人生の半分でとてもぼんやりとは過ごせない月日となります。

 今年を反省してみますと、忙しい一年でした。ということは、多分充実していたことなのでしょう。忙しい理由は、仕事は増やしてはいませんから、何をするにも時間だけはかかるようになったと言うことでしょう。ですから、余分にしなければいけないシュウカツというものが出来なかったのです。身の回りの整理は、どうしてもやっておきたいと思っていながら、出来なかったのが、ちょっと悔いが残ります。

 家族や身近な者達は、私をまだまだ大丈夫と思っているらしいのです。車に乗って走りまわるし、滅多に寝込んだりしないし、愚痴を言わないものですから・・・。でも、本当は、かなりくたびれました。あ、もうじきトシが変わりそうです。

 つまらぬブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。

2018年12月18日火曜日

№1229 師走


  このあいだ年賀状を書いたように思うのだが、もう一年が過ぎてしまった。今年はまだ一枚も手を付けられず、気持ちはあせっているのだが、元日配達には間に合わないだろう。

 一年ぶりの知人友人の年賀状を頂くというのは楽しみなものだが、だんだんと、「今年を最後に・・・」という方も増えて来た。ま、私もそのうち書きたくても書けなくなるだろうから、それまでは、このままでいこう、と思っている。

 師走といえば、昔はすぐにボーナスというコトバを思い出していたが、もうそんなコトバとはご縁がなくなったので、あまり楽しいコトバは思い浮かばない。身体が疲れそうな仕事ばかりを思ってしまう。

 まず、大掃除はしたい。掃除というよりは、いらぬ物を捨てる片付けだ。手の届かぬ高い戸棚には、捨てたらいいものがたくさん入っているはずだし、食器戸棚にも、使わぬものがたくさんある。食器は興味があるので、かなりあるのだが、頂き物や、衝動買いをしたものなどで、使ってない物もかなりある。頂き物は、品のいいものでも、趣味の合わない物は使わない。以前は毎年バザーをしていたので、出したり買ったりしていたのだが、仙谷さんが議員を止められてからは、もうバザーの必要もなくなってしていない。地域の子供会のバザーも、いつの間にか消えている。

個人的にいらない物をだれかに差し上げるというのは、なかなか難しい。友人たちも、身辺整理中だ。だれも貰ってはくれそうにない。

お節作りは母屋と共同で、私は野菜全般と数の子の係なので、頭を使うことではない。ただ、煮炊きばかりなので、黒豆のように、コトコトと、二日ほどかけて作るものなど、焦げ付かせたりしたらオオゴトだ。最近は、よく失敗するので、何を作るにもタイマーが離せない。ちなみに私が焦げ付かせるのは、必ず弱火にして、あと3分とか、5分煮込むと言うようなときである。ちょっと目をはなして、他の事をしているときだ。

話は飛ぶが、お鍋だけは、年寄りは安物を買うべきではないと思う。高価なお鍋は買うときにはかなりお鍋と睨めっこして買うが、いくら焦げ付かせても、綺麗になるので、安心だ。安物のお鍋はそうはいかない。我が家の安鍋は、焦げ付かせてもうお払箱になったので一つも無し。(笑)

最近、よく火災のニュースが出てくる。老人が逃げ遅れて亡くなった話も多い。鍋を焦げ付かせるのはまだ許せるが、火災をだしては大変なことになる。火の用心だけは、特に気を付けている。私は、胆石で、胆嚢は全摘出術をしているので、油物は控えているため、揚げ物は一切作らない。油炒めにとどめている。油から火をだすことはないだろうが、札幌でのガス爆発のように、ガス漏れなどがあっては大変だ。何かに付けて、老人は、確かめることをマメにするようにと、言い聞かせている。

あと10日あまり。忙しい毎日となりそうだが、頑張って新年を迎えたい。

2018年12月10日月曜日

№1228 一件落着


  先日、詳しく書くと、12月2日(土)この題を書いて、続きを書こうとしていると、次々と電話がなったり用事が出来たりで、続きを書くのを忘れてしまった。その日だけではなく、忙しい日が続いてしまって、1件落着ではなく、何件かの落着をまたねばならぬようになって、やっと、書く気になったしまつ。

 シニヤ劇塾の公演が済んだのだ。これは、大きな出来事だったので、肩の荷はおりた。私がチケットを差し上げたお方や、買って下さったお方たちは、面白かったとか、身につまされてとかおっしゃって褒めてくださったが、これはお世辞と言っては悪いが、作者本人に、出来が悪かったなんて言えるものではない。良かった、楽しませてもらったと言うのは、当たり前だろう。こういうとき、お上手なしの評をしてくださる方は、身内と、信頼出来る劇評が出来なさる識者である。見に来て下さった方の多くはシニアの方たちなので、身につまされたりするのは、本当かもしれないが、劇評ではないだろう。

 本心今年が最後と思って書いたので、来年楽しみにしているなんて言われると困ってしまう。何時までも書いていたら、後取りが育たないのだ。書いたら書けるはずの人はいる。そんな方に、ちょっと勉強していただいて、書いてもらうことにした。まだ若い。私の娘や息子のような方たちばかりだから。先生だって私より10歳お若い。私もちょっぴり劇に顔を出すのだが、私には遠慮なさってか、何もおっしゃらない。さしせまってきたら、気長な先生も、怒鳴ることもある。シニアは、何度言われても忘れることもあるので、しかたがない。長い台詞を、苦労して憶えても、いざ動作を伴うと、台詞は出て来なくなる。先生もしびれをきらしてのことだ。() それでも皆はにこにことしている。いい人間関係ということでもある。

 ま、皆さん本番は、トチルこともなく、すらすらと劇がすすんでいったので、先生もご安心なさったことだろう。私もちょっぴりの台詞だが、間違わずに言えました。(^v^)