無事、……と言いたいのですが、やはりアクシデントはありましたが、なんとか同窓会が終わり、欠席者への送り物をすませ、ほっとしています。当日、会のあることをお忘れになっていた方、時間を間違えた方、すってんころりと、転ぶ方などなど、やはり、トシは争えません。やはり、1年という月日の重たさを感じました。
同窓会というのは、それぞれが1年間の変わりようを確かめ合っているふしがあります。『もう車は止めた』とか、『片耳が聞こえない』などと言い合っています。今の自分に合った生活をされながらも、自立した生活、自分が出来る範囲の働きをされているのが、とても頼もしいと思いました。
殆どが教員だった同窓会は、ある程度、よく似た経済環境であって、老後の暮らしぶりもよく似たものと思うのですが、その生き方は色々で、山に魅せられて山歩きを楽しむ方、音楽に生きがいを投じておられる方、孫曾孫に囲まれて幸せを満喫されている方などなど、要はその方に似合った生き方が一番いいのでしょうね。
しかし、同胞たちの急病や急逝に接し、≪明日は我が身かも≫の思いを強くしたことでしょう。
私も、これからは、出来なくなることが一つ一つ増えていき、老害という現実を受け入れなければなりませんが、難しいこととは思いますが、≪自立の心≫と≪優しさ≫そして≪心のお洒落≫は、持ち続けたいと思いました。