2014年12月31日水曜日

1年のしめくくり





お節料理作りを一休みして書いています。今年も終わると思うと、ちょっと反省してみようという気持ちになりました。まず、身体のことですが、この半年で、かなりの体力が落ちたことを感じます。毎日卵3つは食べてきたのですが()、多忙のため身体を動かすことが少なかったせいか、足腰が弱くなったことがよく解ります。踏み台昇降も、忙しさにかまけて、もうかなりしていません。てきめんに足腰が重たくなってきました。続けることの大切さがようく解りました。重くなるだけではなく、ちょっと無理すると、痛くなる、痛くなると、益々運動不足になるのです。3000歩歩いても、歩き方が違います。以前のように、さっさと歩けないし、すぐにどこかが傷みだす、ま、こんな具合で、点をつければマイナス点です。


身体の一部なのですが、頭の方はどうだろう。相変わらず探し物をしたり、お鍋を焦がしたりしているのですが、ま、何とか薬を飲むほどではないので、及第点をつけておきましょうか。


次は、気持ちの持ちようですが、自分では、まだ前向きの姿勢は崩していないつもりなのですがどうだろう? やりたいと思うことには、今も挑戦していますが、そのできばえのことはおいておくとして、やる気がある、ということで。及第としておきましょう。


そして大事な生き方の問題ですが、私は、普通の人間なので、普通であればいいという考えなのです。世の中には立派な方たちが、大勢いらっしゃり、年末になると、よくTVでもそうした方たかちのことを放映しています。素晴らしいと感動す。涙を流す場面もあります。でも私には遠い世界の人たちです。自分は自分らしく生きたらいいとし思っています。自分がこんな人間になりたい、というものさえ、持っていて、そうした自分に近づくことができんればオンの字と思っています。(自分には甘い)人様のために、大きなことが出来る人間ではないので、ちょっとしたことでいい、家族であれ、友達であれ、周りの方たちのために、何かお役に立つことが一つでもできたらいいと思っているので、それもまあ、なんとか出来たように思います。やはり、いつも自分を客観的に見る鏡を持つことが大切かと思っています。トシを寄せますと、なかなか人の振り見ても、我がふりを直すことが難しくなりますので、時々は、自分の姿を写す第3者的な目で、自分のしていることなどを見つめることが肝心と思うのです。


あれこれと思ってみましたが、何とか、寝込むこともなく生きてこられた一年を、多くの方たちに、「お蔭さまです、有難う」とお礼を言いたい気持ちです。


*昨日から、パソコンの調子が悪くて困っています。カーソルが、勝手に走り回るのです。字も揃いません。なかなか文章が書けません。明日から、大丈夫かしら……。



2014年12月28日日曜日

観察?妄想?


時々買い物がてらに『夢タウン』に行くことがある。車で10分もかからないし、殆どのモノが揃うので、便利なのだ。それだけではない。時間があれば、中を3.000歩ほど歩き回るのだ。寒くもなく、風雨も関係なく、夏は涼しいので歩数計を身につけて歩く。ただ歩くのだから、店内はほとんど覗かない。ただすれ違う人たちを見ながら、色々と妄想を働かしている。()

・何を怒っているの? そんな険しい顔して歩いてちゃあ、あなたの器量がだいなしよ。

・お嬢さんらしいけど、お化粧はどこかのスナックのママさんね。

・いいスタイルねえ。歩き方もモデルさんみたいだわ。

・随分お疲れのようだわね。その腰かけている姿勢は、奥様のお買いものには、付き合いきれないって感じね。ふふふ。

・親子?それとも姉妹? この頃のお母さんって、若くて綺麗だから。判らないなあ。

・そんなに子供をケンケン叱りなさんな。もっと優しい言い方あるじゃないの。

・随分背の高いお嬢さんの多いこと。ああ、私、彼女らの肩ぎりもないなあ。

・随分腰の曲がったお爺さん。きっと若い時から、瓜作ってたんだろうなあ。接骨院の先生が言ってたなあ。瓜作ってた人は、歩く姿勢みたら判るって。ご苦労様でした。

・ああ、いいご夫婦ね。共白髪でにこにこしながら買い物してるなんて羨ましいなあ。お家に帰ってもきっといつも笑顔で会話してるんだろうなあ。

・わあっ。若いのに3人のママなのね。前に抱っこ帯で抱え、カートに二人載せてるぅ。頑張ってね。

といったように。(^^)

2014年12月26日金曜日

指折り数えて


いよいよ年の瀬。子どもの頃のように、指折り数えて新年を待つのと反対に、「あと何回しかない」と指を折っている。芝居の練習日が、年末2回、年があけて1回しかできないのだ。おまけに、全員が揃って練習することが難しい。まだ現役の勤め人が何人かいらっしゃるからだ。アナのあいているところは、私が台本片手にしゃべったり、1人2役やったりでの練習だ。ま、ほとんどの方は、もう完全に台詞は入っているのだが、ちょっと気が抜けると、台詞が出てこなかったりするので、プロンプター役もする。昨夜も皆の顔には、焦りがみえたのだが、もうやるしかない。

各地に、シニア劇団はあるのだが、有名劇団は別として、地方都市の劇団であっても、入場料を頂いての公演となると、素人芝居だからと言って観て頂く方たちに何も伝わらないのでは困る。

そうした自覚は団員が心しているので真剣だ。演出の先生も、同じことを何度も言ったりさせたりしながらの指導だけに、だれよりも大変。私のような、ど素人の書いた脚本も、腕たち演出のおかげで、何とかなってくれるのだから、ほんとにありがたい。

当日の私が、(プロンプター)何の出番もなく終われたら、最高だなあ……。

2014年12月23日火曜日

元気ですぅ


何日か書いていませんが、元気に動いています。

昨日は冬至。かぼちゃ、柚子湯、どちらも致しました。これからの1年間、達者で暮らせるようにとの、お呪いですが。(笑)

今年中に仕上げておかねばならないことは、ほとんど仕上げました。あとは、劇公演がうまくいくことを願いつつ、今から出かけます。

2014年12月20日土曜日

感謝の毎日だぁ



12月は心忙しい月である。毎年のことだが、何人かの年賀状を頼まれる。近くのケアハウスに入っているAさん。字を書くと震えるというBさん。その他3人。ま、頼まれるというより、お節介ということかな。(笑)
それだけではない。一月の行事に備えての仕事がある。文藝便りの新年号、花の会の新年会の準備と資料つくり。それに正月早々上演予定の劇の練習が、最終段階だ。今週も火木土日の4夜のお出掛けだ。明日の日曜なんかは、夕食付き練習だ。
でも、どれもけっこう楽しんでやっていることなので、苦にはならない。ということは、疲れていても腰が痛くても出来るのだ。
こうした仕事がないと、多分、寒さと、足腰を庇って一日中、暖房をかけて、居眠りしながらテレビでも見ていることになるだろう。

忙しくなると、何かは手抜きしなければ時間が足りない。日常生活の雑用というのが、けっこうあるのだ。手抜きをしないとホッとする間がない。それは何とか手を抜いている。炊事の時間を短縮するのもその一つだ。美味しそうなお弁当やおかずを買ってくる。ただし、一人での外食はしない。食事しながら、すきなテレビを見たり、録画を見るのは、大切な時間。

庭の草もほったらかしだ。昨日は鳴門までドライブがてら、友達の退院を祝って1時間程おしゃべりしてきた。

部屋の掃除もいい。掃除が好きなのだ。但し、室内のみ。いつも、掃除機と、つまようじを持ってする。掃除機では取れない板間の目につまっている小さなゴミをほじまくりながら、掃除機をかけている。これがまた気分すっきりでいい。(笑)

することがある、ということは、本当に有難いことだ。感謝である。

2014年12月17日水曜日

初雪


初雪がちらちらする寒い一日。まるで冬眠前の熊のように着ぶくれて、転んでも怪我などしそうにない。それでも暖房を点けているのだが、足元は冷えている。寒さも暑さも、乱気流のように、急に上下するのは、年寄りには堪える。

そんなわけで、ここ二日ほどは、背を曲げ、首を縮めていたせいか、腰の痛みと肩コリがひどい.それでも接骨院などには行かないのは、【老人医療費】が嵩んで、どうのこうのと言う声が聞こえるものだから、小さくなって暮らしているからだ。少々のことでは、行かないぞ!と。(笑)

こんな日は、銭湯に行くに限る。車で15分も走ると、大きな銭湯がある。400円で体の芯まで温まってきた。肩や腰をジェット流水で揉みほぐす湯船もあり、気持ちがいい。夕食時をめがけて行くと、いつも空いている。

ということで、今夜は早寝をしよう。明日はまた朝から多忙な一日が待って居る。

2014年12月15日月曜日

闘いすんで……


殆どの新聞、そして常識ある人たちは、自民党の圧勝を想像していただろう。予想どうりの結果で、益々自民党は、大きな顔をして、やりたいことをやっていくだろう。日本人は、なんだかんだと言いながら、まだまだ、選挙に関しては、発展途上国なのだ。

今の生活に不満のある人たちが、政治を変えようと積極的に投票所に足を運んだのか、そうとは思えない。徳島県は、半数以上の人達が、投票していないのだ。こんなことでは、いつまでたっても、世の中はよくはならないだろう。アベノミクスで富を得た人たち、裕福な人たち、創価学会に頼まれた人たち、自民党の町会議員さんに頼まれた人たち、そんな人たちばかりが、選挙するということであれば、もう強い野党など作れない。

何もかもが行き詰まり、にっちもさっちもいかなくなって始めて政治は変わるのだろうか。

民主党に変わった時も、そんなときだった。民主党としては、運が悪かった。大変な尻拭い、その上、大災害だ。自民党がやいのやいのと作った原発の後始末までさせられた。新人の民主党としては、海千山千の自民党にすぐさま政権を取って代わられた。

自民党は、二言目には、民主党の悪口を言いながら、自分等の宣伝をした。政権を取った今もよくやる。特に安倍さんはよくやる。大物はそんなことはしない。器の小さい者がよくやる。

これからしばらく、手垢のついた政治屋による政治が続くだろう。彼等の手で、積もり積もった問題は、解決出来ないだろう。自分の身を守ることを第一とするのだから。

日本丸沈没寸前になって、初めて本当の政治家の出番となるのかもしれない。安倍さんも、そうなればもう、病気に逃げ込むことも、解散も出来ないだろう。

ま、国民としては、安倍さんの言うとおり、好い国になってくれることが、一番嬉しいのだが……。

2014年12月11日木曜日

無理


私は、80代に入ったころから、【無理せず楽せず】ということを『座右の銘』とは言わないが生活信条としているのだが、【無理】ということが、どの程度のことなのか、ちょっと分かりにくくなってきた。

たしかに、若い時であっても、無理をすれば身体に堪えることは間違いない。しかし、「かなり無理かな」という程度のものを強いることは昔からよくあった。それは、自分を甘やかさないことにも通じるので、多少の無理はやってしまう、ということだ。

ところが、年を寄せてくると、ちょっとした無理をしたために、色々と後遺症が出てくるようになる。腰の痛みが治らない、肩が痛いなど等。昔なら、翌日は直っている、とか、23日すると、元にもどっていたものが、なかなか元には戻らないのだ。しかも有る程度までしか戻らない。そういうことが積み重なって、人間の身体は、老化していくのだろう。

そういうことを実感してくると、無理は禁物、ということは、キモに命じてはいるのだ。

「無理せんとってくださいよ」なんて、よく言われるのだが、最近は何事も「無理せなんだら何もできないわ」ということになってきた。(笑)

ま、身体からの声を聞きながら、少々の無理をしても、やっていくしかなさそうだ。どんなに年をとっても、やはり生きていく以上、何かの目標をもっていた方が楽しく生きられるので……。

 

2014年12月9日火曜日

大雪


徳島県が、このところ毎日全国ニュースで取り上げられている。大雪で、連絡が取れなかったり、孤立している部落があったり、凍死された方があったりしたので、ニュースの度に、放映されている。

大雪とは、あまりご縁の無かった徳島県なので、そうした災害には、戸惑うことも多かろう。5日たっても、未だ停電のところがあるらしいので、寒さとの闘いも大変だ。早く皆さんが普通に生活に戻れることを願うばかりである。

我が家も、万一停電となると、寒さ対策が何一つない。せめて一台くらいは、電源不要の暖房器具の用意をしておくのがいいと思いつつ、未だ購入していない。

昔、練炭火鉢というのがあった。朝、練炭に火をつけて火鉢に入れると、ほとんど一日中、一つの練炭でことが足りた。手を温めたり、お湯を沸かしたり、お餅を焼いたりと、利用範囲もひろかった。でも、気をつけないと、締め切った部屋では、ガス中毒で、命を落とすこともあった。

今はもう、町では練炭も、練炭火鉢も売っている店はないだろう。ひょっとして、山間の小さな雑貨屋などには、まだあるかもしれない。練炭火鉢を買うつもりはないが、そんな懐かしいお店をのぞいてみたい思いがふっとしてきた。

 

2014年12月7日日曜日

自公圧勝?


どの新聞も、まるで調子を合わせて自民公明の圧勝かと、書いている。むろん、世論調査の結果だろうが、これを見て思う。権力を握っている安倍首相の仕掛けた解散総選挙に、完全に準備も覚悟もないままに受けて立つしかなかった野党の負けということだろう。ま、初めから安倍さんは、それなりに調べつくして、勝てる見込みがあっての解散なので、もう、初めからの勝負はついていたのだろう。

毎日繰り返される各党の言い分を聞いている国民の多くは、経済の小才のよくわからない善良な人たちだ。「これからが三本の矢の効果が出てくるのだ」と言われれば、それを信じる。

でも、ひねくれ者の私には、いくら自・公がいいことを並べても、根本的な改革をしないかぎりは、そのうちに大変なことになると思わざるを得ない。これから1年半や2年で、給料が増え、貧富の差が縮まり、中間層が増えるなどとは思えないのだ。涙金を振舞われても、生活が楽になるはずがない。自公も自公に投票する国民も、甘い考えとしか言いようがない。

ともあれ、一人でも多くの野党議員の当選を願うしかない。

2014年12月5日金曜日

寒波


昨日、今日と、全国的に寒くて、南国徳島も、西部では雪のため列車が立ち往生ということもあったようだ。夜は更に冷えるというから、年寄りには堪える一日となりそうだ。

とはいうものの、60年も前には、洗濯ものが、カチンと凍ることもあったのだから、それを思うと温暖な12月といえるだろう。

その当時は、エアコンもなく、炭火の火鉢か炬燵での暖房だったので、家の中でもけっこう寒さで震えることが多かった。

その点、北海道の冬は、家の中では寒さ知らずだった。石炭や薪ストーブが真っ赤に燃えていた。今は、ほとんどが石油ストーブになっているが、部屋の中のストーブは、煙突もつけて、どんどん燃やしている。灯油代も半端じゃない。ストーブも、年中部屋に設置していて、7月になっても朝晩冷えると、ストーブを焚く。寒さには、けっこう弱いのだ。

私も道産子なので、寒さには弱い。冷えることには敏感で、冷え対策は怠りなしだ。冷え性が少しばかり良くなったと思っていたのだが、やはり本番の冬になっくると、手足が冷たくなってくる。まだまだ、ふくらはぎマッサージや卵では、体質改善まではいっていないようだ。(笑)

2014年12月2日火曜日

師走


ついこの間年賀状を描いたりいただいたりしたのに、はや、来年の賀状の心配をする頃になってしまった。一年がすっ飛んで行く。

昔は12月というと、気忙しいが「ボーナスが頂ける」という、楽しみの月だったが、そんな楽しみはないので、特に12月だからといって、変わったこともない。とはいうものの、気忙しい月には変わりはない。今回は衆議院選挙があったりするので、気分までも優れない。ま、言いたいことはあるが、何とか乗り切らねばならないので、頑張ろう。




2014年11月27日木曜日

短文ですが


今日は、朝から晩まで、あれこれと忙しく立ち働いていました。明日も午前、午後と、用事がつまっています。

なるべくブログは書きたいと思っていますが、夜がくると、身体も頭も「休みたいよぅ」と。(笑)
もうトシなので、しかたないと思います。しぱらくは、ブログもいいかげんとなりますが、病気ではありませんので、ご心配なく。(^^)

2014年11月25日火曜日

大義なき選挙


日本の各地で、もうすでに大義なき選挙戦ははじまっている。

……なんて、古女が言ったところでどうしようもないのだが、毎日TVで自民党の弁明やら、野党の攻撃を聴いていると、「ああ、こんなことを国民に言うために、大金使って政治家のセンセたちは、政治ほったらかしにして、生き残りのために走り回っていのかと思うと、何だか投票に行くのがしんどいとさえ思うようになった。この選挙が、安倍政権への大いなる反省と、野党の勝利への道筋が開ける、というのなら救いはある。しかし、それものぞめそうにない。自民党支持者が多すぎる。
ま、こんなこと言っても、私は必ず投票には行くのだが、冷たい目で見ている国民の何割かは、あほらしくて投票に行けんわと、棄権するだろう。最低の投票率になるやもしれない。

日本がこんなお祭り騒ぎをしていても、世界の国々では、日本そっちのけで、色々なことが相談されたり、協議されたりしているのだから困ったものだ。

安倍さんも、目まぐるしい外国訪問やらをして帰るなりの解散でお疲れ様と言いたいが、私のような政治のことをよく知らない婆さんでも、「安倍さんが、世界中の国々を訪問して、日本のために有難い外交をしてくれた」とは思えない。なんとなく、【底の浅い外交・人気取り外交】という感じである。私の思うことが間違っていればいいのだが……。

 

2014年11月23日日曜日

置き薬


昨夜は、なかなか寝付けず、ごそごそしていたためか、今朝は、クシャミが出るし、鼻水は出るし、頭が痛かった。何だか風邪をひいているような感じだったので、6時に目が覚めたのだが、8時まで床の中でもごもごしていた。

何をする気にもならず、TVの日曜討論などをみていたのだが、ますます何のための解散劇なのか、という怒りがこみあがってきて、いよいよ気分が悪くなった。

少々風邪気味でも、薬など飲まないのだが、飲んでみようか、と思った。それは、置き薬の箱が3つも戸棚に入っているのに、半年ごとに調べにきて、その度に「すみません。何も使ってないんですが……」と、まるで悪いことでもしたような気分になって、謝るのがイヤになったのだ。昨日も謝ったばかりだ。

最初から、薬は飲まないので、置き薬はいらないと言っても、『どうか置くだけで結構ですから、置かせてください。頼みます』と、大の大人に頭をさげられて、(ああ、この方もノルマがあるんだろうなあ。置くだけならいいか)と、しぶしぶ置いてある薬箱なのだが、毎回何も使っていないというのは、相手に悪い気分になるのだ。というのも、薬箱を置いて行った方と、薬を入れ替えにくる方が、同じでないので、具合がわるい。いちいち、無理に置いて行ったなんて言えないのだ。せいぜい「薬はそのままで、入れ替えなくてけっこうです。もったいないですから」と言うくらいだ。

ということで、久しぶりに風邪薬を飲むことにした。3つもあると、どれにしようかと迷う。

Aの箱は、2年前、勧められて栄養剤とかいうのを50本特別に買ったなあ、あの栄養剤は、だれかのお見舞いに差し上げたなあ。Cの箱は、まだ歴史が浅い。今年の春からや。……ということで、Bの箱の風邪薬を取りだした。

取り出しただけで、まだ飲んではいない。食後に飲もうと思っていたのだが、忘れていた。風邪気味だつたのは、朝の間だけだったようだ。

2014年11月21日金曜日

高倉健さんの死


高倉健さんが亡くなられていました。全国には多くのフアンがおられますが、私もその中の一人です。

映画『黄色いハンカチ』頃から、ずっと高倉健さんのフアンでした。有名な映画のほとんどは、CDにおさめてあります。いつか、ゆっくりと見直してみたいと思っています。彼は、随筆集もだしており、それも読みました。心の優しいお方だということが、文章のすだれごしに、ふつふつと胸に届く本でした。ちょっとした頂き物の小物を気にいられて、いつも身につけていらして、それが何かのはずみで落としてしまわれた時など、もし、送り主が知ったなら、どんな思いになるか、涙がでてきたのを思い出します。
人を想う心を大切に生きてこられた高倉健さんの生きざまは、作品の中の主人公にもつながっていて、観る度聞く度に「いい男」だなあ……の思いは、私の中ではいつまでも続いていくことと思います。健さん、どうか安らかにお休みください……。合掌

 

2014年11月19日水曜日

解散その2


昨日は、複雑な思いの一日だった。私の尊敬している政治家仙谷由人氏が、政界引退ということが、新聞に載ったのだ。

45日前、仙谷由人氏を応援している『花の会』のお世話人の一人として夕方からの後援会連合三役会の通知を頂いていたものだから、てっきり、今回の衆議院議員選挙第1区からの出馬決定のお話があるものと思っていたところ、新聞で仙谷由人氏、政界引退の記事だ。若い者に譲った形になったのだが、それはそれで、仙谷氏の男気というか、偉いところだが、何といっても日本には、いや、今は、アジアのこんな時だからこそ、名の通ったそして筋の通った論客でもある仙谷氏が民主党にとってはなくてはならぬ方なのだ。発展途上国にとっても、必要な方だけに、残念無念の気持ちでいっぱいだ。

この、わけのわからぬ解散劇でふりまわされている野党の中にあっては、10人分も20人分もの働きをする方というのは、過去の実績で分かるだけに、複雑な気持ちなのだ。

しかし、ご本人の口から、「政界引退」ということばは出ていない。今回は、若者に譲ったということと理解している。そして、バッジを付けていなくても日本の国のためにしなければならない仕事はある、と仰っている。力強い。だから、私たちも「花の会を解散」するわけではない。今まで通り新年会&お誕生会は、予定通り行うことにしている。 何人かに、心配しているという電話などいただいたので、そういうことになっていることをお知らせしたい。

2014年11月17日月曜日

解散?


「殿、いかが致しましたか?」腰巾着でなくても、殿を戒めたい解散劇の噂。1年で一番忙しい師走に、大金を使っての衆議院解散をするっもりらしい。安倍総理の鶴の一声に、国民は首をかしげてしまうだろう。

さては?と私めは思ってしまう。彼が以前首相だったときの『難病引退』を。今回も、いよいよ情勢が思わしくないため、逃げ出すんかいなあ……と。

大体、安倍さんの言っているように、日本の経済がうまくいくはずがないのは、我々庶民の浅知恵でも見当がつくというものだ。大企業は儲かっていても、格差は大きくなるし、多くの人達が、月給が上がらない、不安定な雇用者が大勢いて、結婚も出来ない、というような政治では、GDPのマイナスは当然のことである。日銀が札束をいくらばらまいたって、庶民の懐には、何の役にも立ちはしない。

日本人というのは、バカではない。本当に皆が歯を食いしばって国難を乗り切らなければならないときは、8%の消費税が10%になっても、助け合って頑張らねばと思うだろう。低収入で困っている人たちへの心使いをほっといて、何だかんだと言っても、それは、本当に国民の幸せを願っている政治とは言えないだろう。

こうした安倍政権の独走を食い止めるだけの力が野党にはないのが残念だ。

今回の選挙の目的が、安倍さんの言う消費税を1年半延期することへの問いかけだとするなら、そんな必要など、さらさらない。GDPが2年連続マイナスなので、増税を延期しますと言ったら、国民は納得するだろう。いったい、何のための突然の解散か分からない。
やはり、逃げ出すつもりかなあ……。それとも、今のうちなら、自民圧勝と思ってのことかいなあ……。ともあれ、強い野党、モノ言える議員をおくりださねば、この国は、破滅するかもしれないなあ……。

2014年11月15日土曜日

幸せ


私が日常思っていることに「心がけ次第で、幸せは、足元に一杯転がっている」ということです。暮らしの中で、ちょっとした楽しみがあったりしますと、とても幸せと思うことができます。有難いと感謝します。

半月ほど前、mimiさんが、歌集を出版されました。そのご本を頂いて、とても嬉しく思いました。中味の立派なことは無論ですが、mimiさんが入院されたり、身体のあちこが痛かったりする中で、こうしたご本が出来あがったことが、とても嬉しかったのです。そしてmimiさんが幸せな気分で毎日を送られていると思うと、私もまたそのお裾分けを頂いて、幸せな気分になりました。

つい先日、4人ほどが集まって、小さな祝賀会となりました。これがまた、すばらしく幸せ気分になりました。久しぶりの4人の顔合わせが、とても嬉しかったので、幸せ気分は増幅されました。

自分のことであれ、人様のことであれ、楽しいこと、嬉しいことは、幸せなことです。私の幸せ袋は、幸せがたくさん詰め込まれました。有難いことです。

年を重ねて、重たい老害を背負い込んでいても、幸せ袋をいつも満杯にしていくことで、荷は軽くなります。気持ちが前を向きます。生きていることがとても有難くなります。これは、体調不良の時などの、何よりのいいお薬になると思っています。


追伸 私の気ままに書くブログは、矛盾だらけと思います。【昨日の敵は今日の友】で、ころころと、思うことが変わるのですが、いずれも、その時の思いであり、心がけでもあるので、そのおつもりで読よみ流しください。m(_ _)m

2014年11月14日金曜日

溜息


本箱の整理をしかけては、溜息をついている。

読書家ではない私だが、図書館をあまり利用しないので、読みたい本は、殆ど買いこむことになる。読みながらラインやらを引いたりすることがあるので、自分の本でなければ、そうしたことは出来ないからだ。
20年ほどまえ、作り付けの本棚をこしらえた。奥行きを深くし、二重に入れてある。奥には、歴史、日本文学、詩歌、などの全集物と、あまり再読はしないと思うものを入れたのだが、どんな本をいれてあるのか、もうさっぱりわからない。その上、本箱に入りきらない本があちこちに積みあげてあるものだから、この際、整理をしようと、先だって思いたった。

古本を集めてくれるのが金曜日なので、木曜日の夜始めると間もなく、手にとった古い本を読みふけってしまうものだから、そこらあたり、本を散らかすばかりで、廃棄処分にする本がなかなか出てこない。
夕べも始めたのだが、3時間もかけて、やっと10冊あまり、紐で結わえただけだった。こんな調子では、中々目的が達成できないと、溜息をついている。

本に比べると、衣類の整理は、まだ簡単だ。「これはいらない」「これはまだ惜しい」と、その場で判断が出来る。といっても、なかなか捨てられないのが現実なのだが……。

自分のトシを考えると、荷物を減らさねば、困るということが分かっているだけに、【挫折しない整理の極意】だの、【上手な整理のしかた】だの、しょうもない本を買ったりしたのだが、何の役にも立たない。(笑)

ある方は、「風呂敷包み1つで死にたい」と書いていたが、それくらいの心がけで、かからないと、溜息ばかりでは、どうにもならない。何とか頑張りたい。

 

2014年11月11日火曜日

喪中葉書


早くも喪中のお知らせ葉書が届きはじめました。今日は、札幌の恩師A先生の奥様が満百歳になられていたのですが、七月に永眠されていたことを、息子様より知らされました。

先生が亡くなられて、もう20年近くになります。北海道の友人が、新聞に出ていると教えてくださったのです。電話で弔電をお願いしたのですが、電話口で途中から言葉がつまってしまいました。電話口の女の方が、とても優しい方で、私が「ごめんなさい」と謝りますと、「いいですよ。お気持ちわかります。ゆっくり心が落ちついたら続けてください」とおっしゃってくださり、ありがたかったのを思い出しました。

A先生は、私が小学校12年生のときの担任の先生でした。生徒を分け隔てなく大事にしてくださったことが忘れられません。お忙しい毎日だったでしょうに、休み時間は、いつも生徒達と遊んで下さいました。
私は教師となりましたが、A先生のような教師になりたいと思ったものです。なれませんでしたが……。

退職して、2度ほど先生にお会いする機会があり、泊めていただいたこともあります。お優しい奥様には、大変ご迷惑も掛けました。心からご冥福をお祈りいたしたいと思います。

 

2014年11月9日日曜日

障害と障碍


最近、障害者ということばを、障碍者、障がい者と書くことが多くなっている。【害】という字が、よくないらしい。ただ、障害も障碍も、意味は同じである。何かの妨げになると言う意味の『しょうがい』だが、障害者の立場に立って文字を変えたり、コトバを変えたりするのは、今までに何度かあった。「盲学校」「聾学校」などは、養護学校となり、更に今は「特別支援学校」と、改善されている。

このように、呼び名が変わってきたのだが、果たしてその結果はどうなのだろうか。

根本的に、特別だの支援だの言ったところで、そうした方たちへの差別意識が同じであれば、何の役にもたっていないのだ。同じ人間同士であるはずが、知恵が遅れているとか、耳が聞こえないからといって、心の中で差別したりするのであれば、何のための改名かわからない。

差別は、口に出したらいけないのではない。気持ちの中の差別がいけないことなのだ。

私の子供時代のことになるが、目の不自由な方で、とても立派な方が近くに住んでいらした。鍼灸マッサージをなさりながら、家に盲・聾の幼い子供を10人程も預かって、寝食をともにしながら、塾をされていた。正規の盲聾学校がまだ無かった時代である。貧しい家の子も受け入れながら、盲人のご主人は、子供達に点字を教え、それなりの勉強も教え、奥様は、聾の子供に手真似口真似で、読み書きを教えておられた。そして、盲亜学校の設立のため、力を入れられていた。

私の家族などは、「あのめくら先生と奥さんほどの立派なお人はここらにはいないと、とても尊敬していた。ことばは今は使えないめくらであっても、決して差別語ではなかった。

こうした心の中の問題についての教育は、家庭や学校で、どのように指導されているのだろう。ちょっと気になったので書いてみた。

2014年11月7日金曜日

子供の声が……


いよいよ寒さが本格的になってきました。気温も低いのですが、殺伐とした世の中にも気が滅入ります。この少子化という大きな問題を抱えて悩んでいる人たちが大勢いるというのに、子供たちの遊ぶ声がウルサイと言うおとな?が増えていると言うのです。殆どの人達が元気な子供達の増えることを望んでいるというのに、どうしてほころびて火を吹くのでしょう。

保育所の建設に反対、外で遊んでいる子供たちの声が煩いと文句を言われるので、保育所が建てられない、外で遊ばすことを制限しなければならない、というようなことが、よくあるらしいというのですから驚きました。

こうしたことは、都会だけのことかと思いましたが、そうではないようです。田舎であっても、小中学校の近所の家から、色々と文句を言われている学校も多いらしく、ちょっと私らの世代のものたちには、考えられないことです。

風の強い日など、運動場で体育などしていると、砂埃が家にはいってきて困ると苦情がくる、などなど、どう考えても、学校側が悪いとは考えられません。

近頃の子供達は、ただでさえ外で遊ぶ機会が少なく、それが大きな問題とされているというのに、幼い保育所や幼稚園児が、外でキャッキャッと騒いで遊べないなんて、気の毒でなりません。
【産めよ増やせよ】と、国が掛け声をかけていた戦時中には、こんな話は聞いたこともありません。戦後しかも、ここ何十年かの最近になって、言い出したことのようです。

子供の数は、ぐっと減って、以前は1学年5クラスもあったものが、1クラスというような減少ぶりですから、騒音だって、昔に比べたら、ぐっと少なくなっているのです。何とか我慢が出来ないのでしょうか。戸や窓を閉めるなり、耳栓をするなり工夫してでも、子供達のために、我慢していただけないものかと、思いました。無理なことなのかなあ……。

2014年11月5日水曜日

国の行く末


アメリカの中間選挙で、オバマさんの顔色も冴えないようだ。日本にも、何らかの影響があるやもしれない。何しろアメリカさんの言うままのようなお国である。

古女が国の行く末を心配しても、どうにもならないことであるのだが、国の行く末によっては、私らの生活が、大変なことになるのではないか、という心配はある。戦後の経済の混乱を体験しているからだ。

これからは、年金は下がっていくらしいし、デフレ脱却ということは、悪くすればインフレになるやもしれない、ということだし、ある経済学者の言うように、日本はアメリカの経済が破たんする前にアメリカに潰される、ということにでもなれば、年金どころか、わずかな預金も紙屑になりかねない……なんて思うのだ。イヤでもあの戦後を思い出してしまうのだ。

おぼろげにしか憶えていないのだが、預金封鎖と言うことで、お金はいくらあっても勝手に下ろすことは出来なかった。また、新円切り替えということになったが、インフレの嵐である。昔の一万円は、家が買えたというのに、靴が二足しか買えないようなことになってしまった。給料は、それに追いつかないものだから、ひと月働いても、革靴1足が買えないのだ。現物を生産する農家はそれなりの収入がある。そんなわけで、教員では食べていけないので、教員を辞めて農家に嫁入りした方もいた。

まあ、何事も楽観主義の極楽トンボの私なので、まさか、そんなひどいことになるはずがない、と、最後はそう思い直してしまうのが常なのだが……。

2014年11月3日月曜日

文化の日


【文化】とは一口で言うと何ぞや?と、道行く人に聞いたなら、まちまちの答えが返ってくるでしょう。というよりは、何もかもが文化なのでしょう。芸術はもちろん、農業だって、生活だって、教養だって、色々なものが文化という名で表現されているわけで、ただ何となく、生きていることだつて、勲章は頂けませんが、文化的発展に、つくしています。

年とともに寄る皺波、鏡を見なくても、顔をひと撫ぜすれば、皺もタルミも判ります。何十年も生きてきた証です。手を拡げてみますと、節くれだって曲がった指が、働いてきた証を誇らしげに語っています。人生体験が、豊富になればなるほど、身体全体が証明してきます。それこそが文化勲章なんでしょうね。

美容整形という医学も発達してきました。皺やタルミも、お金さえだせば、取り去ってくれるそうですが、勲章をわざわざ取り去るこみともないでしょう。ま、本物の勲章頂けるような方なら、取り去ってもいいでしょうが。(笑)

文化の日、ということで、思い付くままの駄文を書きました。

 

2014年10月31日金曜日

冷え性


朝晩、冷える季節になってきた。もう20年も前だろうか。身体の冷えは、万病のもと、ということを書いた本を、何冊か買い込んで読んだことがある。TVでも何度か冷え性についてのことを観た。

冷えの原因というのは、熱を運ぶ血液の流れが悪い、いわゆる血行不良が主な原因なのだ。そして代謝不良ということらしい。

事実私は、血行不良で、手足が冷えたり、肩凝りがひどかったりで、持病のようなものなのだ。

私のように、元来冷え症の者は、温度変化に弱く、一度冷えると、戻りにくい。とくに手足の冷えは、ひどく、よく「冷たい手やなあ」と言われてきた。

10年近くも前になるが、あるお手伝いで、夏場の2週間ほど、ガンガン冷やしている炊事室で過ごしたことがあるが、終わり頃になり、血尿が出て驚いたことがある。膀胱がんの末期かと思ってお医者に診てもらったほどだが、原因不明のまま直った。あとで思ったのは、多分冷えのためだったのだと。

それからは、冷え対策には、かなり気を使ってきた。夏でも寝る時も、靴下を穿いて寝るし、寝巻は上着もズボンも、手首、足首までのものを着けている。朝晩の温度がさがってくる秋口からは、首を冷やさないために、首巻きをしている。首は、本によると、温度に一番敏感なところらしい。首を温めると、手足もポカポカしてくるという。それでも、手足が冷たくなっていることは、よくあった。

しかし、最近は、手足の冷えを、あまり感じなくなっている。
理由を考えてみた。それは、ふくらはぎのマッサージ(以前、ここに書いた)と、卵(蛋白質)のおかげと思うのだ。卵の蛋白質は、身体の代謝をアップさせることで、熱を作りやすくすることと、ふくらはぎを15分ほど毎日マッサージすることによって、血行がよくなり、手足が暖かくなってくる。特に、足の内側(親指の面)のくるぶしから上へのマッサージは、冷えのツボもあって、冷え性に効く。

とにかく、ふくらはぎのマッサージで、私の妹は、和式トイレが使えなかったのが、使えるようになっているので、色々の効果はあると思う。

続けるということは、肝心なことであるが、私は、必ず効くと思いながらしているのが、いいのかもしれない。(^^

今日で10月も終わる。いよいよ冬に向かう。身体を冷やさぬよう、とくに下半身を暖かくして、身体を動かし、食べ物に気を付けながら冬をお迎えしようと思っている。

2014年10月29日水曜日

寝不足


月、火曜と我が家で会をしたり、来客があったり、昨夜は、シニア塾に出かけたりと動きまわっていたため、少し草臥れたか、頭がぼーっとしている。いつものことだと脳みそが言いそうだが、いつもと違うのは、このトシになると、疲れ過ぎると、寝付きが悪くなって、睡眠不足になるから困る。毎日5時間の睡眠は取りたいと思っているのだが、いつ寝ついても、5時すぎには、目が覚めるので、睡眠不足と言うことになる。昼寝が出来るといいのだが、暇があっても出来ないのだ。そのくせ、眠たいような眠たくなりそうな、ヘンな頭の状態だ。(笑)

ということで、今から、外に出て、太陽の光の下で、ぶらりと歩いてみよう。ちょっぴりと肌寒いような、いい気もちの中で、山や雲を眺めるのは、言い気分だろうから……。

 

2014年10月26日日曜日

誕生日


今日から、84歳になった。正直言ってこのトシになると、誕生日といっても何の感激も感傷も沸いてはこない。月日は、いつでも流れ去るものだと心しているので、淡々としたものだ。(笑)いや、常時残り人生の予想を考えながら、欲張ってあれこれしているものだから、(かな)しみや感傷などは、どこかに置き忘れているのかもしれない。

以前、【人生遍路道】という文章をこのブログに乗せた記憶がある。四国遍路ということばが、いつも身近にあるところに住んでいるためか、人生双六ではないが、四国八十八番札所までは辿りつきたい、という願いがあること。88歳までは、生きていたいと言う思いで、書いた。そういう想定にしてると、今日は、香川県の八十四番札所にたどりついた日だ。鳴門市の一番札所、霊山寺を出発して、高知、愛媛を過ぎ、最終県の香川に入ってもう残り四寺しか残っていない。(笑)
振り返ると、山あり谷ありの遍路道だったが、大きな災難もなく、人並の人生を歩んでこられたことにただただ感謝しているし、お目出度いことでもある。

私の親は、父が86歳、母が83歳で他界しているので、八十八歳までというのは、甘い想定かもしれないが、まあいいとしておこう。いや、ちょっと欲張って、90の大台に乗る?ことも、あるやもしれぬ、と、極楽トンボは思うのだ。平均寿命も延びていることだし……。
とすれば、これからの人生こそが、胸突き八丁坂だろうという思いである。それなりの覚悟がなければ、などと、朝5時に目覚めて以来、何となく、背すじを延ばし、今日の予定である親戚の法事に出てお参りしてきた。
まだ、これからも、予定がある。郷のお祭りの行事が台風のため、延期されて、今夜は、近くのお宮で、カラオケ大会がある。もう、はじまっているらしく、音楽が流れている。【祭り】に関すること、何か、郷の発行しているお便り?に書いてくれと、先日役員さんに頼まれた。これから、ちょっと様子をうかがいに出かける。最後に籤があるので、大もの、引き当ててこようかな?(笑)



2014年10月23日木曜日

林檎の悲しみ


札幌に住む親友Mちゃんから、美味しい林檎が送られてきた。【早生ふじ】という大きな林檎で、真っ赤ないい色つや。ちょっと硬めで、ちょっと酸っぱくて、とても林檎らしい懐かしい味である。さっそくお礼の電話をする。

暫く話して「じゃあまたね」と言うと「私ね、古女ちゃんに隠しごとしたるんだよ」と言う。一瞬ビクリとした。何か悪い病気にでも……と思った。「主人がね、3か月ほど前に、急に倒れて亡くなったんだよ」と言うなりMちゃんは大声で泣きだした。「えーっ、ウソだろう?」とさけぶなり、私もMちゃんといっしょに泣きだした。夫婦仲が良くて、ひとの羨む幸せな生活をおくっていたのだ。Mちゃんが、とてもとても優しくて、いい奥様だったし、旦那様がまたとっても優しくて、ほんとに似合いのご夫婦だったのだ。Mちゃんの悲しみは、手にとるように分かるだけに、泣けてくるのだ。「古女ちゃんに、だまっているのがとても辛かったけど、言ったら古女ちゃんを悲しませると思ってね。でも、言って気持ちが落ち着いたわ」と。

どこまでもやさしいMちゃんなのか。今も思い出しては泣いているMちゃんだが、泣きたい時は、泣いたのがいいんだよと言いながら、私も電話を切ってからも何度となく涙を拭いた。

いつかはどちらかが、独りになる悲しみを味わうことになるのだが、あっという間に亡くなるというのは、本人は楽にあの世に逝くことができるけれど、あとに残るものにとっては、たまらない。せめて悔いのない看病をしてあげたかったと思うのだ。

ピンピンコロリという逝き方は、周りの者には、つらいことだ。長生きして、ちょっとばかり、迷惑かけてから、逝くのがいいのかもしれない。

しばらくは、林檎を頂く度に、Mちゃんの悲しみを思うだろう。

2014年10月21日火曜日

身体検査


安倍内閣の一つの目玉が、女性大臣だつたが、バタバタとおふたりが辞任しなければならなくなった。安倍さんも、大臣に据える以上、しっかりと身体検査をせねばならないと、厳しく叱られている。

外野から見ていると、そうそう簡単には身体検査も出来ないだろうなあと思うのだ。本人が知らない間にそういうことになっていることがよくあるらしい。私達から考えると、大きなお金があちこちと動くのだから、知らないなんて、とんでもないと思うのだが、小渕さんのような世襲議員の場合は、もう常識であって、昔から、そういうことになっていたのだろう。たまたま、二世、三世がお偉くなって、外野からとやかく言われるので問題になるのであって、大臣ではない議員の中には、こうしたことをしてきた議員はたくさんいなさるに違いない。

政治家という素質が、遺伝されていて、二世三世が、親より優れた政治家になるのであれば、世襲はどんどんやるべきかもしれないが、何と言っても、お金持ちのお坊ちゃま、お嬢様の多い世襲議員であるから、庶民の生活状況などは、とても感覚的には捉えられないのではなかろうかと思うのだがどうだろうか。

世襲議員が増えていくと、ロクなことはない、と思うのは、私だけではない。皆さん、そう思っているに違いない。

余談になるが、我々の【身体検査】というのは、小学校から毎年おこなわれてきた行事だった。

小学生の時は、みんなすっぽんぽん。パンツひとつで、身体検査をうけていた。女学校に入学して、「明日は、身体検査です。浴衣をもってきなさい」と、言われて驚いた。「へえーっ。浴衣なんか着て受けるのか」と。まだおぼこかったのだ。(笑)

その後、今から思うと、考えられないような身体検査を受けたことがある。戦後、不便だつた吉野川の北地の生徒のためにの新しく出来た女学校に転校したときのことだ。各学年1学級という小さな女学校で、先生もすくなかったのだが、男性の体育のおっちゃんの先生が、女先生を押しのけて?胸囲を計ったのだ。今なら、セクハラもいいところだろう。生徒は、ブツブツ文句をいいながらも、その命に従った。先生曰く。「これは、ダテにしているのではない。胸を見れば、妊娠している子があれば、一目瞭然に解るんじゃ」と。戦後のどさくさとはいえ、とんでもない教師がいたものだ。今なら考えられない話である。(笑)

 

 

2014年10月19日日曜日

生きる


T君は、私の最終の勤務先だった筋ジストロフィーの子供たちの養護学校の卒業生です。私の勤めていたときは、高等部の生徒でした。直接教えていたわけではありませんが、毎日、顔をあわせていましたし、車椅子を押したり、話をしたりして、私の心のうちでは、けっこう親しみのある生徒でした。

今は、人工呼吸器を付けて生活しているT君のところへ、同僚だった仲良しのK先生と、昨日陣中見舞いに行ってきました。もう、それが毎年の行事となり、お互いの楽しみにもなっています。

Tくんは、20歳のとき、病院の美人看護師さんと恋愛結婚をして、高松のアパートで、生活しています。現在40歳になられました。

24時間、誰かが、そばにいなければなりませんので、ヘルパーさんや、ボランティアの方たちの手助けをうけながらの生活です。
筋ジスには、いろいろあって、タイプによっては、病気の進行が遅く、長生きなさっている方は、多いのですが、そうではないタイプのTさんは、不思議と言ってはなんですが、医者が驚くほどの活き活き生活なのです。

Tさんだけではなく、もうひとり、YくんもT君同様、仙台で結婚し、呼吸器をつけながらも、画家として活躍をしています。

このお二人は、それぞれに生きる目標をもっていて、僅かに動く指先を使い、絵を描いたり、デザインしたり、作曲したり、作詞したりしているのです。

考えてみますと、お二人とも、【生きる】ということに、とても積極的で、前向きです。卒業後の暮らしをどこにするか、ということについても、Yくんは、自分で研究して、福祉の街といわれている仙台に、単身車椅子で乗り込みました。結婚にも、ふたりは、積極的に突き進みました。卒業後も、学ぶことには、とても熱心でした。

そうした前向きのすばらしい情熱は、彼等の病魔との闘いにも、大きく影響していると思うのです。

仙台には、遠くてなかなか行くことはできませんが、出来るだけの応援をしたいと思っています。

昨日の高松行きも、「頑張ってね」と言うよりは、「私もあなたたちの生きる力のお裾わけをしていただいて、元気貰いました。有難う」の気持ちで岐路に着きました。

2014年10月16日木曜日

食事の在り方


最近、いやもうずっと以前から、食のあり方が、長寿と関係があるとか、ないとか、よく言われています。以前、『長寿の食卓』という冊子が出ました。執筆者は一応社会的に名の通った、長寿者またはそれに近い方たちで、食生活・健康法・人生観などを披露しています。「えっ?この人がこんなに手まめに食事に気をつけているの?」と驚いたり、またその反対だったり、楽しく読んだのですが、結論から言いますと、長寿とか、健康法といったものは、人それぞれであって、正解があるようでないということでした。

あるお医者さんは、ほとんど食事には気を使わないし、メタボや栄養なんてことも当てには出来ない、とおっしゃっています。

そうかと思うと、自信をもって「手作りスープを毎日欠かさないので健康です」という方もおられます。ご本人は、そのおかげで長寿と思われているので、それはそれで安心できたり納得したりということなのでしょう。それがまた、いい結果と結びつくのかもしれません。

寿命というのは、体質や遺伝、運命といったことも大きくかかわっていると思われますので、食事だけで、どうこう言うのも難しいようにも思います。

一般的には、野菜たっぷりの『日本食』を主にして、無理せずに、過度の疲労とか、暴飲暴食・喫煙などは避ける、ということが常識のようです。ま、当り前といえば当たり前のことで、特別に書くほどのことではありませんが、ただ、当り前のことが守られているとは限らないのが我々凡人です。

私たちは遺伝も体質も、簡単に変えることが出来ませんし、元気で長生きしたいという願いは、万人共通の思いなので、身体の発する声に耳を傾けながら、身体に良いと言われていることはしながら、好くないことは、なるべく避けるのが賢い生き方ということになりますね。

こんな内容は、何度も書いたなあ、なんて思いながら、書いています。(笑)

 

2014年10月14日火曜日

衣装の入れ替え

この辺りは、台風19号の被害も少なく、ほっとしていますが、大変な目にあわれた方たちも多かったことと思います。一日も早く、復旧して頂きたいものです。

今日は、台風の名残りのように、かなり強い風が吹いていて、気温もあがらず、ちょっとばかり寒いので、今日明日中にでも、箪笥の中の衣類の入れ替えをせねばと思っています。整理の上手な方は、【3年袖を通していないものは捨てなさい】とおっしゃるのですが、なかなかそうはいきません。すでにかなりの整理をしたつもりなのですが、これから先も着ることのなさそうなものが、まだ残っています。思い切りというのも性格の一つでしょうが、モノの無かった時代を経験している者にとっては、まだ着れるものを捨てるのは【もったいない】と思うのです。そうかといって、売りにいくほどのものではありません。()

友人のTさんは、私と違って、高級品を身につけている方なので、それこそ捨てるのはもったいないと思って、大きなビニール袋二つに、洋服を詰め込んで、【古着高く買います】と看板の出ている店に持って行ったところ、長い時間待たされて、300円にも足りないお金で買い取ってくれたと、ぼやいていました。なるべく安く買って高く売るのが商売でしょうから、見たわけではありませんが、きっと、かなりの値札を付けてぶらさがっていることでしょう。
私の古着など持って行くと、廃棄賃を取られそうです。

ま、どこまで捨てられるか、やってみます。

2014年10月12日日曜日

台風19号


またまた台風だ。大型台風19号が、まともにぶつかってきそうな気配に、気が気でない。

18号台風になぶられて、色変わりしてカサカサと音をたてている辛夷の葉は、どう見ても19号に耐えられそうにない。それどころか、根元の腐りかけた幹もろ共地面に倒れてしまうやも知れない。地面に倒れてくれたなら、まだ救いはある。窓にでも倒れかかってきたらどうしよう……と心配だ。窓は出窓で雨戸がない。もう、取り急ぎ、枝を全部切り払って、少しでも上部を軽くしておかねばと思って、急遽枝をすべて切り払ってもらった。何とか倒れずにすむだろう。

この辛夷は、元は大木だった。西日がまともに当たるような出窓は、いつも辛夷の葉で覆われて、夏の暑さを和らげてくれていた。幹が二本くっついる大木だったが、3年ほど前の台風で太い方が庭に倒れてしまった。それからの夏は、光の傾斜によってはまともにギラギラの光が差し込んできた。巻き上げ式のカーテン?を下ろして光を調節しても、眩しくて困る窓になってしまった。

ところが今年は、そんな夏らしい夏ではなかった。燃えぬまま灰になったような夏だったので、暑さは一人前だったが、何ともふがいのない夏だったので、様子が変わっていた。これから先、地球の温暖化の影響で、気候がおかしくなったり、大型の雨台風や、竜巻がどんどんやってくるようになるのだろうか。困ったことだ。

話は変わるが、今年は柿がほとんど落ちてしまった。去年沢山の実をつけたので、今年は休養の年だろう。そんな柿も、葉の殆どを落としてしまうと、上の方の枝にかなりの実を付けているのが見える。といっても、ほとんど手の届かぬところなので、総ては鳥の食べ物になるのだが、ま、鳥のためにも、この19号に吹き飛ばされぬことを祈りたい。

2014年10月9日木曜日

困ることが……


私のブログは、若い方は、ほとんど読んではくださらない。お年を召した方……と言っても、同級生はパソコンをしていない方たちがほとんどなので、見ては頂けないのだが、506070代といった方たちから、色々とご意見を聞く。私も、そういうことを考えて書いているわけでないが、古女が書くので、どうしても、年寄りの話が多くなってしまうのは、仕方がないと思っているが、

前置きはこれくらいにして、今日の話題に入ろう。

先ほど、友人Tさんが美味しい手作りの散らし寿司を持ってきてくださった。感謝感謝である。

Tさんは、最近認知症になった元同僚のAさんのお世話をなさっている。むろん、ボランティアだが、そのAさんが今の医療制度の不満をおっしゃる。Tさんは、娘さんといっしょに住んではいるが、娘さんは仕事をしている。それなのに、娘と同居という理由で、まったく支援が受けられないと。仕事を止めて母親の介護をするには、経済的にも無理なので、施設に入れるか、娘と別居させたらいいのかも知れないと言うのだ。国は、自宅介護だの、自宅療養だのを進めているが、これでは、どうにもならないだろうということだ。

国の決めごとは、お偉い方たちが決めるのだろうが、どうも問題があり過ぎる。【お役所仕事】と言われるように、杓子定規で何事も処理されてはたまらないだろう。

知人のOさんは、視覚障碍だが、介護に来てくださる方は、郵便物が、何処のだれからの物かは、読んで知らせることができるが、「中の手紙を読んでください」と、お願いしても、規則では、読んではいけないことになっているという理由で、読んではもらえないという。これも何とかならないものかと思う。

理由はあるだろうが、臨機応変ということもなければ、困る障碍者の方は多いだろう。こんなところで、古女がほざいても、どうにもならないことだが……。

2014年10月6日月曜日

台風18号


招かざる第18号台風の襲来で、先ほどから風雨が強くなってきた。気が付いたら日が変わって丁度0時を20分過ぎている。藍住町も、場所によっては、水位が上がり、避難しなければならない方たちもいるらしく、数時間前、広報塔からのマイクが、町体育館に避難する方は、食事の準備をして来るようにと、放送していた。大したことがないことを祈る。

台風の中心から外れているので、風はあまり心配はいらないだろうが、それでも油断は出来ない。西の窓のそばの樹が、根が腐っているらしい。それが倒れたら、窓ガラスを割るやもしれない。先ほどからかなりの強い風が、窓に雨を叩きつけている。明け方まで、続くようなので、眠れそうもない。どうせ眠れないのなら、たまっているTVの録画してあるものでも観ようかと思う。そのうちに、眠たくなるだろうから……。

 

2014年10月3日金曜日

転写


田中 宇(さかい)と言う日本のジャーナリスト、評論家、(有限会社田中ニュース代表取締役)がおられます。フリーの国際情勢解説者で、独自の視点で世界のニュースを 分析したたり、新聞やテレビを見ても分からない、世界中のできごとの背景を 説明します。この方が、メールでニュース解説を有料、無料で配信しています。私は、無料の配信を受けています。難しくて解らないことが多いのですが、気になることもよく配信しています。今日は、その一部を転写して、皆さんにも読んでいただこうと思います。


 日本銀行は今年8月、日銀史上最大額の株式を買い支えた。日銀は8月、ETF市場を通じて1236億円分の日本株を買った。毎日、朝方に株価が下がると、日銀が100億-200億円分の株をETFで買い、株価をテコ入れするのが常で、日銀の株買い支えは市場関係者の間で広く知られたことだった。
日銀は以前から株が下がると買い支えてきた。9月は株価が下がらなかったので買い支えをしていないという。日銀は、東証の株式の時価総額(480兆円)の1・5%にあたる7兆円分を保有し、日本生命を抜いて最大の日本株保有者となった。

 日銀は特に8月第一週に、924億円分の株を買い入れた。アベノミクスの失敗が取り沙汰されて株が下落した時期で、日銀が買い支えなければ株価はもっと下がっただろう。経済成長の実現は、アベノミクスの3本目の矢である。安倍政権は、株価の上昇が続いていることをもって、経済成長が実現していると言っている。その株価が下落しそうなときに、総裁を黒田にすげ替えて財務省に乗っ取らせて以来、安倍政権の命令を何でも聞くようになった日銀が株を買い支え、株価をテコ入れし、アベノミクスの成功が続いているように装っている。かなりインチキな技であるが、今の日本でこれを批判する人は少ない。

 当局が株を買い支えるのは、相場の不正な操作であり、大っぴらにやるべきことでない。米国の連銀や政府も、株価が下がると買い支えてテコ入れする策をやってきたが、米当局は隠然と買い支えをやっている。対照的に今の日銀は、市場や国民に買い支えがわかってもかまわないという態度で、大っぴらに株式や日本国債の買い支えをやっている。
 日銀が大っぴらに株価の不正操作をやる理由は、これによって投資家に「株は下がり出すと日銀が買い支えるので上がりやすい。今が買い時だ」という印象を持たせ、株を買う人を増やし、株が上がっている限り安倍政権はアベノミクスの経済成長策が成功していると豪語でき、人気を保持できるという策略だろう。

 その手法は完全な不正だが、日本にとって絶対の「お上」である米国が、中央銀行による通貨の過剰発行によって債券や株を買い支える量的緩和策(QE)をやり、日本など他の先進諸国にも奨励しているのだから、QEの一環である日銀による株価操作は「良いこと」「やるべきこと」になる。株価操作を「悪」だという奴は「お上」である米国に楯突く非国民だ、ということになる。

 安倍政権は日銀だけでなく、国民年金基金にも株式を買う割合を増やすよう命じ、株価のテコ入れに余念がない。株価の不正なテコ入れは長期的に成功し続けるものでなく、いずれバブル崩壊的な株価急落に見舞われ、年金基金も赤字になって、今の若い人が老人になるころには年金支給額が大幅に減るだろう。しかし安倍政権にとっては、自分たちの政権が続いている間だけ株が上がり続ければ良く、その後の年金支給がどうなろうと関係ないのだろう。
 アベノミクスの3本の矢は、資金増加、財政支出、経済成長であるが、これらはすべて、米国当局が、日本や欧州などの同盟諸国にやらせたいことだ。資金増加とは、米連銀や日銀がやっているQEのことであり、08年のリーマン倒産後、流動性が欠如したままの債券金融システムに当局が資金を注入し続ける、植物人間化した金融システムへの生命維持装置である。米国だけが通貨(ドル)を大量発行し、日本や欧州が引き締めたままだと、ドルの価値が下がりすぎるので、日本や欧州にもQEをやらせたい。

 2本目の矢である財政出動もQEと同様、公的資金で経済を回し(米国の)金融界を救済するものだ。米国はすでにリーマン倒産後の2年間で財政出動をやり尽くし、これ以上赤字を増やせない法定財政上限に達している。そこで米国は、安倍政権になるまで財政緊縮をやっていた日本に方向転換を迫り、安倍政権になってから、それまでの財政再建の話はどこ吹く風で、財政赤字の急拡大が奨励されている。3本目の矢である経済成長は、見かけ上のものだ。日米ともに、QEによる資金供給で株価を操作し、雇用統計などを粉飾するかたちで行われている。米国の例は、前回の記事に書いたとおりだ。

 日本の場合、失業率は統計上3%台だが、新卒者の就職の困難さ、失業した中高年の再就職が困難さなどから考えて、実際の失業率はそれよりはるかに高く、10%を超えていると推測される。政権の人気取りのため「お上」である米国と似たような方法で、日本の当局が失業率を粉飾していることは十分に考えられる。

 日銀がQEで円を過剰発行するのと連動して、為替市場の円安が進んでいる。
これまで円安は日本の輸出産業を繁栄させるので良いことだとされてきた。
しかし実のところ、円安が進んでいるのに日本を代表する輸出企業だったソニーが破綻に向かっているなど、製造業の不振がひどくなっている。日本経済の大黒柱だった製造業の不振の加速から考えても、最近の失業率は粉飾である感じが強い。
 大手の輸出企業の中には、生産工程を国際化して円だけの為替の影響を受けにくくなっているところが多く、以前からの円安待望論は浅薄な間違いである。
今の円安は、むしろ輸入価格の上昇を招き、貿易収支のひどい赤字化を生んでいる。このまま貿易赤字が改善しないと、今後の日本は衰退感が増していくだろう。私が見るところ、日本が円安(ドル高)を望むのは、経済的な理由からでなく、覇権国である米国より劣った存在であり続けねばならないという国際政治の理由からだ。

 国際的に強い国、(地域)覇権国になるには、通貨が強く(為替高)、財政が強く(財政黒字)、製造業など経済生産が強く(持続的成長)なければならない。通貨が強いと他国への支払いが自国通貨で行えるし、財政が強いと戦争に強いし、国債を外国に買ってもらう必要もない。通貨が強いと輸出産業が苦戦するが、それを補うだけの技術力・開発力を持つことで、為替が強くても強
い製造業を持てる。今の世界でこれをやっているのはドイツだ。

 米国は自国の延命のため、日欧にも自国同様のQEや財政赤字化を求め、世界中の通貨と財政を横並びに弱体化させようとして、日本は米国の要求に完全に応えたが、ドイツ(EU)は拒否している。そのためEUは、ギリシャなど周辺の弱い部分の国債市場を米国の投機筋に攻撃され、ユーロ危機によって強制的に財政や通貨を弱体化させられている。

 ドイツと対照的に日本は、経済力で米国を抜きそうになった1980年代から、米国を抜くことを回避するように、通貨安、財政赤字化をずっと追求し、バブル崩壊を放置して金融や経済を自ら弱体化している。日本人はもともと倹約を美徳とする民族なのに、財政赤字の急拡大が黙認されてきた。これらは、対米従属を続けるためという国際政治上の日本の国是の維持のために行われてきたと考えられる。

 人為的な政治でなく「自然」な経済の動きで説明したがる人が日本に多いが、実のところ、経済が非人為な「市場原理」「需給」で動いていると考えるのは馬鹿げている。重要な経済の動きの多くは、官僚らによる政治的な意志決定に基づいており、本質を隠すため、経済学者やマスコミが動員され、政治でなく自然な動きであると国民に思わせている。近年、先進諸国における株価、金利、債券相場、雇用や物価など経済統計、為替相場、金相場など、これまで「自然な市場原理」で動いてきたと考えられてきた重要指標の多くが、実はずっと以前から金融界や当局の政治的な操作によって上下してきたことが暴露されている。経済ぐらい政治的なものはない。日本人がそれを知らないのは、対米従属(官僚独裁)の敗戦国民だからだ。

 通貨を過剰発行すると、どこかの時点でひどいインフレ(物価高騰)になると考えるのが、従来の経済学の常識だった。しかし今の世界では、10年以上通貨の過剰発行を続けてもインフレになっていない。これは、従来の経済の大部分が実体的な商品(モノ)で構成されていたのと対照的に、今の経済はモノがない金融が肥大化し、金融がモノの経済(実体経済)の何百倍もの大きさになっているため、通貨の過剰発行がモノの価格高騰に直結しなくなっているからと考えられる。今の経済では、物価上昇の代わりに金融部門で信用収縮や金利高騰、つまりバブル崩壊が起きる。

 アベノミクスは、日本を(中国に負けないよう)強くするため、国民生活を良くするための政策として打ち出されたが、実のところ、米国の弱体化に合わせて日本を弱体化する策であり、円を弱くし、日本の財政を弱くし、国民生活を悪化させている。アベノミクスは、米国の命令に従って、日本を意図的に弱くしている。中国は「敵」として置かれているが、それは日本が米国の言いつ
けどおり防衛費を増やすための口実的存在でしかない。中国は日本にとって本質的な敵でない。日本人は、政府や傘下のプロパガンダ機関から「中国を嫌え」と示唆されているが「中国と戦え」とは示唆されていない。戦えと示唆されたら、観光で訪日した中国人を殴りたがる人がもっと多くなるはずだ。今の日本政府が気にしているのは米国だけだ。

 米当局は、QEなどの金融救済策を続けずに放置したら米経済が崩壊すると知っている。従来の危機対策のように、救済策を一定期間続けたらその後は自律的に経済が上向くのでなく、救済策を永久に続けねばならないと知っている。
しかし、救済策を永久に続けることなどできない。だから米当局は困窮し、相場の不正操作や経済統計の歪曲など、長期的に見ると自滅策になることを含む、なりふりかまわぬ「何でもあり」の延命策を続けている。短期的なバブルの大崩壊を回避できるなら、長期的な自滅策の方がましだというわけだ。
 安倍政権は、日本でも米国のコピーの「何でもあり」の策をやるための政権として生まれた。経済面だけでなく、軍事面でも従来のタブーを破って米国の要求に沿った「集団的自衛権」の行使を国策に取り込んだ。国内の反対勢力の無力化と官僚独裁体制の強化の中で、財務省はかねてからやりたかった消費税値上げを敢行した。見かけだけの経済成長、多くの人の所得の減少、失業の実質的な増加、貧富格差の拡大など、貧しい人が増える中で消費税の値上げをするのはタイミングとして悪く、日本の衰退に拍車をかける。しかし消費増税は安倍政権に政治力があるうちにしかやれないので財務省は敢行した。

 マスコミに対する言論統制も強化されている。象徴的なのが、戦争犯罪報道の「誤報」をめぐる、官民挙げての朝日新聞たたきだ。8月の株価急落が象徴するように、今後アベノミクスの失敗が露呈する可能性がある。その前に、安倍政権に楯突きそうなマスコミ内の勢力をできるだけ無力化しておく必要がある。朝日新聞の尊大な社風を考えると「ざまあみろ」でもあるが、今の朝日たたきの本質は、朝日新聞がどうなのかという話でなく、マスコミ全体に政府批判を許さなくするための、安倍政権の延命策として見る必要がある。
 いずれ安倍首相が退陣しても、米国が今の金融救済策・覇権延命策を続けている限り、誰が日本の政権に就いても、安倍と似たようなことをやり続けるだろう。日本が対米従属をやめて自立する戦略は、09年に民主党の鳩山・小沢が試みたが官僚機構から猛反撃されて潰されて以来、再起の可能性がほとんどない。日本の方から対米自立していく道は閉ざされている。

 すでに述べたように、米国は延命策をやめたらバブル大崩壊だ。米国は延命策を効かなくなるまでやり続け、最終的にバブル大崩壊するだろう。それまで何年かかるのかわからないが、その間ずっと日本は対米従属で、米国に求められるまま、自分で自分を弱める策をやり続けることになりそうだ。非常に暗い結論なので、日本のことはあまり書きたくなかったのだが、大事な話なので書くことにした。


私たちが読んで、まったくの嘘ではなさそうだと思えるというのは、怖いですねえ。