2013年2月28日木曜日

2月も終わり


昨夜9時過ぎ、市内での会が終わって帰ろうと思ったら、車のハンドルが重たくて動かなくなっていた。もう古い車である。車検前なので、適当な車に乗り換えるつもりだったのだが、こんなことなら、早めに何とかしておけばよかったと思ったものの、どうしようもない。

JAFに入っているので、すぐに電話をしたところ、来てくださった。機械に弱いので、よくは分からないが、ベルトが切れて、オイルが漏れているとのこと。

結局すぐには修理が出来ない状態ということで、牽引して頂いて、いつも車検をお願いしている近くの修理工場まで運んでいただいて事なきを得た。

JAFのHさんという方が、とても親切で、車に積んであった色々な荷物といっしょに家まで送ってくださった。ホッ。こういう時に役立つように、ということで入会しているJAFだが、ほんとにありがたかった。

 
1月の半ばに買ったピンクのシクラメンの鉢が、まだ次々と蕾を膨らませて花を咲かせている。毎日萎れた花や黄色くなった葉っぱを取り除いたりして世話をしているせいか、けっこう長持ちしていて、楽しませてもらっている。きれいな花を見ていると、たしかに身体のためにいいなあという気持ちになる。いい香りをかぎながら、ストレスを解消するという療法があるが、綺麗な花をみて、心を和らげるという療法もあっていいと思うのだが。(^^

 
今日で2月は終わりだ。まだ寒さが抜けきらないので、真冬のような出で立ちで、庭に出たり、買い物に行ったりしているのだが、若い人たちの中には、もう春着にすっぽりと着替えている人もいて、なんとなく丸くなるほど着込んだ姿の自分が、ちっとばかり恥ずかしいような気分になる。

三寒四温とはよく言ったもの。ま、そのうちに、来るな!と言っても暖かい春がやってくる。楽しみにしていよう。

2013年2月27日水曜日

熱気球


今朝の新聞は、どの新聞も、エジプトで起きた熱気球の爆発事故で、日本人4人が亡くなられたことを報じている。心よりご冥福をお祈りします。
 
「普通に飛んでいる限り爆発はしない」(連盟)というが、当たり前だ。何であれ、普通なら事故は起こらないもの。いつ、どこで普通でなくなるか分からないのが全てなのだ。

私のように、高所恐怖症に近いものは、熱気球など、お金くれても乗らないのだが、世の中には、色々な人がいて、あんな怖い物に乗りたがる。

あの風船のようなものは、中で火を焚いているのだから、何がおきてもおかしくない。現に過去において、国内外で、何度も事故がおきている。電線に触れたり、ボンベが爆発したり、強風にあおられて壊れたり、といったような事故だったと思う。

よくTVに写っている熱気球はとてもロマンがあって美しい光景だ。熱気球をとばしているようなところは、景色も美しい。飛行機に乗って眺めるのとは違って、一度は乗ってみたいと思うに違いない。(私は思わない。TVでみているだけで、十分に想像できる。)

最近、観光に出かけた先の外国で、事故に遭われる方が増えているようだ。残された家族の方は、遠い外国の事故だけに、どんなにか心配されることだろう。
外国に行ったら、なるべく変わった経験は控えておくのがいい。セスナ機に乗って渓谷を飛んで墜ちたり、ジャングルの中でヘンな虫に刺されたり、夜独り歩きしていて強盗に襲われて殺されたり……。

こんなことを言うのは、もう、どこにも行けなくなった婆さん爺さんの僻みと思ってくれてもいい。
私も、こんなこと言っても、だあれも聞いてはくれないことを承知で書いただけのことなんだから。(笑)

2013年2月26日火曜日

週刊朝日の中に……


本日発売の週刊朝日に、(徳島は27日)『【アベノミクスはエネルギー問題で頓挫する】浪人中の「陰の宰相」仙谷由人元官房長官が一刀両断』という見出しで、4Pにわたって、ジャーナリスト田原総一郎氏の質問に答えています。その一部を紹介しておきます。
 
迷走を重ねた民主党政権を実務家として支え、「陰の宰相」と呼ばれた仙谷由人元官房長官(67)は、昨年の衆院選であえなく落選した。だが、その舌鋒は相変わらず鋭い。安倍政権の弱点から民主党の限界、日中関係の今後まで、ジャーナリスト田原総一郎氏に全て語った。(以下、略しながら転写)

田原「……仙谷さんが落選したのは、大きな衝撃でした。原発の再稼働や、東京電力の実質国有化など、嫌だけど、誰かがやらねばいけないことを、あえて引き受けた。そんな人が、落ちるなんておかしいでしょう」

仙谷「そうした仕事が、今回の選挙には全てマイナスにはたらきましたね。(苦笑)」

田原「安倍政権発足2か月。アベノミクスについて、どう思いますか?」

仙谷「アベノミクスの決定的な欠陥は、日本はエネルギー資源のない国だという大前提が抜け落ちていることです。金融緩和で円安になり、輸出産業が儲かることで名目GDPが増加しても、逆に海外から購入する燃料費はかさんでいる。「ガソリン代が2割上がっても大丈夫か?と、いうこと。ひとつ間違うと、大変なことになります」

田原「安倍さんは、参院選までは安全運転でいき、そこで勝ったら憲法改正を目指すようです」

仙谷「自民党は、改憲が党是の政党だといっても、結党から60年近くたって、当時の自主再軍備路線をそのまま倫理的に正当化するのは難しいでしょう」

田原「あの頃は、サンフランシスコ平和条約によって再び独立を回復した直後で、冷戦時代でしたからね」

仙谷「今、憲法改正という非常に抽象性の高い大目標を立てても、日本の安全保障政策や防衛政策、内閣諸制度や地方分権について、何をどうするのかという具体案がないと、あまりに空虚な感じがします。さらに、国際政治の中で、安倍さんが唱える『戦後レジームからの脱却』に対して、人権論を重視する立場から批判がある。欧米や中国にとっては、世界人権宣言にあるように、貧困や専制隷従から脱し、自由と豊かさをみんなで得ようとすることこそが、戦後レジームです。安倍政権は、こうした戦後世界の価値観を否定するのか。自由や貧困の問題をどう変えるのか、きちんと説明しないと、国際的に通用しません」

田原「なぜ民主党は、そうしたことをもっと指摘しないのですか」

仙谷「なぜですかねえ。今の民主党は、野党であることを自己目的化した政党になってしまっているように感じますね」

田原「海江田代表や興石参議院会長は、生活の党の小沢一郎氏を呼び戻そうとしているようですが」

仙谷「私はそんな話は聞いておりません。小沢さんの力でもう一度民主党を盛り上げようということかもしれませんが、仮に小沢さんが戻ったとしても、何をするのか、生活の党とくっついても、数合わせの繰り返しでしかない。それは、日本の政治の現状とあまりにもかけはなれていますよ」

田原「仙谷さんと小沢さんは、どこが違うんですか」

仙谷「私の方がまだ【夢みる夢子ちゃん】の部分があってヤワなんです。() 小沢さんにとっては、権力を取ることが最大価値で、そのためには何でもありでしょうから。小沢さんの統治の手法は、『黙ってオレについてこい』という父権主義的なものです。昔はそれで機能したかもしれないが、現代のように、多種多様なメディアが存在し、組織に透明性を求められる時代では難しいですよ」

 続いて○違和感があった小沢氏の脱原発

   ○漁船衝突事件で対中パイプ活動

   ○民主党に必要な新しい第三の道  

についての話が書かれているのですが、最後に、こんな決意が書かれています。

田原「仙谷さんは、今夏の参院選に出馬するのですか」
仙谷「参院選には出ません。(註・参院選は、仙谷さんが長年仕込んである立派な現議員の中谷智司氏を応援しています)いつ行われるか分かりませんが、次の衆院選に出馬するつもりです

……と。これを読んで、私は、胸がドキドキし、そして感動しました。やはり、仙谷さんは、このままの日本では先が心配、という思いがあるのだと。頑張ってください。

 

2013年2月25日月曜日

日記


6時起床。一通りの仕事を終えると、10時が来た。忙しくても、朝食や、洗濯、部屋の掃除や片付けをしないと気持ちが落ち着かない。
11時。月1度の昼食会を兼ねてのミニ同窓会の日。Sさんを車に載せて出掛ける。
12時より4時まで、10人ほどの同級生がおしゃべり。私は、「卵の話」を印刷してもっていった。私と同じように、「これからは、毎日1個なんていわずに、2個は食べよう」なんておっしゃる方が多数出現。()

家に帰って、自分と家族の洗濯ものを入れる。(息子夫婦は、務めの帰りが遅くなるので、洗濯ものの出し入れは、私がしている)急ぎの書類を書き、夕食の準備もせず再び夜の会(演劇練習)に市内に走った。
 
10時帰宅。先ほど、簡単な夕食を済ませたところ。といっても、帰りに買ってきた半額の散らし寿司とゆで卵、朝のお味噌汁の残り。卵だけは、今日も3個食べている。()

歯磨きと洗顔。入浴は止めて、パソコンの前に座る。

いよいよ本腰を入れての演劇の練習が始まったので、これからは、夜はひと月の半分は出ていくことになるだろう。(公演は519日)
好きなこととはいえ、無理は出来ない。ブログも、お粗末になったり、お休みが増えると思うが、しかたがない。

忙しい一日だったが、充実した一日。疲れたが、ぐっすりとねむれそうだ。

 

 

 

2013年2月24日日曜日

安倍首相の男ぶり


私ごとき市井の凡人は、政治はだれであっても、国民が幸せになれるように、頑張ってくれる政治家であれば、文句はないのだが、TVに写る新内閣総理大臣安倍氏の言動の何とつまらん男ぶりかとあいた口がふさがらない。

二言目には、前政権の失敗を直しただの変更しただのと、何でもかんでも自分の手柄にしようとする浅ましさに、もうイヤ気がさしてしまった。
野に下った民主党ではあるが、前政権、自民党のやらかしたことの後始末をしながらも、自民党のしでかした悪事は、口にしなかった。前官房長官、仙谷由人氏など、どれほど原発問題で泥をかぶつても、自民党の悪口はTVなどの公共の前では口をつぐんでおられた。それが同じ政治家としてのたしなみというか、礼儀というか、そんなこと、口にせずとも、分かる人には分かるものだ。

それに引きかえ、安倍総理は、ことあるごとに、民主党の尻拭きをしたかのような口ぶりで、手柄げな顔をTVにさらしている。

今回のアメリカ訪問もそうだ。民主党の3年半、関係の悪かった日米関係を、元に戻したと、手柄げに言ったものだから、多分、民主党議員は怒ったことだろうと思っていたら、案の定、みのもんたの番組で、自民党の河野太郎議員が、民主党政権の壊した日米同盟の信頼関係を回復したとその意義を強調したところ、それに対して、民主党の福山哲郎議員が反論した。鳩山首相により失いかけた信頼は、その後菅・野田首相によって見事に回復した、だからその批判はあたらない、と。(この番組は、私は見ていない。ネットでそう書いてあった)こんな喧嘩?のようなやりとりなど、民主党時代にはなかったと思う。

それと気になることがある。安倍さんの言う事と、考えていることとは、どうも、チグハグで、違っているように思えてならないのだ。

一体、安倍さんは、この国をどうしようとしているのか?安倍首相は戦後体制からの決別を宣言し、自主・自立した日本を取り戻すと繰り返し強調してきた。自立独立させようと思っているげに言っていたかと思うと、今回のように、アメリカの家来になってしまったような、何もかも、アメリカの言いなりにならざるをえないような仲良しになってお帰りになった。一体どつち? という思いなのだ。

ま、古女の歯ぎしりでは、どうにもならないのだが、「こんな魅力のない首相」を戴いているかと思うと、気が滅入る。

2013年2月23日土曜日

1年がたちました


早いものです。私がこのブログをたちあげて、丁度一年がたちました。
そのあいだに、339のエッセーや、感想文や、紹介文などを書いてまいりました。
始めの志とはちょっと外れて、皆さんに読んで頂けるほどのものが書けていないことが残念なのですが、それでも、皆さんの温かい応援のおかげで、続けてまいりました。
大雑把ですが、統計をみてみますと、平均で50人ほどの方たちが、いつも読んでくださっているようで、ありがたいことです。中には、「感想を書きたいけれど、書き込み方が難しくて書き込めない」ということをおっしゃってくださる方もあります。グーグルは、外部からのアラシが入りにくくなっているためか、ややこしい手続き?があって、私自身も、まだよう使いこなしていない状態であります。
私としましては、読んでくださっているだけで、とてもありがたいと感謝いたしております。
今後とも、よろしくお願いいたします。m(_ _)m

2013年2月22日金曜日

死刑


昨日、3人の死刑囚の刑を執行した、と発表されました。3人の顔写真がぱっと目に入りましたが、「ああ、この顔は見憶えがある」と、すぐ思いましたから、当時は、かなり大きく報道された事件です。事件内容を読みますと、当時のことが、かなりはっきりと思い出しました。当時、こんな残忍なことがよくまあ出来るものだと、極悪犯人を憎んだ記憶もよみがえります。

【死刑制度】というものが、賛否両論あるのはわかりますが、被害者の家族の身になりますと、軽々しく死刑廃止とは言えない気分であります。被害者の親の立場なら、「法が裁かぬのなら、自分が罪人になっても、相手を殺してやりたい」と思うにちがいありません。昔は仇討ということが、認められていた時代もありましたから、廃止論は、難しい問題と思います。

一方で、死刑が無くなれば、極悪犯罪が増える、と心配されるむきもあるようです。カッとなって殺人を犯す場合は、無我夢中でしょうから、死刑云々は考えたりはしないでしょうから、関係ないかもしれませんが、計画的な残虐行為は、ひょっしとて、増えるかもしれません。死刑廃止の国では、どうなっているのでしょうか。ちょっとネットで調べてみますと、特に激増したり激減したりはないようです。確認されていない、というのが正しいかもしれません。

今、日本には、134人の死刑囚がいるらしいのですが、ふと、執行に選ばれる死刑囚というのは、どのようにして……と思いました。多くの死刑囚は、執行されぬまま、亡くなるのではないでしょうか。1年に5人や6人では、何十年も待つことになるはずです。年齢の順でもなさそうですし。

ただ、1%でも、冤罪の疑いが残っている方の執行だけは、しないでほしいと思うものです。

 

2013年2月21日木曜日

癌の話

三石理論の中から……。

日本人が欧米食を食べるようになったので、大腸がんが増えた、ということで、日本食が見直されるようになった。それは、植物繊維を多く取っているので、植物繊維は、腸で吸収されないので、その繊維が腸内細菌の餌になり、大便が多くなることによって、(便の1/3は腸内細菌)発がん物質を吸着して、一緒に体外に排泄される。欧米人は、野菜が少なく、したがって便も少量なので、大腸がんが多い。欧米食であっても、植物繊維さえ十分に摂取していたら(豆類いも類、ブロッコリー、ニンジン、バナナなど)大腸がんにはなりにくい。

ただし、植物繊維も撮り過ぎると、亜鉛や銅といった必須ミネラルまで吸着して排泄してしまいかねない。過ぎたるは……である。

胃がんは、以前から日本人に多かった。これは、遺伝的なものもあるのだが、分子栄養学の見地からは、ビタミンAの不足が主要原因の一つと思われる。癌の90%は、上皮性癌(消化器癌、肺癌、食道癌、乳癌、など)で、このタイプは、癌が一人前になる前の段階として、組織が「前ガン状態」になる。これは、ビタミンAが不足で起きることが分かっている。動物実験では、前ガン状態ではビタミンAを大量に投与すると、消えて元に戻ることが判明している。

従って、胃癌に限らず、大半の癌が、ビタミンAの不足に関与していると言える。ビタミンAを食品から十分に取るのは、簡単ではない。バター(決してマーガリンではない)や、卵の卵黄、乳製品、などの、動物性蛋白質に多い。
このビタミンAも、過剰症といって、特別多量に取り過ぎると、頭痛、皮膚のかゆみ、関節の痛み等の症状を伴うこともある、とされているが、ふつうの食生活では心配する必要はない。万一多量になっても、ビタミンAが血中に有る時に、蛋白質と結合していれば、問題ない。
つまり、良質蛋白質をきちんと摂取していれば、過剰症は起こらないのだ。ビタミンには、「過ぎたるは及ばざるが如し」はあてはまらない。むしろ、及ばざるの方が、はるかに危険なのだ。
 
と、書かれております。

 

2013年2月20日水曜日

心に花


新聞に【百壽者に学ぶ】と言う記事が出ている。百歳すぎても、お元気で活躍しているような方は、やはり凡人ではない。なかなか見習えるようなレベルではない。

私だって、元気で長生きできるのであれば、「素敵な老人」になりたい、と思っている。だが、これはなかなかの難事業と思う。毎日眺める鏡の中の顔が、ドライフラワーになっていくのは自然の成り行きだが、せめて『汚くない老人』ということで、そこそこのお洒落は心得ているものの、でも、「素敵」と名がつくと、本勝負はやはり内面の磨きと思うので、お洒落ほど簡単じゃない。

願わくば『心に花を』持ちたい。優しく可憐な、そして香りのいい、皆さんに愛されるような花を、と思っているのだが、これもまた『ローバは一日にして成らず』で、生きてきた歴史がモノをいうだろうから、ますます難しい。

何だかんだ言っても、老いは待ったなしにのしかかってくる。仕方がない。素敵な先輩や後輩という鏡を見ながら、そして自分もしっかと鏡に写しながら、メッキしていくしかなさそうだ。嬉しいのは、素敵な友人知人に恵まれていることである。

 

2013年2月19日火曜日

雪がふっている……


昨日は、24節気の一つ【雨水】。雪が雨になり、氷が解けて水になる頃ということらしい。でも今日はとにかく寒い日だ。先ほど歯医者に行ってきたのだが、行きはフロントガラスに雨がふきつけていたのに、帰りは雨が白くなって窓にくっつくようになっている。春を待つ気持ちをくすぐられているだけに、格別寒さがこたえるようだ。

降る雪を眺めていると、やはり生まれ故郷の北海道を思い出す。雪国と言われるような豪雪などは経験していないのだが、それでも雪は冬中、道路にへばりついていた。屋根の上は、雪下ろしをするので、何時までも白い屋根ではないのだが、道路は、人や車で踏み固められているものだから、春まで消えないのだ。

無論、雪用のタイヤを付けた車や馬橇がはしっているのだが、北海道の街中は、道路も歩道も幅が広いので、車や橇が通ったからといって、雪が消えることはなかった。そのかわり、まるで鏡のように、つるつるに凍っていて、危ない。歩道を歩く人達も、下駄の歯に、【滑り止め】という、とんがった細長い金具を4本打ちつけて、つま先には、カバーの形をした【つまかわ】というのをかぶせて、キュンキュンと音を立てて歩く。当時は、子ども以外の女の人は、殆ど着物なので、下駄は、当たり前の日常の履物だった。洋服を着た男の人も、下駄履きは、めずらしくなかった。

ある時、自転車で走っていた人が滑って転んだところに、トラックが走ってきて、その人を轢いてしまったことがある。亡くなった方は、戦地に召集されていたのだが、除隊して帰ってきたばかり。運が悪かった。おまけに轢いたトラックが、軍用トラックだったので、軍隊のじゃまをしたということで、遺族まで叱られたそうだ。「こんなことなら、いっそ戦死していた方がマシだった」と、遺族は悔やんだらしい。そんな時代だった。

おとなたちにとっては、厄介な雪だが、どこの子供達も、雪には何となく心はしゃぐものがある。窓の外は、かなりの雪が2降りだした。

今頃は、幼稚園や小学校の子供達も、心は外の雪景色に、心をうきうきさせていることだろう。

 

 

2013年2月18日月曜日

枇杷の実


同級生のMさんが、「もう何年も前に食べた枇杷が、とても美味しかったので、その種を植えたところ、芽が出てかなり木は大きくなったのに、実がなんので、もう引き抜こうと思う」と言う。何年になるのかと聞くと、5年か6年はたつという。

本当かどうか分からないのだが、昔、【桃栗3年柿8年。枇杷のアホめが13年】と聞かされていたので、13年は待ってみたら?と言った。

Mさんは、桃栗3年柿8年までは聞いたことがあるが、枇杷は知らなかったとか。私も正直いって、自信があるわけではないのだが、じゃまにならないのなら、試しにそのままにしておくことを薦めたのだ。「生きとるうちに実は生らんなあ」と笑う。「そら、食べてからでないと、死んでも死にきれんやろ?」と言いながら私も共に笑った。

家族が田舎に住み始めたとき、借りた借家の庭に、枇杷の木が植えてあった。戦時中で田舎も農家以外は食糧難の時代だったので、枇杷はとても有難かった。食べたあとの実を片隅に幾つか植えて、芽の出るのを待った。近所の親戚のおっちゃんが、それを見て笑った。「○ちゃんよ、そらあかん。桃栗3年……と言うてな、なかなか実は生らん。枇杷の実が生るころは、もうここから出てしもうとるわ」と。枇杷の芽をみることなく、水やりも止めてしまった、という思い出がある。

Mさん、枇杷の実が生ったら、私もぜひお相伴させてもらいますからね。元気でおりましょうよ。

 

2013年2月17日日曜日

梅一輪


昨年の暮れに庭の樹を剪定していただこうと思って、庭師さんにお願いしたところ、年内は一杯で、来年の2月頃になるというお返事だった。しかたがないので、格好が悪かったが、樹はそのままでお正月を迎えた。何しろ、昨年も、手入れしていなかったものだから、生えふきである。早く来てほしいと思っていたら、先日、来てくださって、やっと小奇麗になったところである。

手入れの届かない広い庭は、やっかいなもので、庭などない方がましと思うこともあるのだが、折々の花を付ける樹が何本かあるものだから、ちょっとした楽しみもある。

今の季節は、赤やピンクの花を咲かせていた3本の山茶花が、惜しげも無く花びらを散らしている。次々に蕾が出ているものだから、きりもなく花びらが敷き詰められていく。椿は、ポロリと潔く首を落とすが、山茶花は未練があるらしい。

まだ蕾も見付けられないが、花桃が1本ある。どうも虫にやられているらしく、樹に元気がない。

前にもここに書いたと思うのだが、大きな辛夷の樹があったのだが、幹が割れて、太い方が倒れてしまったので、今年は、残された幹の枝に膨らんでいる蕾が、そのうちに寂しく咲くことだろう。

そのほか、ツツジ、サツキ、猿すべりや金木犀、八つ手、などなどが咲く。また、花が目的ではないのだが、かんきつ類の花もいい香りが楽しめる。

計画もなく、色々な木々が植わっている庭だが、桜と梅の木はない。そろそろ梅日和というか、あちこちで梅まつりが開かれるようだ。

知人が「梅の花、観に行こう」と誘ってくれたが、ちょうど庭師さんが来てくださっていたので行けなかった。

いつだったか、折角梅観に行ったけれど、まだ3分咲きくらいで、冷たい風に震え、風邪をひいた年があったのを思い出す。

〝紅梅の一輪二輪風邪つづく〟(中村汀女)

昔、まだ一輪も咲いていない梅林に入れてもらったことがある。手入れをしていたお爺さんに、「この梅の木は、紅梅ですか?」と尋ねると、小枝の先を折ってくれて、「ほら、赤いやろ」と。紅梅は、小枝の芯まで赤い色をしていたのに驚いたのだが、紅梅って皆そうなんだろうか?と、今でも思う。

今年は2月が寒い。まだ全国的には、大雪もあるらしい。それでも花は季節がくると、花を咲かせるのだから、ほんと偉いと感心してしまう。これだけは、残念だが真似られない。

 

2013年2月16日土曜日

世話人会




女学校のクラス会(同窓会)を年に1度開いています。集まるのは、毎年県外の方も入れて14,5名です。その世話人会を、今日、開きました。7人が喫茶店に集まって、昼定食や、コーヒーやケーキをいただきながら、4時間もねばりました。本命の相談は、ものの15分もあれば、すんだのですが、あとは、おしゃべりです。
こうした世話人会も、楽しみにしている方ばかりで、話が弾みます。しきりに「同級生はいい」と、口癖のように言いながら、言いたい放題のことを言っているのです。
Mさんは、一緒に暮らしている娘さんのことをしきりに悪く言いましたが、大事にされている様子が伺われます。もう亡くなった姑にいびられた話は、よく聞きますが、もう懐かしさがこめられての昔話なので、聞くも語るも笑いの渦です。「ああ、今夜はよく眠れるわ」などと言っています。
「何とか元気にこうして集まって来られるのは有難い。今が私の人生で一番幸せや」と、誰かが言うと、「そうやなあ」と、皆が言います。
若い人たちから見ると、80歳も過ぎて、今が一番……などというのは、不思議に思うかもしれませんが、多分、一生懸命に生きてきた今の年寄りには、子育ての責任を果たし、何とか生活も心配ない、という暮らし、そして、いつお迎えが来ても、思い残すこともない、という身分は有難いと思っているに違いありません。
4月の同窓会を楽しみにしながら、恵比寿顔で皆さん「さよなら」をしました。いい1日でした。


2013年2月15日金曜日

妻は後から……


先日、同級生が急に亡くなられた。噂によれば、認知症の奥様のお世話をなさっていたらしいが、その奥様を残して、ご自分が先に逝ってしまわれたのだ。さぞ心残りだったことだろう。ご冥福を祈る。

夫婦が連れだって死ねるわけではないので、どちらかが残ることになる。ほとんどの妻たちは、夫を残して逝くのは、心配と思っているのだが、病の妻を残して逝かれたら、これも大変だ。

私のような歳になると、夫婦そろって元気というのは珍しいことになってきた。片方が病気だったり、認知症だったりは、トシからいえば、当然である。中には、夫婦で入院されていた方もいる。

私のまわりを見てみると、よく集まる近辺の仲良し同級生9人(女性)のうち、夫婦そろっている方は2名しかいない。

平均寿命は女性が長生きなので、当然かもしれないが、寂しいかぎりである。

女性は独りになっても、わりあいに自立して生きているのだが、男性は妻に先だたれると、落ち込んでしまう方が多いらしい。やはりそれだけ妻に寄りかかって生きてきたということだろうか。夫の退職を機に、自立の訓練をしておくことも、大切な妻の役目かもしれない。だれもが妻より先に逝くとは限らないのだから。

しかし、口で言うのは易しいが、なかなか動いてくれないのが現実のようだ。私も夫が退職した時に、私が先に逝ったら、この男、どうなるかと思うと、何とかしなければと思ったのだが、うまくはいかなかった。「時間が少しできたのだから、独りになっても困らないように、最低の家事を習ってみては? ごそごそと手先や指先使うのは、頭にも身体にもいいことなのよ……」と言うと、「そんな有難いことなら、お前だけにさせてやるから、しっかりやって、ワシより長生きしてくれ」と、私よりも一枚ウワテだった。

今となれば、したくないことを無理にしなくてよかったのかもしれないが、反対に、やっていたら、もっと長生きできたのかもしれないなあ……。

 

2013年2月14日木曜日

北朝鮮の……


2月12日、北朝鮮が核実験を実施したことで、どこもかしこも一斉にこの問題を取り上げている。今回は、中国が北朝鮮に核実験するなと圧力をかけている、ということが報じられていたので、期待していたのだが、どうも中国の力がそこまでおよばないのか、それとも本気で圧力をかけていなかったのか、私らにはわからないが……。
それにしても、北朝鮮という国は、私たちの目には、やんちゃで未熟なヤクザのように思えてならない。たくさんのお金をかけての実験だろう。そのお金で、今、飢えに苦しむ国民が、どれだけ潤う事が出来るか、気の毒なのは、何も知らない国民である。

今回は、マスコミでも「北の核実験をやめさせられるのは中国だけだ」「中国はもっと北に圧力をかけろ」「中国は北の核実験をどう考えているんだ」といったことが強まってたので、北朝鮮が、中国の傘下の国であるということは、イヤでもよく分かった。
中国は、北朝鮮が消費する原油の9割以上を輸出しているという。北の首根っこをおさえているようなものだろう。中国政府が北への原油輸出を止めるだけで、北は混乱してしまうのだ。(ま、そんなことは、人道的にもできないだろうが)
何しろ、制裁されれば、偽札つくったり、麻薬を売ったりと、悪さを平気でするし、そのくせプライドだけは一人前、という国だけに、困った存在だ。

話は変わるが、先日TVの中継を見ていたら、石原慎太郎氏が質問にたっていた。あの方の考え方に同調は出来ないのだが、あのだれも恐れない言いたい放題の態度は、聞いていて面白かった。決して「中国」とは言わず、「支那」だ。そんなところが、国民にモテルのだろう。支那に対する態度も、「寄らば切るぞ、という姿勢が大切で、刀は持っておらねばいかん。そして刀は抜いてはいけないが、パチリと、(つば)姿勢だ」と、日本軍隊原爆

「支那の軍隊など、恐れるに足らず。航空母艦など、ロシアの廃棄物を安く買ったしろものだ。あんなもの、役にたつものでない」などなど。「尖閣も、国が買ったから、問題は大きくなった。東京都が買っていれば、さっさと灯台や港も作ってしまえたのに」と、勝手なことも。()

ま、慎太郎さんのような、国会議員がいらしても、いいでしょう。平和日本であるならば……。
 

2013年2月13日水曜日

足腰が……


忙しい一日で、夜も演劇塾に出掛けていたので、もう今日は、(13日)このブログは間に合いそうにない。

今日は、何人かの友人から、電話があった。「お元気そうね」。声だけ聞いて皆さん、そうおっしゃってくださる。首から上で、今のところ衰えていないのは、口くらいなので、口から出てくる声は、元気そうに聞こえるらしい。

「何とか繕いながらやってます。足腰が弱くて、無理ができないの」と言うのが常である。

足は、右の膝が悪くて、正座が出来ないし、腰は、ちょっと無理をすると、痛くなる。整形の先生は、老人性変形性関節炎という診断をくだしてくださった。そして、電気をかけたり、温めたりしてくださった。もう、10数年も前である。それ1回きりで、お医者にはいっていない。病院の帰りに会った知り合いの方が、「私はもう10年もかかっているけど、治らない」と言うので、私はもう諦めた。これくらいのことなら、してもしなくてもいっしょなんだ、と。

それからは、ちょっと運動したり、プールを歩いたり、カルシュームをのんだりしたのだが、良くも悪くもならず、相変わらず、階段の上り下りは、痛いが、平地は何とかさっさと歩いている。

さて、先日来の食べ物の話になるのだが、こんなことが書かれている。

関節炎、骨粗鬆症には、カルシュームより、まず蛋白質】

恒例になると、骨が弱くなってくる。女性ホルモンが減ってくると、副甲状腺ホルモンの働きが活発になって、骨からカルシュームを引っ張り出してしまう。その結果、腰が曲がったり、関節が痛くなったりする。骨と骨の接触部分には、カバーするための軟骨があるが、それが擦り減って、骨同士がぶつかって、骨が変形し、神経を圧迫するようになる。

従って、直すには、擦り切れたカバーを補修する必要がある。その氏裕福の材料は、医者は、カルシュームという。しかし、骨は、カルシュームだが、その土台には、軟骨があるのだ。軟骨は、コラーゲンという蛋白質を心棒ニシテ、プロテオグリカンという糖たんぱく(糖と蛋白質の複合体)を詰め込んで造られる。硬い骨は、コレニグラタンパクという蛋白質の接着剤で、カルシュームを塗りこめて作り上げる。軟骨も硬骨も、まず最初に、蛋白質がなければ、形ににならないのだ。コラーゲンを作るには、ビタミンC、プロテオグリカンを作るには、ビタミンA、グラタンパクを作るには、ビタミンKが動員される。これだけのおぜん立てが整ったら、カルシュームの出番となるのだ。(ビタミンK歯、ブロッコリーや、ピーマンわかめ等に有るが、納豆には、圧倒的に多い上、吸収がよく、使われやすいタイプ)

腰が曲がったり、膝関節が痛い人が、欧米より多いのは、明らかに、蛋白質の不足である。

先日来、私はせっせと卵を1日3個くらいは食べている。基本的に、【蛋白質】の不足は、何によらず、よくないと思うようになったからだ。卵が好きなので、よかったと思っている。(^^)   

 

2013年2月11日月曜日

建国記念日


建国記念日といういかめしい名の祝日が、加わったのは、そんなに古くはない。昭和40年代のはじめ頃だった。

終戦までは、【紀元節】と言う名の祝日だつた。日本の国が、神武天皇以来の神の国であることを、そして軍国主義の国家建設のための意識を高めるためにつくられた祝日であった。

講和条約後、建国記念日云々が言われだした。211日という日をそのままに、建国記念日とすることには、かなりの抵抗もあった。「建国をしのび、国を愛する心を養う」趣旨の祝日を制定することには、反対の動きもあって、復活派との激論もあったので、日をさだめぬまま、作ることは決まった。内閣に審議会を設けて審議の結果、10委員中7人の賛成で「211日」と決まった。(百科事典参考)

今だにこの日には、賛成派、反対派が、集会を開いているのが現実である。

また、憲法を改正して、国防軍隊を云々と言っている政府も、堂々とその必要を説いていた。

【愛国心】というのは、どんな心なんだろう。特攻隊が、象徴しているような、国家主義的なものばかりではないはずだ。

戦後、愛国心という言葉は、教育の場から消えた。消えたけれど、教えられなかったからと言って、国を愛する気持ちがないわけではなかろう。

どんな時代であっても、愛国心は大切と思っている。「私は日本に生まれてよかった。日本の国が良くなるために、政治を変えたい」……という思いがあった。それは、わずかなことしかできなかったが、これも、小さな愛国心だと思っている。

自分の国を嫌い、愛せないのは、悲しいことと思う。

2013年2月10日日曜日

シルバー川柳 その5


☆お若いと 言われ帽子を脱ぎそびれ

ほほほっ。帽子を脱いでも、オツムには皺などないでしょう。益々お若く見えますよ。何といっても皺はいけません。

☆孫の菓子 ひとつもらって諭吉出す

高価なお菓子になりますが、諭吉さんは喜んでいます。諭吉殿が忙しくならねば、日本の景気はようなりまへん。しっかり孫さんに出しましょう。

☆この頃は 話も入れ歯も噛み合わず

話なんて噛み合わなくても何とでもなりますが、嚙み合わない入れ歯は困りますなあ。用をたさないでしょう。入れ歯だけは、腕のいい歯医者さんに。いや、入れ歯になる前から、いい歯医者さんに手入れをしていただくことですね。

☆深刻は 情報漏れより尿の漏れ

困ります。そうならないように、しっかりネジしめといてください。旅行だからって、昼間っから、ビール飲んだりせんようにね。

☆いざ出陣 眼鏡補聴器義歯携帯
 
〝探してる眼鏡あなたの鼻の上〟あ、財布も忘れぬようにね。

☆定年だ 今日から黒を黒と言う

長年ご苦労さまでした。〝黒を黒と言えぬ苦労であたまハゲ〟

☆妖精と呼ばれた妻が妖怪に

お互いさまですよ。〝イケメンと言われた夫がバケメンに〟

☆立ちあがり 用を忘れて立ちつくし

立ちあがるときに「どっこいしょ」なんて言っちゃあいけません。【用】を唱えて立ちあがってください。

☆手をつなぐ 昔はデート今介護

そうなるのが自然なんですね。どちらが介護される身になっても、「結婚とは、介護保険をかけているようなもの」と、思って、安心して介護していただきましょう。

シルバー川柳、これにて終わっておきます。m(_ _)m

 

2013年2月9日土曜日

宗教雑感


以前、旅行先の公園で、一人の女性に声をかけられたことがある。
「すみませんが、あなたの血を清めさせてくれませんか」
「…………」
「お願いします。ほんの一分でいいのですが……」
「はい、どうぞ」

私は単純人間なので、傷つけられるわけじゃない、そんなにお望みなら我が身献上、ということになる。

何もしなくていい……ということだったのに、私は目を瞑って合掌するように言われた。言われたとおりにしているものだから、相手が何をどうしているものやら分からない。彼女が発光体のような格好で、手を翳してでもいるのだろうか……。そんな図を想像すると、おかしくてしかたがなかったが、ことがことだけに私は笑いを堪えていた。
「有難うございました。奥さんの躰の血も、たいへんきれいになりました。血圧もさがりますよ。お躰の調子もよくなられますからね」
「あ、それは嬉しいです。どうも有難うございました」

私は正直に、(あっ、これ以上血圧さがったら、私は倒れてしまうんですが……)とは言わなかった。また拝み直されでもしたら面倒である。

ある宗教団体の方がよく小冊子を持って玄関先に見えられる。「この世はもうじき、戦争も病気も死もなくなり、地球上の生きもの総てが仲良く、永遠に幸せに暮らせる世の中になります」と断言なさる。

この方たちは、どういうときも輸血は拒否、どんな選挙も、この世は神が治めるものという理由から棄権されるとか聞いたことがある。聖書も解釈のしようでは、こういうことにもなるのだろうか……。

実はこんな話を思い出したのは、歯医者さんの待合室で、ある青年が、こんなことを話しているのを聞いたのだ。

「ぼくは、以前交通事故で、半年?ほど意識不明になっていたのだが、ある宗教に誘われた母が、拝んでもらったところ、『おたくの息子さんは、必ず意識がもどってくるから、しっかり信仰しなさい』と言われて、信仰した。そのお蔭でぼくは助かった」……というようなことだった。

常日頃あまり信仰心のない私などは、そういう話を聞いても、それが信仰のおかげとは、なかなか信じられないのだが、その青年も、不思議な出来事のように話していた。

我が家の宗教は、先祖代々の法華宗で、私は毎朝一度はお線香を立てて「南妙法蓮華経」と二、三度唱えて手を合わせる。ただそれだけのことで、決して信心深いとは言えない。

しかし、宗教を全く軽蔑しているわけではない。進化論や科学の発達で、あの世の極楽や天国を否定しつつも、生まれた以上、どうしても死なねばならぬ人間には、何らかの宗教的救いを求めて生きていくことのほうが、幸せなことだと思っている。だから私には私なりの宗教に似たものが、根を張っている。 

私は、この地球という大きな生きものの中で、全ての生きもの、物体は、生かされたり還元されたりしている……と考えている。ちょうど、水の泡が消えて水になるように、私たちは、死んだら地球の一部分になる。そしていつか植物になったり石になったり生物になったり循環していくだろう。そこに脳細胞というものが生じるならば、自然発生的に(生きている自覚のできる)命・感情も発生する。どの命も、全て根源はひとつの地球であるから、地球の続くかぎり、私は生き続けられるということになる。この場合の「私」というのは、むろん今の私とはまったく無関係な別の「私」なのだが。

こういう私なりのテツガク? によると、誰かの言ではないが、地球上の人間は、みんな兄弟であって、……いや、自分自身といってもいいのかもしれない。(この循環説、ちょっと大きすぎて、いつでも誰でもには語れないのが欠点だが……)。

以前、新聞で梅原猛さんの小文を読んだことがある。近代的合理主義や世界観によって、あの世を失ってしまった現代人は不幸だ。昔の年寄りには、亡くなった人たちとの再会と、生まれ変わりという、二つの楽しみがあった。
こうした「循環の思想」にたつと、この世で我侭勝手はできなくなる。自分が生まれ変わって出てくると思えば、環境破壊にもブレーキがかかるというもの。昔の考えをもう一度学び直して、今の技術文明と両立させることが大切ではなかろうか。自分も現代人だから、循環の世界観に、全面同化しているわけじゃないが、年を寄せてきて、だんだんと躰の中にしみ込んできた。顔も知らない実母や、可愛がってくれた義父母、その他親しい人たちにいずれあの世で会えることが、少しずつ楽しみになってきた……。

たしかこんな話であったが、私にはとてもおもしろい話だった。私の循環説と、相容れぬものはあるが、(吹き出さないでください!)現実的な楽しみがあるというのは実にいいなと思った。