2012年2月28日火曜日

質問

学校には、(多分、今でもあると思うのだが)毎年、県のお偉い管理主事という方の、「学校訪問という行事があった。普段より緊張した顔つきの校長先生が、客人を案内して教室に回ってこられる。ものの4分か5分、主に授業をしている先生を観察するのが目的であるが、生徒も先生もかなり硬くなるのが普通だった。
しかし、天真爛漫な子どもたちの学級担任だった私は、緊張はご法度。私がいつもの調子を崩さずに授業をやっていれば、子ども達も、そんなにコチコチになることはない。でも、あのときばかりは兜を脱いだ。お偉い方がいけなかった。頭が、蝿も止まれぬほどに、ピッカと禿げておられたのだ。
その方が教室の横の廊下から見えたときから、私はイヤな予感がした。子ども達の目も、その現実を見逃すはずはない。失礼な態度をしやすまいか……と気になった。予感は的中した。いや、もっとひどいことになったのだ。

お二人が教室に入ってくるなり、A子が、私に真面目な顔をして質問した。
「センセ。あのヒトの頭、どうして毛が一本もないんですか?」と。
「ひぇーーっ。な、な、何ということを言い出すんやぁ」と、仰天。胃袋がぎゅぅっとなった。私の気持ちはすぐさま、その子を捩じ伏せて、謝らせたかったが、そんなことは出来もしない。でも、さすが校長先生だ。とっさに窓の外を指差されながら、「あの松の木はねえ・・・」とか何とか言いながら、客人の気を庭にそらされたのだ。
私はというと、お二人が窓から外を向いている隙に、ぐっとA子に睨みをきかせたものの、客人や校長先生に「すみません」の気持ちが渦巻いて、お二人の前に手をつきたい気分である。でも、何も聞こえなかったようなふりをきめこんで、授業を続けるしかなかった。
私の顔は、多分真っ青か真っ赤だっただろう。声だって、上ずっていたに違いない。子ども達だって、後ろを見たり私をみたりと、頭が大揺れだ。

有り難たかったのは、お二人が、短い時間で、そそくさと出て行かれたことだ。何が飛び出すか分からない学級というので、校長先生は「長居は赤信号」と逃げ出されたに違いない。
すぐさま、あたりは騒然となった。「センセ、あんなこと、言うたらいかんなあ」と、常識派はA子を非難。「だって分からないことは、いつでも聞きなさいって、センセが言うとるでぇ」と、A子も負けてはおらぬ。
ああ、いつもの指導が裏目に出るとはこういうことだ。ま、正直な疑問を私にぶつけてきただけのこと。直接ご本人様への質問でなくてよかったと思うことにした。
叱るわけにもいかず、そうかといって褒めることでは決してない。なんとか、今後は、そういう質問は、ご本人の前ではせぬことを約束させた。

今となっては、もうあの世に旅立たれているお二人に、「ほんと、すみませんでした」と、心から詫びながらも、思い出すたびに、お腹のあたりがびびってしまう。

2 件のコメント:

  1. おなかの皮がよじれました。天真爛漫は時として「蜂の一刺し」になるのですね。
     古女センセイの胸中を思うと、お気の毒やら可笑しいやら・・・やっぱり笑っちゃいました。

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    1. お六さま、まさに、「蜂の一刺し」でありました。(::)

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