2020年5月26日火曜日

№1290 嫌がらせ




  世の中には、色々な人がいて、色々な虐めや嫌がらせがあるようだ。そういうことをされて自ら生きて行くことを断つ方もおられる。多分、幸せな人生を送っておられる方は、そのような人を苦しめるようなことはしないだろうから、幸せになれずに心を曇らせている人たちも多くおられるのだろう。
 幸せって、何だろう?と思う。以前TVで「あなたは幸せですか?」という質問に、「幸せです」と答えた人の多い国は、コロンビアで、日本は、21位だったとか。コロンビアという国は、殺人が日本の百倍もあるらしい。しかも麻薬のはびこっている国とも言われている国。「家族が仲良くくらしている」「仕事がある」こうしたことが幸せと答えた理由なのだ。足元の幸せに満足しているのだ。

こうした考えからいうと、日本人は、もっと幸せ度が高くなってもいいはずだが、あまり満足はしていないようだ。もっと経済的に……という欲があるのだろうか。お金は、あり過ぎても大変らしいので、欲張らないことも、幸せの近道だろう。

 私は思うのだが、「分相応の暮らしをしている」と思える人は、みんな幸せだと思っているだろうと……。

 




2020年5月20日水曜日

№1289 明るい話


  新型コロナウイルスで毎日が大変なことになっているが、私は専門的なことはよく分からないのだが、感染しても、たいしたことなく完治する方が多く、死亡率から考えても、毎年流行るウイルス性の流感と、大して変わらないという数字が出されているようだから、ちょっと騒ぎすぎではないの?と言いたくもなる。

 こんな時期なので、明るい話を書いてみよう。随分古い話だが、小学2年生のA子の日記を思い出す。


「今日、B子ちゃんが、私に言いました。「私、太郎ちゃんが好きなんよ。太郎ちゃんに それを言いたいから、いっしょに付いて行って」とたのまれました。私も太郎ちゃんが好きだつたのに、仕方なく、いっしょに行きました。太郎ちゃんは、庭でボール遊びをしていました。B子ちゃんは、太郎ちゃんのところに走って行って、「太郎ちゃん、私を好きになってくれませんか」と言いました。太郎ちゃんは、「僕は、今、C先生が大好きなので、誰も好きになれません」と言いました。しかたなく二人は、石を蹴りながら帰りましたがB子ちゃんは、「C先生には かなわんなあ」と何回も言いました。私もそう思いました。

この日記の主は、もう30歳になりました。

2020年5月8日金曜日

№1288 股関節痛


  3月の末頃から、急に左足の股関節が痛くなった。初めは、運動のしすぎかと思っていたのだが、気になって病院に行ったところ、5年前のレントゲン写真と比べて大した変わりがないので、神経痛だろうと言われ、傷み止めの薬をいただいた。(5年前は、腰が痛くなって行ったのだ)でも10日過ぎてもますます痛くなったので、再び行くと、股関節の痛みという。暫くしたら痛みも取れるだろうということで、同じような傷み止めの薬だけ出してくれた。が、一向によくならない。痛い時は、杖を突いた方がいいと言われて使っていたが、何と言うか、膝が痛いのとは傷み方がちがう。足の付け根が痛いというのは、こんなに歩きにくいものかと思った。仲良しのK子が来て、私の様子をみるなり、研究熱心な鍼灸院の治療を薦めてくれた。藁にも縋る思いで、そこに4回ほど通ったところ、かなり良くなって、今は、杖なしで歩いている。医院のように保険はないが、予約制でたっぷりと一時間以上、本人の痛みを聞いてくれながらの治療なので、満足している。1回5,000円だ。都会なら、これだけの治療は、1万円くらいするはずだ。田舎なので安いのかと思う。Kが言う。「今は治療費、惜しくないやろ?」私「惜しくないわよ、治るんやから」K「惜しくなる頃に治るんよ」(笑)

2020年4月17日金曜日

№1287 溜息


  日本国中、溜息のでるようなニュースばかりである。徳島県は、日常から他県との交流が少ないというか、観光客も普段は通り過ぎて行くような県のためか、コロナウイルスの侵入も少なくて、今のところは陽性患者さんはゼロである。県外に出ている学生さんなどが帰郷せず、帰ってこなければ、このままの状態が保てるのかもしれない。

 こんな暢気なことは言っておれない話もある。私の身内では、出世頭かと思っている60そこそこの甥が癌に犯されて死期がせまっている。田舎に住んでいる病弱な母親は、TV電話で彼と話は出来たあと、会いに行くと言うのだが、周囲に止められてしまった。死んでもいいから会いに行くというが、母親一人の問題ではないと、止められている。助からない命なら、せめて大勢の方々に見送られて逝けるまで、生き伸びて欲しいものである。

 世の中には、こんな話どころではない悲しい話が山ほど詰まっていることだろう。そうした方たちの溜息は、消す事は出来ぬまま、沈殿していくのだろう。一日も早く、何とかしてほしい。 

 

2020年4月2日木曜日

№1286 新年度


  4月1日の昨日は、雨風の強い一日で、まるで今年度の様相を象徴しているかのようなイヤな一日だった。新コロナウイルスのため、何もかもがマイナスになっているこの状況は、世界の平和をかき乱してしまった。もし、このウイルス発生に、どこかの国の不衛生とか、生活習慣とか、何かの原因があるとすれば、口には出さないが、恨めしい問題であろう。

 つい最近までは、この周囲は、そんなに気にすることもないだろうと思っていたものだから、マスクが買えなくても早朝から並んで買うこともなく、人ごみの中に買い物に行ったりしていたのだが、一向に治まる気配もなく、徳島にも患者さんが帰郷して、夢タウン等で買い物をしたなどと聴くと、出歩くことも、最小限にと心掛けている。万一のことになれば、自分だけではすまなくなる。このトシでは、ちょっぴりのウイルスを吸いこんでも、肺炎になり天国逝き間違いなしだ。まだ何の身辺整理も出来ていないので、それだけは避けたい。

 県外に住む孫夫婦が、一年ほどイギリスに住んでいて、先日帰国した。感染はしていないのだが、2週間は、散歩程度の外出ということで、ホテル住まいをしているらしい。「日本に帰ってきて驚いたわ。皆、危機感あまりないなあ……」と。感染者数が少ないことが、危機感のなさと関係しているのだろうが、知らぬうちに感染している人がたくさんいるだろし、そうした人たちから、ねずみ算式に増えて行くこともあるのだから、都会の人達は、もっと危機感をもつべきだろう。【人を見たら泥棒と思え】じゃないが、【人を見たら、ウイルス持ちと思え】くらいに用心して行くべきだろう。ああ、田舎者でよかったなあ。

2020年3月25日水曜日

№1285 もっと心配性に……


  人間を長くやっていると、色々な物が体内に溜まって来る。良い物が貯まるのは歓迎だが、そういうものは少なくて、ストレスとか心配ごと、後悔などのような不燃物が、解決されぬまま、月日が流れ、忘れていく。しかし、忘れたというのは正しくなくて、心の奥深く包み込んで沈殿しているのだ。私的なことばかりではない。国の行く末、地球の将来、などなど、真剣に考えだすと、夜も眠れなくなってしまう。だから私はノンキな楽天家となって生きて来た。「なるようになるさ」と。でも時々思う。私ってもっと【心配性】になるべきなのか?と。

 その一つに、認知問題がある。忘れることが多発、憶えなければいけないことが、中々憶えられない。もしかして頭の中は天津甘栗のように、隙間だらけになっているのでは……と。以前このブログに書いたかもしれないが、(こういうことも忘れているのだ。)認知だけは心配になって、調べてもらったことがある。初めに色々と質問されるのだが、それには皆答えられるものだから、先生は初めから認知ではなさそうだと思ってしまうためか、真剣には見てくれない。脳の写真では写らない認知症もあるだろうに、「心配ありません。少し鬱気味ではありませんか?などとおっしゃって、鬱の薬をくださった。鬱どころかノンキ者なのに。(笑)

 最近の新コロナウイルス問題についても、あまり神経質にはなれない。この徳島県で、そんなに心配することはないじゃないか、と思っているものだから、人ごみにマスクをして出かけることもしない。マスクをするときは、ろくに化粧もせずに出かける時の、日焼け防止のためとか、防寒のためだ。こんな心がけではいけないのだ、もっと危機感をもつべきだろう、もっと心配性にならねばと思うのだが、ノンキにかまえている。これは、持って生れた性かもしれない。直りそうもないから……。

2020年3月19日木曜日

№1284 障碍者


  長い教員生活の殆どを障碍者の教育に当たってきました。障碍の無い子供の教育も、初めの4年間は経験しているのですが、やりがいのあったのは、やはり障碍者教育だったように思います。難しい教育でした。何も分からないのに飛び込んで、失敗もありましたが、否応なく、いろいろと勉強せざるをえなかったのは、ありがたいことだったと思っています。

 今日TVで、出産前検査で、産む産まないの選択ということで放送されていました。そういう時代になっているのは当然だろうと思います。それを見ながら、ある日の教室の一場面を思い出しました。盲学校の中学部の特殊学級を受け持っていた時のこと。夏休みが終わってのある日のことでした。

「夏休の思い出で、どんなこと、心に残っているかしら」

A「ぼくはなあ、母ちゃん泣かしてしもたことやなあ」

「ありゃりゃ、お母さん泣かしたん? どうしたん?」

A「ぼくがな、こんなぼくでも、産んでくれて嬉しい言うたらお母さんがおいおい泣きだしたんよ」

……私も泣きだしてしまったのです。これでは授業にならんと思いながらも、涙がとまらなかったのです。

B「こら、Aよ、先生も泣かしたらあかんやないか。あかんやないか」
 泣き虫の私は、Aのお母さんの気持ちが胸いっぱいに広がってしまったのです。

 Aが、生まれてきて良かったと心から思っていることが、とても嬉しかったです。お母様きっと、嬉し涙と、障碍者に産んでごめんなさいの気持ちとが、泣かずにはおれなかったのでしょう。

今は亡き、A君のご冥福を祈っています。