2017年9月21日木曜日

№1172 対談


  あと1か月ほどしたら、87歳にもなるのだが、こんなに長く生きてきても、知らないことは、山ほどあるなあ……とよく思う。考えてみると、それは当然で、読書家なんて言えるほど、本を読むわけではないし、しかも読む本は片寄っているし、作家にしても、好き嫌いがある。

 本を読むということは、その人の知識はもちろん、人格形成などにも、大きな影響があると思うので、このようなことを書くのだが、最近はTVでも見たいものがよくあって、世の中には、こんな方がおられたのか、と驚くことがある。その例の一つを書いておこう。

 再放送だったが、先日、【福島 智】氏と、【柳沢 桂子】氏の対談があった。柳沢 桂子氏のことは、よく知っていたので、観ようと思ったのだ。柳沢 桂子氏は、現在79歳の生命科学者で、31歳の時、難病になり、48年間、痛みと闘いながらベットの上で研究や、著書を書かれておられる。福島 智氏のことは、まったく存じあげていなかった。ところが、彼は、ヘレンケラーの男性版というか、9歳のとき、視力を失い、16歳のときに、聴力も失ってしまった。そうした環境にありながら、現在は、東大の教授をなさっている54歳のバリヤフリー研究者なのだ。(心のパリやフリーも)

 お二人の対談は、見えない聞こえない福島氏に寄り添った介助者が、彼の両手の指6本(親指子指を除く)の上に、点字の形に、自分の指を載せていく方法なのだ。指点字というものだ。点字は、縦に1232列目に456と、1から6までの点の組み合わせで出来ている。「あ」は、1の点、「き」は、126の点というようになる。相手が喋る早さと、同じ速度で乗せて行く。これは、点字に慣れた方なら、練習すれば出来るだろう。というのは、私も、13年間、盲学校で、点字を読んだり打ったりしてきたので解る。字の形が、もう頭の中に刷りこまれているので、「の」は即座に236の点と浮かぶのだ。福島氏は、それを即座に読み取り、ご自分の声で返事をなさる。聴き取れぬような発音ではない。しっかりとしたお声だ。16歳までは、聞こえていたことも、よかったのだろ。

 それにしても、そんな現状でありながら、受験勉強をし、博士号をとり、東大の教授になるまでの努力は、健常者でも難しい。いかに頭脳明晰であってもだ。

 柳沢氏は、おおくの著書がありなさるが、以前、53万部という売上をされた【生きて死ぬ知恵】という本を出された。般若心経を科学的解釈で美しい現代語に心訳されている。この本も感動した。

柳沢氏は、福島氏と対談なされ、「人間って、どんな環境にあっても、何かをしようと思えば出来るのだ」と。

 こんなに素晴らしいお二人の対談でした。

*NHKの達人達のインタビュー「福島智×柳沢啓子」再放送

2017年9月13日水曜日

№1171  訃報


  先日、同級生で、親しくしていた友、Mちゃんの訃報がはいりました。彼女は、教員の経験は少なくして結婚し、医者であった連れ合いさんの手伝いをしたり、手伝いが不要になった頃からは、自分磨きに全力投球をした女性で、持っている免許の数は、半端じゃありませんでした。そうした免許を活用して、ボランティア的なことも、たくさんしていらっしゃったのです。

 ご主人が倒れられてからは、至れり着くせりの介護をして見送り、その後も、持ち前の明るさと、世話好きで、多くの人に頼りにされておりました。

 85歳のときだったと思います。お子様二人ともが、湘南の方で家庭をもたれていたので、お二人のたっての願いで、娘さんと同じ階のマンションに転居されました。転居されてからも、近所の方々との交流は、料理のこと、お菓子作りのことなどのを通じて、活動されておりました。むろん、昨年も、今年の春も、同窓会には、泊りがけでいらっしゃり、夜は私達数名の友達と、楽しい一夜を過ごしたのです。

 常々私は、自分の体調等から考えても、人間は、70歳代と80歳代は大違い、と思っています。10年という年月は、あっという間に過ぎるのですが、この10年で、ガラリと変るのが人間で、面目一新というところでしょうか。70歳の人は、ここ10年が「命の春」「晩春」と心得るべきである、なんて、偉そうなことを言っているのですが、70歳代の価値のありがたさが分かるのが80代なのです。

 ところが、彼女だけは、80歳になっても、ますます活動的でした。それがなんと、あっという間に亡くなられたのですから、本当に80代というのは、魔物です。

『人間の存在など永遠の時間から言えば、一瞬にすぎない。だからこそ、その刹那セツナのわが身を我が命をいとおしむこと、これが死を克服する道だ……』と、ある哲学者は書いてあります。哲学などは、解りませんが、このことばは何となく解ります。

  友の死を、驚きと悲しみを、そして今は、〝素敵な人生を歩まれたMちゃんに、カンパーイ〟……と、合掌しています。

2017年9月9日土曜日

№1170 心の旅路


  もう何度目かになる写真の整理をした。する度に少しは減っていくのだが、なかなか思うようには減らせない。何しろ、87年近くも生きてきた証明のような写真であるから、忘れていたようなことも、瞬時にスイッチが入って、否応なく思い出の花が咲くので捗らない。

 生まれ故郷の帯広には、12歳の夏まで住んでいた。その後、大人になって3度ばかり足を踏み入れただけの、ま、蝉の抜け殻のような故郷だが、それだけに引力は強く、色あせた写真に絡まる感慨は尽きない。

 50人ほどが、日の丸の小旗をもって並んだ幼稚園の集合写真がある。硬い台紙付きの立派なものだ。こんな時代から、「天皇陛下万歳」を刷り込まれてきた。「日本で、一番偉い人はだれですか?」という質問が出る。最初は、「うちのお父ちゃん」なんて答えていた子もそのうち、「天皇陛下です」と、一人前になって卒業する。

  名詞ほどの運動会の写真が1枚ある。当時は、軍隊式の整列や行進が、一つの見せ場だった。全校生が行進する。手は肩の高さまで振り、足は腿を高くあげ、角を回る時は直角に曲がる、という行進だが、どの学年も、とても美しかったが、練習は厳しかった。小学生でも、やれば出来るものである。

 戦後の写真は、写真機はあっても、フイルムを買うゆとりもなく少ないだけに貴重である。教師になるために入った学生生活は、この上なく貧しい時代だったので写真も少ない。そんな中の1枚は、父親の背広を仕立て直した物を着て、下級生から借りた(というより、頭に無理にのっけられた)角帽をかぶってのすまし顔。これは似合わない。() それでも若いということは素晴らしい。けっこう楽しい学生生活だった。

卒業し、教員になったものの、月給で革靴1足も買えない時代。インフレのなか、給料もあがっていくのだが、物価に追い付かず、買いたいものはどんどんと店頭に並ぶが、大抵は我慢である。

貧乏の中、結婚し、子育てをしながらも、電気製品には憧れる。電気釜も洗濯機も欲しい。何を買うにも、月賦で買うものだから、10回払いが済むと、次の製品を買うので、楽にはならなかった。でも買いたい服も買わず、旅行もせず、嫁としての気遣いをしながらも、どの写真も幸せそうに笑っている。何と健気であったことか。()

息子の写真は、いつ見ても心が潤んで来る。もう定年近くになった息子だが、毎朝、井戸のつるべから水をくみ上げて、庭の隅のみかんの樹の根元にしゃがみこんで、盥でゴシゴシとむつきを洗う姿、朝食もそこそこに、息子を背にくくりつけて髪振り乱して乗合バスに飛び乗るというあられもない格好、昼休み、預けてある息子のところに走り込み、ほっと一息ついて授乳。……そんな映像が走馬灯のように炙り出されるからたまらない。

……といったように、古い写真を拡げると、心の旅をしたような気分になって、目的とは裏腹に、再び写真をかき集めてしまいこんでいる。最終は、アルバム1冊ぶんの写真が残ればいいのだが……。

2017年9月8日金曜日

№1169   心の筋力


  足腰を鍛えるための筋力アップというのは私もやっている。最近は、膝の痛み解消ということで、足の後ろの筋力を延ばすという簡単なことを朝晩にやっているのだが、【心の筋力】とかいうものは、やったことがない。ある、薬品会社のパンフレットに目を止めて読んでみると、今、自分が何に注意をむけているか、を意識する、ということらしい。注意力ということのようだ。よくはわからないが、〝呼吸法〟が書かれていて、やってみると、なるほど、と思ったので、書いてみよう。これは、意図したところに注意をとどめて心の筋力を鍛えるらしい。

 ・意識のむけ方……空気を吸いながら、空気が鼻を通る時の冷たさを味わう。→ 空気がのどを通って肺に入る感じを味わう。→吐く時は、肺から喉、鼻を通る時の、空気の温かさを味わう。

 姿勢としては、椅子に座り、背すじを伸ばして、手は太ももに置き、視線は斜め下にして目を閉じ行う。

 実際にやってみると、こんなこと、感じたこともなかったなあ……と。たしかに吸い込むときは冷たく吐く息は温かい。いままでこんなことに注意したことなどなかった。

 呼吸法のほかに、〝首回し〟もある。体の感覚に注意を向け、皮膚のハリや傷み、気持ちの良さなど、反応や変化を味わいながら、1階に1分くらいかけて、ゆっくりと、頭の重みで首をまわす。(反対も)お暇な方は、お試しください。(^^)
ふと思った。〝呼吸法〟は、目的は違うけど、寝付きが悪い時に、蒲団の中でしたら、すぐに眠れそうだなあ……と。(笑)

2017年9月5日火曜日

№1168  思い出すS先生


 二度しかお目にかかっていないのに、時々思い出している素敵なお医者さんがいらっしゃる。【成せばなる、成さねば成らぬ何事も……】という諺など、もはや関係ないのが老人、と考えてしまうのが老人だが、この方は、知る人ぞ知る、糖尿病の世界的権威者でいらっしゃるが、1934年生まれなので、今もお元気でご活躍されていることと思う。

 この方は、大学を65歳で退職後、1年間受験勉強をされ、若い時から興味があった考古学を学ぶため、66歳というお年で、勤めていらした徳島大学総合学科に堂々と合格なさった。お勤めをしながらである。

 先生は、「老人は、そんなにダメなものではありません。その気になれば、だれにでも出来るということを、自分で証明しただけです」とおっしゃる。むろん、学ぶことが目的ですが、新しいことへの挑戦意欲は、ただごとではない。

 人には色々な経歴があって、だれもが真似できるものではないが、特に強調されたのは、意欲、気力の源は、健康で、【運動】のおかげと。60歳頃から、毎日5キロのジョギングをされ、すでに何度もフルマラソン大会で完走されていた。

 また、大学退官記念パーティでは、自分でショパンの〝別れの曲〟を弾きたいという素敵な夢をもたれ、60歳からピアノにも挑戦され、見事に念願を達成されている。

 私がお会いした時は、教官時代に部長をされていた〝水泳部〟の部員として、卒業コンペも部員として参加され、若い部員に囲まれて、一段とお顔が輝いていらっしゃった。『自分の能力を試しながら生きるのも、意外に楽しいものですよ』とおっしゃった。先生の真似は出来ずとも、凡人には凡人の能力の試し方がある、だれにでも出来ることだと思った。

 その後の先生は、走って、診て、泳いで、弾いて、しながら、大学院に進まれている。退職も楽し、加齢も楽しという人生を送られている先生を思い出すと、老後は暗夜行路と決め込むことはないようだ、どんな小さな扉であっても、叩いてみるだけでも楽しそうだ、と思ってしまう。扉のキーは体力とおっしゃるのだから、まずは、先日ガッテンで教わった膝の痛み解消で、膝関節を延ばす運動を毎日朝晩、(各5分くらい)続けて見よう、と決心。2週間で効果が見えてくるらしいが、私は今2か月くらいで、かなりの効果を感じている。まず、徳島駅のホームを渡るとき、階段の下りは、いつもエレベーターを使っていたが、先日は、使かわなくても大丈夫だった。成せばなるかな? \(^o^)

 

2017年9月3日日曜日

№1167 最大目標


 ちょっと暇が出来たことで、嬉々として取り組んでいるのが、家の中の片付けです。四角い部屋を丸く掃くことが多いのですが、元来自分の部屋に限って(外は別)掃除は好きで、ちょっとした暇にも、コードレスの掃除機を動かしています。

 実は、片付けと言うのも、最近は、もしもの事を考えての片付けです。もう、最終コーナーを回っている身としましては、歩んできた道のりを振り返って、あれこれと考えたり、反省したり、軌道修正することも大切でしょうが、これからを、いかに周りに迷惑をかけずに生きていくかが、最大の目標になってきました。

 まずは、何とか元気でいることです。長生きがしたいわけではありません。もう、いつどうこうなってもおかしくありませんが、それまで一日でも長く、ということです。

それには、毎日を〝ああ、今日もいい日だった〟と思えるような、日々を送ることと思っています。性格的に、大まかであまりくよくよしませんし、良くないことが起こっても、〝ああ、これくらいで事がすんでよかった〟と、考えるタチですから、例え怪我しても〝よかった〟と感謝できます。ストレスがあまり溜まりません。勝手ながら、「いい性格だ」と。() そして、ちょっぴりでも、誰かのお役になることが出来たなら、言うことありません。

人の一生なんて、この宇宙の中では、一瞬の瞬きのようなものですが、やはり、自分の一生となりますと、かなりの時間です。理想は願いで、願いがかなうとは限りません。寝た切りになってしまっても、認知になっても、「有難う」が言えるように、これからも、感謝の心を育てていくことが大切と思っています。(^^)

 

2017年9月1日金曜日

№1166  9月



 まだ暑い日がつづいていますが、9月の声を聞きますと、何となく、ほっとします。周りの田んぼは、頭を垂れた稲穂が、波うちながら、このまま、15号台風の余波を受けることなく、お米になるのを待っています。
 多忙な毎日でしたが、やっと一息ついています。11月公演の台本が出来上りました。(^^) あとは野となれ山となれ。まな板の上の鯉です。() 

 練習にとりかかり、皆さんでやれ、ここがどうのこうのと、切り刻まれるでしょう。演出の先生が、つたない台本で苦労なさいますが、素晴らしい演出をなさるので、何とかなるわけです。もう、そろそろ足を洗います。……と、昨年も宣言しましたが、煽てられたり、脅されたりして、今年も引き受けてしまいました。意思薄弱なんですよ。(^^;; とは言いながらも、こんな私に、仕事を与えて下さり、育ててくださった皆さんには感謝です。することがある、というのは、カラ元気の元でしたから……。

 ただ、もう体力と脳が限界です。もう、頭ふったら、カラコロと音が聞こえるほどに隙間だらけとなりました。天津甘栗です。


 夜はやっと涼しい風です。今夜は、エアコン不要かな?……