格別手のきれいな方がいる。手だけ、映画やコマーシャルに出演させるという仕事もあるらしい。そういう方は、手がお金儲けをしてくれるので、手入れをなさっていて、水仕事だけではなく、夜も手袋をはいて寝るなど、気をつけているらしい。
美しくない手に、綺麗な指輪をしても、かえって醜い手が目立つだけとと思ったので、指輪は私にはタブーだった。
それに、指輪だけは、思い思われるお人に戴いたものでなければつまらない、と思い込んでいたものだから、自分で指輪を買ったことは一度もなかった。
幸か不幸か、このトシまで、指輪を戴けるような関係の男性は、夫のみだったし、その夫からは、婚約した時も、結婚したときも、指輪は戴いていないのだ。戦後のどさくさ時代はもう過ぎてはいたものの、安い月給しかいただけなかった時代だったし、そんなことはどうでもいい時代でもあったのだ。
それでも、結婚したとなると、まったく欲しくなかったわけではない。安物でいいから、記念に一つ……と思ったこともあるのだが、自分から言い出すほどのことでもなかった。
「出雲」と聞いた時、ひょいと、「あそこはメノウの産地ね」と口が滑った。が、別に他意があったわけではない。
しかし、このつぶやきが効いたのだろうか。夫は、珍しく小さな箱に入った指輪を土産に手渡してくれた。
中身は間違いなくメノウの指輪だった。ただ、箱はボール紙なので、高価なものではないのは一目瞭然。出店の先に並んでいたものを手にとって買ったのだろう。それでも私は、にんまりとして押し戴いた。
しかし、どう間違ったのか、私の親指に入れてもくるくる回るほどの大寸である。まさか、自分の指に合わせて買ったわけでもなかろうが、何とも可笑しくて笑いをこらえるのに困ってしまった。どう見ても、メッキものなので、寸を詰めることも出来そうになく、そっと鏡台の引き出しの奥深く仕舞った。
……うまくいかぬものだ。金の指輪は、くすり指の節の手前までしか入らない。
「寸は直せるだろう」夫は落ち着いてそう言ってくれた。売り手にそう言われたにちがいない。
一旦は箪笥の小引き出しに収めたものの、何となく夫に悪いような気分で落ち着けない。(ようし、少しムリしてでも入れてみよう)と思った。
再び指輪を取り出した私は、くすり指に、石鹸を塗り、力まかせに押し込んだ。
こんな因縁いわく付きの指輪だが、二年後には、風呂場でちょっと外したすきに、水に流してしまった。