2013年7月31日水曜日

心臓


心臓が強い人、というと、まず連想するのは、マラソン選手です。どんな心臓をしているのかと思います。

それは、毎日走り、練習しているので、だんだん心臓が強くなっていったのかしら、なんて思っていました。

しかし、ショッキングなことを書いてある本があります。【スポーツは、命を縮める】なんていうのです。そんなこと、にわかには信じられません。でも、医学的には、ごく当たり前の話だというのです。

ジョギングが健康にいいと提唱して、世界中に広めたアメリカのジム・フイックスという方は、ジョギングの最中、わずか52歳で亡くなったとか。

 
動物が、一生のうちに打つ心臓の心拍数は、総て20億回ほどだそうです。(こんな話を聞いたことがありましたが、あまり信じてはいませんでした)
 
例えば、ネズミの寿命は3年ですから、脈は、非常に早く打つそうです。本には、その理由が書いてあり、読んでいると、理屈では分からぬこともありません。
スポーツでいつも心拍数を増やしていたら、長生き出来ずに、生涯の心拍数を無駄遣いしていることになるというのです。

もし、痩せるために脂肪を減らしたいなら、食を控え、薄着になって、歩くことが一番効果的だということです。

 
でも、私が思うのに、総ての動物が20億回で心臓が止まることが本当なら、もっと、そういうことが研究されて広く皆に知らされているはずと思うし、スポーツとの関係も、研究されているはずと思うのです。

ま、心臓はまだ働けるのに、病気で亡くなる人たちが、ほとんどなのかもしれません。心臓のことより、健康のためにスポーツを、ということも言えると思いますが、要は、心臓でも何でも、あまり酷使しないのがいいのかもしれません。

 
私のように、スポーツに縁の無い者は、20億回を使い切るのは、難しいということのようです。()

2013年7月30日火曜日

友情


友達が大勢いるというのは、とても有難いことだと思う。義理・儀礼ではなく、親しい間柄というのは、特別に性格が似ているわけでもないし、むしろ、反対の場合もあるのだが、それでも、電話で話していても、会っていても、用心することもないし、自然体で肩が凝ることもない。

 
長年一緒に勤めていても、あまり性の合わない人というのもいて、勤務先が変わったりすると、もうそれでお終いという方もいるし、反対に、たった1年か2年の勤務であっても、その後、長くお付き合いしている方もいる。

 
こうしたお付き合いも、【無理】は禁物で、お付き合いが重なるほどに、苦手な相手となってしまうということもあるだろう。そういう方とは、自然に遠くなっていくしかない。

 
昔、苦い経験がある。退職後、ぱったり会った方から、ひどく懐かしく思われて、家によく遊びに来てくれたのだが、トシとともに、個性が強くなって、お付き合いが苦痛になってしまったのだ。

家族もなく、独り身で友達の少ない彼女のことを思うと、我慢しなければと思いながらも、お付き合いは、遠のいていった。

 
彼女は私より若かったが、もう10年も前に、事故で亡くなられた。彼女の生活が変わっていたものだから、隣近所の方とも、まったく孤立していたらしい。気の毒な方だ。友達もなく、孤立するような生活というのは、自業自得かもしれないが、幸せにはなれないようだ。

 
もっと、彼女のために、親身になって意見を言うなり、生き方について議論するべきだったのかと、思うこともあったが、多分、それは無理だったろう。いろいろな生き方があって当然。法にふれるようなことをしたわけではない。自由に生きた彼女は、満足しているかもしれない。

2013年7月29日月曜日

長寿世界一


先日の新聞に、【日本人女性の平均寿命86.41歳、男性 79.94歳、長寿世界一返り咲き】と公表されていました。これは、去年2012年の数字です。11年には、東日本の大震災のために、多数の死者が出たことで、香港に、トップを奪われていた女性が、再びトップになったということのようです。平均寿命は、これからも伸びていく可能性がある、としています。

男性の方は、世界五位だそうです。これは、遺伝子の関係なんでしょうか。女性が男性より長命というのは、世界的な傾向のようです。

この数値には、寝たきりの人も含まれていますから、私たちの望む【健康寿命】については、2010年では、女性73.62歳、男性70.42歳だそうですから、平均寿命から考えますと、男性より、女性の方が、寝たきりや、介護を必要とする年数は、多いということになります。女性の方が、しぶとく生きているということでしょうか。()

いずれにしましても、平均寿命よりも、健康寿命が大切と思うので、今からは特に転倒などして、寝たきりになったりせぬよう、気を付けたいと思っています。

2013年7月28日日曜日

整理の日


朝から晩まで、何の予定も無く、一日中、好き勝手にしていていい日というのがある。今日がそんな日。

まず始めたのが、台所の食器棚の整理。かなり押しくらまんじゅうの状態になっている。いらないものを捨てようと思った。

あるわあるわ。まずビン類。佃煮などが入っていたり、ラッキョウが入ってたような小壜を貯め込んである。何かに使うことがあるかもしれないと思って、捨てずにしまってあったものだが、使ったためしがない。思いきって全部捨てることにした。町で決められた『ビン類』の袋に入れると、けっこう重たい。20個ほどあった。

つぎは、食器類だ。使えそうもない銀行からの頂き物のお皿やコップだとか、趣味の合わない頂き物の器など、かなりある。

焼き物や器には、興味があるものだから、窯場など覗いて買った物でも、使って見ると、使いづらくて、用をなしていないものもある。そんなものも、思い切って捨てることにした。

我が家は、よく10人ほどの集会に使うので、器の数はかなりある。コーヒーカップなどは、何種類かあるのだが、1つ割れ、2つ割れして、まともに5脚揃ったものはない。でも、いろいろなカップでお出しするのも、また楽しいものだが、つい、棚の手前にあるものばかりを使うことが多い。

新しい未使用の箱入りものは、バザーに出せるので、置いておくことにする。もう10年も棚の隅で眠っているものがある。これも、『ガラス類』の袋に。勿体ないと思って捨てないでおくと、身辺整理は、何時まで経っても出来ない。

おっとっと。手が滑って、砥部焼の茶碗が転がった。私のいつも使っているお茶椀だ。でも無事だった。ホッ。

愛媛の松山に知人がいて、何度も訪れた。帰りは、必ず砥部に立ち寄って、砥部焼をみるのが楽しみだった。何か買って帰るのだが、砥部焼は分厚くて重いが、温かみがあっていい。砥部焼の食器をいつも使っているのだが、少々乱暴に扱ってもカケたりしない。

知人が亡くなって足が遠のいたのだが、砥部焼の器を手にすると、ときどき知人の顔を思い出す。また、砥部を訪れて、あの独特の色遣いや模様の焼き物を鑑賞したいと思っている。

2013年7月27日土曜日

睡眠


トシをとったら、眠れないとよく聞きます。私はよく眠れますから、人それぞれかと思います。毎晩、夜遅く12時過ぎて寝ますと、簡単に眠ってしまいます。5.6時間は目の醒めぬまま朝を迎えます。熟睡した、と思えるので、睡眠不足ではないと思っています。
ただ、トシをとってからは、居眠りすることがあるので、自分で思っているほど、熟睡していないのかも分かりません。

よく言われているように、十分な睡眠時間が確保できないと、健康にも、よくないということですから、眠たくなれば、昼でも夜でも横になることにしています。

睡眠中でも、身体が休んでいるわけではなく、呼吸もしたり、汗もかいたりしているわけですから、エネルギーは、使っているし、新陳代謝もおこなわれているのですから、年寄りは、長く寝ていたら、疲れるから、目が覚めるのかもしれません。そういう学者さんもいるわけです。『睡眠ダイエット』というのもあるそうです。若い人向きですね。寝ているだけで痩せられるなんて。()

不思議なことに、浅い眠りのときは、脳は、かなり活発に動き、夢もよくみますが、身体の方は、死んだようにぐっすりと眠っているそうです。
反対に、深い眠りのときは、全般的に脳の活動は単調になり、活動パターンは少なくなり、その代わり、身体の方は、ゴソゴソと寝返りをしたりしてよく動いているので、脳と身体は、それぞれが分担して休んでいるのでしょう。

知人Fさんが先日、「私は幽霊など信じてるんよ。金縛りになることがあるもの。だから、寝るときは、仏壇に手を合わせて主人に、出てこんようにしてよって、頼んで寝る」とおっしゃいました。()

私はまったくそういうことは信じていないし、金縛りなどの経験もありません。
さっそく、帰ってから調べてみますと、ありました。『睡眠麻痺』というらしく、これは、浅い眠りの途中、突発的な目覚めで、本人の意識は、まだ夢の延長にあり、幻想的で非現実的な幻覚がよく生ずるのだそうです。だから、幽霊を見たとかいうときには、金縛りがつきものだそうです。一種の睡眠障害ですが、心配なく、誰にでも起こりうることだとか。

個性というか、遺伝子の違いというか、少ない睡眠時間でも、平気という人もいます。かのナポレオン。そして日野原先生は、短眠で、偉大なお仕事をされています。(ただ、こうした方は、まれであまり偉い人には少ないそうです)

反対に長眠型で13時間は寝ないと、しんどくて身がもたないという方もいるらしく、こんな遺伝子を持っていては、これまた困ってしまいます。残り11時間で、3度の食事してたら、ほかに何も出来ません。私、普通で良かったです。()

2013年7月26日金曜日

五人会


女学校の同級生が、4人、遊びに来てくれた。選挙の前に、来てくださるはずだったのだが、私の都合で今日まで延ばしていただいたのだ。「ご苦労さん。残念だったなあ」と、それぞれに慰めの言葉を頂いて、ひとしきり、選挙にたいする民意の低さや、自民党や安倍さんの悪口に花が咲く。()
日常、悪口など言いたくない私だが、こんなときは人が変わるのか、口から泡が飛ぶ。くくくっ。

やっと腹の虫がおさまって、どこかに美味しいものでも食べにいこうということで私の運転で5人が出発。行き先は運転手任せと言う。
運の悪いことに、1軒目「本日臨時休業」の立て看板。2軒目「改装中のためお食事は出来ません」とのこと。3軒目は女性がふたり、玄関先で立って、張り紙を読んでいる。何となく悪い予感。建物の横の駐車場に車を止めて玄関に近づくと、二人が振り向いて曰く。「お宅さんたちもお食事にいらしたんでしょう?7月中は、休業なんですって。せっかく車でいらしたのにねえ」と、優しい声で同情してくださる。まあ、こんなに運のよろしくない日も珍しい。
致し方なく、もう何でもいいや、ということで、車をそこに駐車したまま、近くの中華料理店に行くことにした。昔よく会合に利用したことのある懐かしい店だ。デザートから珈琲までついて1000円也の定食に満足。
一杯になったお腹を抱えて店を出る。

帰ってきて再びおしゃべり大会。話はおのずと健康寿命の話になる。今の健康を、いかに保持していくか、それぞれが、良く似たようなことをして、頑張っている様子がうかがえた。
皆さん、今の自分を幸せだと、感じていることにホッとする。申し遅れたが、5人ともゴケさんだ。亭主に死なれている。もう、この歳になると、夫婦が共に健康という人は少ない。それぞれ、年上の連れ合いさんだつたので、無理からぬことだろう。
 
口をそろえて言うことには、「家で何もせずにボケッとしていたらすぐに惚ける」と。皆心得ているのだ。

でも、だんだんと、頭や体を動かすことが大そうになってきたと言う。ごろりとしている時間が増えたと。そして「だって823もになるんだもの。しかたないよね」だ。
(よよよっ、ちょっと待った)と言うべきか、同感すべきか一瞬迷う。
「ま、ボケの近道は何もせんとゴロリが一番ええやろな」と言った。

ごろりごろりは良くないことは皆さん知ってる。でも、何にも興味が無くなると、何もしたくなくなるのだ。

「そごうに行っても、買いたい服もないし、お洒落もしたくないし、本も目が疲れるので読みたくなくなるしなあ」

そんなこと聞くと、じきに元教師は説教したくなるのだが、我慢する。
「ま、人それぞれだけど、こうしておしゃべりしたりすることも大切だから、またときどき集まっておしゃべりしようよ」と言うと皆さんが、「あんたが迷惑でなかったら、いつだって集まってくるわよ。忙しいあんたに合わすから、いつでもお願い」と元気におっしゃる。

集まることの楽しさは、集まってみなければ分からない。「いくら誘っても、Sちゃんは動かない」「Aさんは、人前がイヤらしい」などなどを聞くと、内容はともかく、おしゃべりの出来ることは幸せなのだと思う。

これからは、一緒にトシをとっていく仲間が、揃って健康寿命を延ばすために、どうしたらいいかを、一緒に考えて行きたいと思う一日だった。

2013年7月25日木曜日

獲らぬ狸の……


【獲らぬ狸の皮算用】という諺がある。もし、宝くじで3億円当たったら……、なんて使い道を考える、といったように、罪のない ものが多いようだ。
 
昔、幼い孫ふたりに、「お婆ちゃん、もし3億円当たったらどうする?」と尋ねられたので、「あんたたちに1億円ずつあげて、パパとママに残りの1億円あげる」と言うと、上の孫は「それは婆ちゃんに悪いから、分け方を変えて」と言われ、下の孫は、「私の貯金箱に入るかしら」と、貯金箱を持ってきて私に見せた。(笑)
 
宝くじなど買ったことのない私だが、そのとき思った。ほんまに棚からぼた餅ならぬ3億円が落ちてきたら、えらいこっちゃなあ。どなにしょう……。()

 
大胆な金融緩和で株が上がり、大企業やお金持ちの懐が膨らむと、やがてその恩恵が社会全体にこぼれおちる、と言う考えが、安倍さんの算用らしい。これは罪のないものではない。失敗すれば大罪だ。
以前、小泉政権時代の景気拡大は、格差を広げ、職を失った人が増えただけだった。アベノミクスも、狸の皮算用にならないことを願うばかりだ。

 

2013年7月24日水曜日


今日も、ボケーッとした一日だった。結構色々なことをしたのだが、考える事をしなかった、というべきかもしれない。

私の性格は、諦めがいいし、くよくよと考えないし、愚痴をいいたくないし、ストレスをためない、といった楽天家の極楽トンボなので、今回の負け戦も、誰よりも早くに平常心に立ち直っていると思う。()

ただ、この暑さ、そして「疲れは後からやってきた」のか、身体の節々、特に腰と手足の関節がだるくて、体重が10キロも増えたような感じでうろうろしている。

つくづく思うのだが、私がこの歳まで、精神的に、まあまあ健康だったのは、私の脳が適当に、のほほんとしているためだろう。これが反対に、打てば響くような立派な脳だったら、ストレスもたくさん溜まるし、健康も損ねていたかもしれない。

 
話は変わるが、脳といえば、「脳の能力は、10%しか発揮されていない」そうだ。すなわち、人間の体をコントロールするには、脳の10%で事足りるということらしい。しかし、1000億個ある脳細胞の残り900億個は何してるのかというと、基本的には、一応全部使っているそうだ。

ただ、脳が乗っている乗り物は、人体なので、大切なのは脳ではなく、人体であって、人体が、もっと素晴らしい乗り物であれば、10%ではなく、もっと脳の能力が、発揮できる、という、何ともややこしい話になりました。()

 

2013年7月23日火曜日

いうことなし


かなり疲れているのか、お風呂の中で、うとうとしたらしい。出てみると、日付が変わっている。 おまけにおなかも空いている。

夜食にゆで卵を1個食べて、パソコンの前に座った。()

闘いすんで、何も語ることはないのだが、皆が一生懸命にやった運動なので、言うことはない。ただ悔しいだけである。この結果が、徳島・日本の民意なのだから、仕方がない。願わくば、自民党のおっしゃるように、よい社会、幸せな社会が来ることを願うばかりである。

応援してくださった方たち、本当にありがとうございました。m(_ _)m

今日、いや昨日は一日寝ていたい気分だつたのだが、そうもしておれず、まずは、痛めた腰の調整にと、治療院へ行った。

帰ってから一日がかりで、部屋の片づけと掃除、冷蔵庫の中の整理をした。

そして涼しくなってから、あまりにも伸びた草を、せめて玄関の近くだけでも抜いておかねば、と思って、暗くなるまで草抜きをした。

夕食後お風呂にはいったのだが、腰が痛いものだから、よっこらしょ、どっこいしょと、立ち居振る舞いがのろのろ。おまけに眠たくてしかたがない。終いは湯船の中で、じっと気持ちよくつかっていたのだが、寝てしまった。()

今は、目が冴えているのだが、もう横になろう。皆に、「疲れは後からくるよ」と脅されている。おやすみなさーい。

2013年7月21日日曜日

官僚・マスコミに騙されていませんか?


日本の財政について興味深い記事が載っていた。

日本政府は、7月14日の閣議で、経済テコ入れを優先するため財政赤字(公的債務)の総額を減らす努力を2020年まで行わず、21年から赤字削減に努力することを決めた。しかし日本政府は、累積財政赤字に関する長期予測を2023年の分までしか持っていない。2024年以降の日本の財政赤字がどうなるか、日本政府はまったく予測を立てていない。

日本政府の累積財政赤字はGDP比220%で、先進諸国の中で最悪だ。それなのに政府は、景気回復を優先するとの口実で、2020年までは財政赤字の削減努力をせず野放図に赤字増を続け、21年から努力を開始するものの24年以降の分については赤字予測すら立てていないで不明確なままだ。財政赤字の長期展望について、民間の研究者は予測を出しているが、日本政府自身は何も予測していない。景気が悪いときに財政緊縮策を一時的にやめるのは納得できるが、緊縮策を再開した後にどう緊縮していくかという長期展望を立てないのは危険だとWSJは警告している。

10年後までしか考えていない日本と対照的に、米国のCBO(議会の予算事務局)は75年先までの財政予測をしている。

今はまだ日本国民の貯蓄率が高いので、日本人の貯蓄が金融機関を通じて国債購入に回り、日本国債の9割以上が国内の買い手だ。しかし貯金が多いのは、雇用が安定して貯蓄が比較的容易だった終身雇用時代を生きた中高年(団塊の世代)だ。今の若年層は、雇用が不安定で貯金が少ない。日本の貯蓄総額は減少傾向にあり、国債を国内の買い手でなく、外国人投資家に売る比率が高まる。国内の金融機関は日本政府の監督下にあるので買った日本国債を売らないが、外国人は国債を安く買いたたこうとして債券相場を揺るがし、国債金利を引き上げかねない。GDP比350%という返済困難な財政赤字は、非現実的な数字でない。

 

日本政府が財政赤字の長期予測を出していないと指摘するWSJの記事を読んで私は「やはり日本政府(財務省、官僚機構)は、財政赤字を意図的に増やしてきたのだな」と感じた。私は以前から、質素倹約を重視する日本人の民族的気質と、ここ20年ほどの財政赤字の野放図な拡大は矛盾していると考えてきた。世界的に日本人と並んで質素倹約を好むドイツ人は、EUの緊縮政策を先導しており、民族的な気質と政府の言動が一致している。

日本政府が1980-90年代以降、財政赤字を意図的に増やすようになった背景には「対米従属」の国是があると私は推察している。70年代から米国が財政赤字拡大の体質になり、経済大国となった日本が強い財政を持っていると、日本が米国より健全になってしまい、日本が米国の下位に居続ける日本の対米従属の国是が維持しにくくなる。だから日本の官僚機構は、過疎地での(地元の雇用の一時的な増加以外に意味のない)無意味な公共事業の大盤振る舞いや、90年代の不動産金融バブル崩壊の悪影響を長引かせて「失われた20年」を演出したりして、日本の財政や金融の体質を意図的に弱くしてきた。そのような私の分析をふまえると、日本政府が10年以上先の財政赤字の予測を出さず、赤字が減りにくい状態を作っているのは納得できる。

明日の参議院選挙で、自民公明の連立与党が衆参両院の過半数を制すると予測されている。参院選挙は「アベノミクス」に対する国民の信任とみなされるだろう。アベノミクスの3本の矢の1本目が、財政赤字を増加させて大きな景気対策をやることだ。短期的に、日本人の何割かは懐が豊かになり、歓楽街の人々も喜んでいる。しかし長期的には、日本の財政破綻や金融危機のリスクが増している。そして、このリスクは官僚機構にとって意外なことでなく、日本が対米従属を維持するために米国にひけをとらない弱い財政体質を持つための隠れた政策の「成功」を意味している。


アベノミクスの2本目の矢である日銀の量的緩和策(円を大量発行して国債などを買い支える)も、米国債の崩壊を買い支えによって止めている米国連銀の量的緩和策(QE3)を支援するためのもので、対米従属の国是に沿っている。後略

以上が事実なら、やはり、日本は、官僚王国なのだ。官僚のままに動く安倍政権。そして、つぶされて行く日本。

どちらにしても、何が何でも、安倍に矢を放たなければいけないのが、今回の参院選挙だろう。マスコミは、官僚の一部か、非常に民主には厳しい。民主党のやってきたこと、「人にやさしい政治」を、思い出してみよう。新しい政権になって、私たちの生活は、まずしくなっているのだ。

これをお読みの皆さんは、棄権などはしないと信じています。今からでもどうか、選挙に行かないなどと言う方たちに、是非、投票場に足を運んでいただくよう、お願いしてみましょう。お願いします。

 

 


 

2013年7月19日金曜日


事務所では、なるべくお金をかけずに、美味しいものをと工夫しながら、4人ほどで賄のお手伝いをしているのですが、その中の先立ちのTさんを中心に、これでああしよう、こうしたのがいいかな、と言いながら、やっています。余れば勿体ない、足りなければ困る、ということで、臨機応変に、作り足したりしながら、皆さんの食事が終わるとホッ。

バイキングのように、いろいろと作っておきますと、好きなものを、入れてあがってくださいます。

皆さんも慣れていて、手際よく、大きなお皿に、あれこれと入れて召し上がってくださいます。特に人気があるのは、Tさんの作るカレーです。よく食べてくださいます。野菜の煮物も人気メニューてすし、味噌汁も、美味しいようで、カレーに味噌汁、お皿には焼き茄子、胡瓜の酢の物、干し大根の煮つけ、高野の煮つけ、ごうやの佃煮、野菜サラダ、ゆで卵、そのほかいろいろと盛りつけて食べている様は、ちょっとちぐはぐなものですが、皆さんは、どれも食べたいので、ちょっとずつでも、ということになるのです。

そんな中で、私は、「ゆで卵もどうぞ」と、よくお薦めするのです。中谷応援隊には、元気で頑張ってもらいませんとね。

「卵は、朝食べてきたから」なんて聞くと、「私は1日3個は食べてるのよ。大丈夫よ。」と。それでもコレステロールを気になさる方には、三石理論を印刷してあるものを差し上げて読んでもらっています。次の日から、目に鱗で食べてくれるといいのですが、そんな方ばかりではないですが。()

私は、もう半年以上、毎日3個は食べているので、卵の効用は、出ています。人それぞれに、違いますが、今まで行きわたっていなかった部分に、蛋白質が回っていくのでしょう。私の場合は、頭の髪の毛のコシが強くなりました。毛がしっかりしてきたのでしょうね。太くなったせいか、髪が増えたような感じになりました。美容院の先生にそう言われました。

お節介な私は、自分がいいと思ったら、薦めたくなるので、私の友人知人で、卵を食べ始めた方がかなりあります。口だけでは分かりにくいと思って、ブログに書いたようなことを、B5用紙10ページに書いたものを差し上げています。「読んでみたら、良く解ると思うよ」と。ひとりでも、卵のおかげで、健康になれたら、こんな嬉しいことはありませんものね。ま、こんなお節介も、趣味のうち。笑ってください。ふふふ。

2013年7月18日木曜日

輪をひろげよう


毎日読んでくださる方には、何となく申し訳ないのですが、パソコンの前に座ると、つい、中谷応援を書きたくなってしまうのです。()

とっぷりではないけれど、一日の内、何時間も関わっているものですから、そのことが生活の中心のようになっていて、何を書いていても、そこに結び付けてしまうのです。昨日のように……。(笑)

何しろ新聞は、民主が負ける、と決まったように書かれるものですから、気が気でありません。

今夜は、私の地元で集会がありました。ご本人だけでなく、仙谷由人氏や、高井美穂さんが、応援弁士としてお話されるので、この機会に、一人でも多くの方たちにと、近くの知人に呼びかけましたが、皆さん、用事があったり、夕食の用意とか、夜は大そうだ、とかで、腰が重いようでした。

考えてみますと、力入れてる私等の仲間は別の人種なのかもしれません。わざわざ、話聞きに出かけるほどのことしなくても、選挙は出来る、というのが普通の人たちの考えなんでしょうねえ。多分心の中では、『新聞やテレビでみたら、大体のことは分かるわ。人物も分かる』と思っているのでしょう。
 
ある方が言いました。「ほら、政治家としての力も熱意も、候補者4人の中では中谷がナンバーワンだわ。TVで言いよること聞いても相手とは、競争にならん。だから、私は中谷入れるんよ」と。
もし、会場にきて、話を聞いてくださったら、「これは、何としても中谷を勝たせたい、勝たせにゃ、どんならん」と思うにちがいないと思います。このまま、自民党が勝ってしもたら、徳島も日本も、ようなっていかん、ということが、よく分かるはずです。

現に、安倍さん一人がようなったようなったと騒いでいるけど、何がようなったんか、さっぱりわからんし、悪くなったことは、なんぼもあります。このままやと、ドスーンと、落とし穴に落ちる日がくるにちがいないのです。

そういう気持ちになってくれる人が増えると、友人や家族や近所の人たち、親戚の人にも、「やっぱり民主党の議員出てもらわな、将来困るよ」と、そのわけを話したくなるし、支持者の輪が広がっていくと思うのですが……。

2013年7月17日水曜日

猛暑大歓迎


猛暑続きで、何となく疲れが溜まった感じ。仕事をしているエアコンのない炊事場と、廊下を挟んだエアコンの効いた食事室と、行ったり来たりしているので、冷え過ぎることはないのだが、それでもいつもの夏よりコタエル。暑さで気分も緩むのは致し方ないが、今年の夏が越せるか、と、(本気ではないが)気にしている。()

 
去年までよく着た夏服が、とても暑苦しく感じる。ぴったりと肌にくっつくものは、着る気になれないのだ。肌触りがサラサラのもので、何もかもがゆったりした服。ラクチン服ばかり着ている。ハンガーにぶら下げた服の数は、安ものがほとんどなのだが、数は多い。でも、そのほとんどは、袖を通さず、3,4枚をくるくると回し着している。もう、お洒落する気も失せるのだ。

 
まてよ。今は、指折り数えて待つ21日の日曜日だが、民主候補者中谷智司は、「今年の夏は、暑いほどいい。暑さなんて、吹っ飛ばす。元気だけは、誰にも負けない」と言っていたっけ。相手候補が暑さにバテても、智司はバテない熱血漢。暑い夏大歓迎なのだ。私も大歓迎しなくっちゃ。()

2013年7月16日火曜日

自分のために


ボランティアというのは、色々な種類もあるのだが、基本的には、他人が困っているときに、「力になりたい」と思って、無償で働くことだろう。震災地、災害地に出かけるなどは、まさしくボランティアである。そのほか、海外にまで出かけて、貧しい人たちのお世話をしたり、自然保護のために活躍している、などなど、数え切れない。

が、政治の世界で、今、私がしているようなことは、ちょっと意味合いが違うようにも思う。ただ、賃金などいただかずに、候補者のために「力になりたい」と働くというのは、「候補者が困っている」からというよりは、政治家として、この方に当選して頂くのが、国のため、私たちのためだ、という期待と願いから、やっていることなので、災害地に行くとか、独居老人のお世話をする、といったボランティアとは異なるだろう。直接人助けをしているわけではない。相手陣営にとっては、私たちのような者はマイナス行為だろう。

だから、どちらかというと、自分たちのためにやっている、というのが本当だろう。(無論、人助けのボランティアも、自分のためにしている部分もあるのだが……)

ま、あまり硬苦しく考えずに、ボランティアなんて言っているのだが、猫よりましな私なので、自分なりに、ちゃんと他人に必要とされているという実感もあるのだ。これは、とても大切なことだと思う。誰かに必要とされていることは、生き甲斐にも通じることで、そうした仲間との絆もでき、優しさや、心の触れ合いもあって、癒されるのだ。

大きなことは出来ないが、地域のことであれ、何であれ、小さな事であっても、ボランティア的な仕事に参加することによって、友達も膨らむし、自分一人で生きているわけではないことも、実感出来る。

ちょっとでも、【だれかのお役にたつことが出来るのは、幸せなこと】この実感は、間違いなく感じられるのがボランティアの醍醐味だろう。健康で長生きできるかもね。(^^)

 

 

2013年7月15日月曜日

話上手と話下手


私とよくいっしょにいるF子さんは、私より1歳年上の、色白の美人です。とてもお年には見えません。

社交上手の話上手で褒め上手です。逢う人ごとに、笑顔で挨拶するなり、何かをすぐに褒めます。「どしたん。ちょっと見んまに綺麗になったでえ」「そのネクタイ、よう似合うとるなあ」「この頃、若がえっとるでぇ」などなど、傍にいても感心します。

そんな彼女と、もう20年もお付き合いしているのですが、性格は、あまり似ていないのです。私は話下手の部類です。「ああ、綺麗な色目の服を着てられるなあ」と思っても、口にはなかなか出てきません。うまく褒めることができません。その真似をせよと言われても出来ません。()

F子さんと気易い私は、「貴女は、よくそれだけ褒めことばが次々と出てくるなあ」と感心して言いますと、「私は、思ったことしか言わない。綺麗と思うから口に出てくる」とおっしゃいますが、そうばかりではなく、サービスというか、相手を喜ばすことにも、心配りをしているのでしょう。私には、そこまでのサービス精神がないのでしょう。()

よく、「私は話下手だから、損ばかりしてきた」とおっしゃる方がいます。たしかに話上手な人は、得かもわかりません。でも、話下手と思っている方は、聞き役に回ることが多いせいか、聞き上手になることが出来るように思います。

ただ、聞き上手になるためには、いくつかのポイントがあるでしょう。
相手の話に耳を傾けて聞くとか、あいづちを打つ、とか、言ってみれば、一生懸命に聞いてあげる、ということです。それが相手に分かってもらえれば、相手は嬉しいと思います。

ですから私も、聞き上手になろうと思っていますが、はたしてどうでしょう。なれるかしら……。(^^)

2013年7月14日日曜日


字を書くのが下手な私だが、読めないような字は書かないようにと心がけている。

しかし、世の中には私と反対に、とても字の上手な方が、読めないような字を書く方がたまにいらっしゃる。

お手伝いに行っている選挙事務所でもよくある。「このはがきの方の名前、何という字でしょうか」と、周りの方に尋ねても、だれも分からない。しまいには、住宅地図を開いて、住所、番地をさがして、名前をさぐったりする。「読めない字は字ではない」とあるお方が言っていたが、ほんとにそう思う。

昔、私の生まれた家は、町の小さな印刷所だった。文選工さんが、原稿の字が読めなくて、父に「大将、これ、何と言う字ですかねえ。まったく、字の巧いのが崩して書くと、何書いてあるか分かん」なんて文句言ってたのを思い出す。間違いの印刷をして、刷り直しをしていたこともあった。

刷り直しが出来るものはいいが、できないような本の場合など、以前にも書いたが、(6月24日 校正)困ってしまうのだ。

【誤植読本】には、こんなことも書いてある。

『明治32年5月、当時の読売新聞が、ロシア皇帝について書いた社説の中に、「無能無知と称せられる露国皇帝」という一句があって、大騒ぎになった。社説の筆者は、全能全知と書いたのに、全の字を崩して書いてあったため、無と読み違えをしたのだ。それがそのまま各関門をパスして印刷、配達されてしまったというもの。これは、国際問題にもなりかねない、とあって、空前の【訂正号外】が発行された』と。
笑うに笑えない間違いだ。()

ヘタでも読んでいただける字を書くにかぎります。(^^)

 

2013年7月13日土曜日

お手伝い


選挙のお手伝いというのは、色々ありますが、公示前は、皆さん手弁当での、はがきや、書面の発送作業が主な仕事となりますが、選挙が公示されますと、仕事が限られてきます。法定数の郵便物には、証紙を貼らねばなりません。
また、電話作戦というのもありますし、外に出て、活動する方もおられます。そしてそうした方たちのための、食事作りというのがあります。お金のたくさんある候補者は、専門家を雇ったり、おいしいお弁当をとるということもできますが、お金のない民主党は、そうはいきません。決して贅沢なものではありませんが、差し入れてくださった野菜などを煮炊きしたり、カレーを作ったり、田舎料理というか、おふくろの味のようなものを作っています。ま、お弁当を用意することもありますが、それでも一応煮炊きしたものは用意します。
言うのははばかられますが、とても人気があります。おふくろの味や、野菜の煮炊きしたものには、若い方にも魅力があるのです。コンビニ弁当や、インスタントに慣れているのか、とても喜ばれるのです。

私は、殆どの場合、公示後は、炊事場で働いています。電話は、心理的にとても疲れますし、ストレスがたまります。私自身、選挙の電話を頂いたときのことを考えますと、電話をいただいたから投票する、など、考えたこともなく、自分の思う人物以外は、投票しません。電話作戦は無駄とは思いませんが、「よろしくお願いします」よりも、「なぜ、投票をお願いしたいのか、その理由」を説明したくなります。しかし、電話の相手の多くは、後援会に入っていただいた方や、支援してくださる方たちです。まして知人友人は、私の支援活動を殆ど知っていますし、ご自分で判断される方たちばかり。私が、電話より、炊事をお手伝いしたいわけは、そういうことなのです。

先ほど、友人から電話がありました。「ご無沙汰してるけど、いそがしいてごめんよ」「そうね。参院選やもんな。あんた、よく頑張るなあ」「ほなって、中谷さんが負けたら徳島県どうなる?日本変えていけるような人物、おらんようになるよ。それにお灸据える人おらんようになったら、自民党に暴走されるやないの。日本や孫やのこと、考えて頑張っとんよ。ふふふっエライやろ。民主党のええとこ、宣伝しとってよ」「わかっとるよ。兄弟にも、親戚にも言うたるけん頑張ってな」と。こういう電話は、こちらからもよくします。()

とまあ、こんなことくらいしかできない私ですが、心底日本を案じている婆さんなので、人に笑われながら、頑張っている次第であります。(^^)

2013年7月12日金曜日

薬嫌い……


医者嫌い、薬嫌いの私は、ほとんど薬を飲むことがありません。検診も受けていません。年に1度、血液検査をしていただく程度です。風邪だな、と思っても、熱が出なければ、流感じゃないと、自分で判断してちょっと静かにしていると、治ります。首を痛めて病院に行ったときは、痛み止めをいただきましたが、それもひどい時だけ飲んだきりでした。

あとは、寝付きが悪い時に飲む誘眠剤をたまに飲むくらいでしょうか。それも最近は、無用になりました。眠くなって寝床につきますから、薬はいりません。

こう書きますと、いかにも健康体のように思われますが、決してそうではありません。膝痛と腰痛の持病持ちですし、朝、目がさめますと、身体の節々が痛く、暫くごそごそとしなければ、すぐに起きても、あちこちが痛く、洗面もままなりません。やっと「ああ、今日もなんとかなるなあ」という気分になるには、半時間もかかります。こんな病気は、神経痛と言うのでしょうか。お医者にみてもらっていないので、自己診断ですが。それとも、血の流れが悪いので、節々が痛くなるのでしょうか。()

ただ、脳こうそくのような兆候がみられたら、すぐにお医者様にみていただくつもりです。ころりと逝くのならいいのですが、寝たきりになったりしては、困るからです。

腰も膝も、無理をしなければ、傷みも大したことなく治まっていますから、薬は飲みません。飲んでも治ることはないと思うと、少々の痛みは我慢しようと思うのです。

というのは、薬を飲み続けると、だんだん効かなくなってくるということで、辛抱出来ない痛さのときに、薬が効かないなんてことになったら困ります。何しろ、腰痛だの関節痛だのは、死ぬまでのお付き合いと覚悟しておりますから。()

そんなことより、しっかりと運動などして、筋肉を強くして、腰痛を直すことを考えよ、と叱られそうですが、以前は、水泳もしましたが、あまり効果もなく、冷えて反って悪いことも知りました。ま、今更という気もあってか、運動はあまり出来ません。

ま、薬は飲みませんが、健康には、気を付けているほうだと思います。死ぬまで自立していたいので、小柄で太めの私ですが、体重は、52キロをオーバーせぬよう、注意していますし、一日の歩数も、5000歩は動くようにと務めています。5000に満たない日は、なるべく歩くことにしています。特別に歩くと、もつと増えますが、歩きすぎると、夜、足が攣ってしまいますので、ほどほどにしています。食事も、なるべくバランスよくと思っています。

よく、皆さんに、「元気やなあ」と言われますが、内心は、元気やないけど、元気にしてるだけ、と言いたいのです。これはやはり、することがある、ということだと思います。嫌々するのではなく、したいことだけをしている、ということで、身体も動いてくれるのだと思います。

……といったようなことで、日々なんとか生きています。(^^)

2013年7月11日木曜日

レンタル


美容院、治療院、銀行といったところでの待ち時間は、そのへんにある新聞雑誌、週刊誌などを手にするのだが、先日、面白い記事を見付けた。

……江戸後期には、「貸しふんどし屋」という商売があったとか。当時は、長屋住まいの庶民は、お金もなく、家が狭いので、夏は蚊帳とか冬は火鉢などレンタルで用をたしていたらしいのだが、衣類も花嫁衣装からはじまって、ふんどしまで、ということらしい。ふんどしなど借りてどうなるの?と思って読んでみると、当時のお金で60文(1500円)で、洗いたての6尺ふんどしを貸してくれたというから、ある程度収入のある、お洒落な独身男性が借りたのだろう。
今なら、高級パンティーのレンタルだろうが、考えられない。()

そのあとがまたふるっている。 

使っているうちに、古びてくるのは致し方ないのだが、あまり古くならないうちに、染めて仕立て物にして、古着屋などで売っていたというから可笑しい。そんな仕立て物を買って身に付けた人もいたはずだ。

昔は、布は手で糸を紡ぎ手で機を織ったのだから、とても貴重なものなのだ。だから昔の着物は、仕立て直しは何度でも出来たし、膝のあたりが傷むと、膝には傷んでいないところを回して使うことが出来た。

6尺のふんどしは、何にでも仕立て直しが出来たのだ。洋服はそうはいかない。
それにしても、布巾が古くなると、雑巾にはなるが、雑巾は、布巾にはならない。でも、「元はふんどし」なんて、言わなければ、分からない。分からなければ、何でもあり、ということだったらしい。ふふふっ。

2013年7月10日水曜日

熱中症


猛暑日が続く。熱中症にかかる人が増えている。今日は、1000人以上の人が、熱中症にかかったとか。

人ごとではない……と思うものだから、よく水分を取るようにしている。冷房の利いたところに長く居るので、汗はあまりかかないので、トイレに行くことが多くなる。自分の体でありながら、ちょっと違うような感じだ。夕がた近くなると、下半身が重くなり、足がはれてくる。

今日は、家に帰ってから、治療に行ってきた。近くの接骨院で、電気を当てたり、先生に、揉んでいただいたりするのだが、それで少し楽になった。

選挙事務所のお手伝いにほとんど毎日出かけているのだが、これは、だれに強制されているものでもないし、行かなくてもだれも文句を言うわけではないので、しんどいと思ったら、休んだらいいだけのことである。でも、朝が来ると、何とか身体も動けるし、気分もよくなっているものだから、「今日も頑張ろう」と思うのだ。

仕事は、炊事の手伝いだ。選挙の書類発送や、証紙貼りの忙しい時は、それをしていたが、それがあらかた終わったので、皆さんの昼食の用意を、3,4人でやっているのだ。いつも台所に回る人なので、大体は、要領がわかっているのだが、その日によって、何人分か、というのが、なかなかぴったりとはいかないので、そのあたりが難しいところだろうか。ま、この歳なので、一人前のことはできないのだが、それでも猫よりは役に立つ。() 

たまには、年の功というものが役立つこともあれば、教えられることもあったりで、けっこう楽しい仕事なのだ。

昔は、熱中症などということばはなかった。2000年頃から使われ出下と思う。それまでは、日射病とか、熱疲労などと言われていたのを、統一したらしい。
この熱中症は、老人には危険なようで、命も狙われるようだが、気を付けていたら防ぐことのできるものなので、そんなに怖くは無い。
今、私の怖いのは、風評などに惑わされたり、腰折れになって、やる気を損なうことなのだ。やるだけのことをやって、後悔のないようにしたいと思っている。
 
 

2013年7月9日火曜日

CD


もう、時間がないので、今日一日のことを書くつもりはないのですが、定例の劇塾で、先日の市民劇の公演のCDをいただきました。徳島市のケーブルテレビで流されたものを市内の方が録画してくださったのです。

家に帰って早速見ました。

すっかり時間のたつのを忘れておしまいまでみていたものですから、今日のブログは、ここまでにしておきます。しかし、色々と反省させられることはありました。(^^)

演劇は、皆の力、努力で出来あがるもの、ということが、ひしひしとかんじられました。

みんな、頑張ったおかげで、何とかモノになりました。大根役者の私も、何とか責任を果たしました。(笑)
 

 

2013年7月8日月曜日

おしゃべり


「女はおしゃべりが好きやなあ。たいてい、つまらぬことをしゃべっとる。いつまでもよくしゃべっておられるものや」とおっしゃる殿方がいますが、「それがどうしたの? いいじゃないですか」と、女どもは反論したくなります。おしゃべりは、日ごろ溜まったストレスのガス抜きのようなものなのです。適当にガスを抜いておくと、爆発することもありませんし、ちょっとくらいのことで、ハラをたてることもありません。

 
10人ほどの同期生が、毎月集まっています。おしゃべりの内容は、色々ですが、昔話と他人の噂話というのが、けっこうあります。

中でも情報通という方がおりまして、どこで仕入れてくるのか、分かりませんが、聞く方は、目を輝かせて聞いています。ま、話半分というか、総てを信じているわけではありませんが、それでも、嬉々として聞いています。

いつも、しゃべり役と聞き役に分かれますが、ほとんど聞き役に回っている私も、ときにはしゃべらせてもらうために、声を少しばかり大きくして割り込みますと、一斉に顔を向けて聞いてもらえます。これは、たまに喋るものの特権かもしれません。() 

でも、いつの間にか、おしゃべり上手に話を取り上げられています。「そうなのよね。だからさあ、云々……」というように。(爆笑)

でも、これも、それぞれの個性の違いで、だからと言って、気分を悪くするなんてことは、まったくありません。皆、和気藹々なんです。(^^) 

心の打ち解けた者同士なら、何をしゃべってもいい、ということになり、それが、ストレス解消につながり、信頼につながるということのようです。

2013年7月7日日曜日

七夕さま


今日も、曇り空で雨が降ったり止んだりのお天気だったので、「これでは年に一度の逢瀬というのに……」と心配していましたが、夜になると、ちょっとばかり晴れて、幾つかの星も見えています。織姫さんと彦星さん、うまく出会えたらいいのにねえ。

もう星が降ってくるような夜空は、特別なところにいかなければ見られなくなりました。高い山の上とか、都会を離れた高原などには、そうした星空が見えるのでしょうが、このあたりでは、もう何十年も前からそんなことは出来ません。

私の息子は、もうじき56歳になりますが、実際の【天の川】を見たことはないと言います。まだ幼いころには見えていたのですが、もう記憶にはないのでしょう。あの満天の星空を見る幸せ感は、何とも言い難いもので、宇宙の点でしかない自分の存在が実感できて、ストレスも、くよくよも発散できたものです。
星に願いを込めて……などというロマンは、難しい時代となりました。

私は、以前から目があまりよくありませんから、星座などは、分からないのですが、最近は、スマホを星空にかざすと、星座と星の名前が分かるらしいです。でも、何となくスマホで星座を覗いてもねえ……の気持ちですが。()

星空は見えませんが、プラネタニュームというのがありますから、それで我慢するというのも、一つの手でいいかもしれません。
もう5,6年も前に見たきりですから、また行きたいと思っています。満天の星空の下で見ていると思って見ると、その気になれるものです。いいものですよ。(^^)

2013年7月6日土曜日

予想外


朝、天気予報を見間違えたのか、予報が当たらなかったのか、予想外の大雨が降った。気温が上がるらしいので、居間の窓を網戸にしたまま、朝から出かけ、夕がた帰ってきた。途中、大雨に会ったが、すぐに雨は上がったので、いい雨だな、なんて思って帰ってみて驚いた。窓から雨が吹き込んでいて、水が床にたまっているではないか。こんなことは始めてだ。余程の豪雨か、風向きが悪かったのだろう。

洗濯ものも、干し場は屋根付きなので、余程の大雨でないかぎり、外の干し場にほしている。しかし、今日は洗い直しをした。

そういえば、今日は、予想外のことが多かった。お中元が届いた。これも、お中元のやり取りなどしていない、気易い友人から届いていたので、すぐに電話で「届け先間違ったのではないのか」と聞いたところ、「間違いではない。いつかは食べてみてほしいと思っていたものよ」とのこと。友人10人ほどの同級生に送ったらしい。

それは、彼女の住んでいる、小松島市の名物【焼き竹輪・天ぷら】と、【フィッシュカツ】というもので、これは、全国では、小松島だけにしか作っていない魚のカツだ。徳島で味を知った県外客が、帰ってから注文をしてくるらしい。カツと言っても、あっさりとした味で、珍しさと相まって人気のある食べ物だが、地方の小さな市の竹輪屋さんの作るフィッシュカツは、なかなか県外までは広まらないようだ。

ああ、そうだ。お礼の気持ちを込めて、この際、小松島名物の宣伝をしておきましょうか。

(有)天龍蒲鉾 ☎0885-32-0328 で作られています。 美味しい【フィッシュカツ】や、焼き竹輪を食べてみてね。(^^)

 

2013年7月5日金曜日

叩く


最近の子は、親に叩かれたことはほとんどないと思うが、私の子供のころは、親はよく子を叩いたり、お灸をすえたものだ。

子どもの頃の私は、ひょろりと痩せた子で、気の弱い女の児だった。だから、たいした悪戯はしなかったように思う。何しろ随分昔のことなので、はっきりとは憶えていない。

とはいうものの、今も色あせぬまま、思い出の引き出しにたたみこんであるのも、いくつかある。

ここまで書いてきてふと手が止まった。私が今書こうとしている思い出話は、以前書いたのではないかな?と。もう、460ものことを書いたので、何を書いたものやら、思い出せないのだ。()

それを調べるのは、これまた容易ではない。

ま、いいか。私が忘れているのだから、読んでくださった方も、忘れているはずだよね。ふふふっ。

北海道に住んでいた頃で、私と二つ違いの妹の二人姉妹の時代だったから、多分小学生にもなっていなかったろう。いつものように、家の中で妹とかくれんぼをしていたときのこと。

ちょうどからだが入ってしまうほどの小豆の少し入った木箱を見付けた私は、その中に隠れ、箱の中に入っていた小豆を両耳の穴に詰めて、耳の奥のおかしな感触を楽しんだ。小豆の産地なので、よくぜんざいや餡子を炊くので、一度にたくさん買っておくのか、木箱は、私がくの字になって入れるほどの箱だった。

箱から出てきたときは、耳や頭が変な感じで、おまけに耳が痛かった。それでもはじめのうちは我慢ができたが、夕方になるとひどく痛みだし、母に事の次第を話したところ、頭を叩かれた。多分すぐ医者に連れて行かれたにちがいないが、その方の記憶はまったくない。今の親なら、叩く前に、急いで医者に走るだろう。「痛い? 聞こえる?」と心配しながら。()

この話は、これで終わりにならなかった。それから数日して、今度は妹が小豆をおへそに入れようとした。なかなか入らなくて汚い手でいじくったらしい。おへそは細菌で赤く腫れ上がり、それもまた医者のお世話になった。

妹は変わった子で、薬と医者が大好きだったものだから、多分小豆をおへそに入れたら、お医者に連れてってもらえると思ったのだろう。妹も私同様、頭を叩かれ、おまけに私までこづかれた。姉が馬鹿なことをしたから妹が真似た、ということなのだが、この時は、何となく「母さんは、ママハハかもしれない」なんて思ったから、かなり、こたえたのだろう。

自分の耳の治療の記憶はほとんどないのに、妹がおへその手当てを受けている光景は、はっきりと覚えている。おへその中に、ピンセットでガーゼを詰め込まれていたこと、赤チンでおへそのまわりを染められていたのが、おかしくてたまらなかったこと、泣くどころか、私と目が合うと、にこっと笑ったことなど、鮮明に思い出す。

ちなみに妹は、中学生の頃から、大きくなったら、看護婦になりたいと言い出して、祖母にひどく反対されてなれなかった。その理由は、「病気の人が集まるところで働いたら、病気になる」ということだった。今思うとおかしな話だが、そんなことで腰を折った妹も、意気地がなかったのだろう。()

今は懐かしい思い出の一つになっている。

 

 

2013年7月4日木曜日

寝る前の1杯


【寝る前の1杯】なんて書きますと、ビール?それとも水割り?なんて聞かれそうですが、これは、熱中症対策のための水分補給のことです。

年寄りは、「寝る前に水分などとると、夜中にトイレに起きなくちゃならないから、飲まない」という方が大勢います。

私も、寝る前は、あまり水分は取りたくないものですから、ほとんど飲みませんでした。大抵、12時前後に床に入るので、睡眠時間は、平均して5時間ほどです。この頃のように、ちょっと疲れがたまってくると、入浴が億劫になってしまって、朝風呂にしよう、と、顔だけ洗って蒲団に入ると間もなく寝てしまうのですが、そんなとき、水を飲むことだけは、忘れずに、と心がけていますが、ときには忘れます。

先日も、熱帯夜でしたが、汗をかき、喉が渇いて目が覚めました。なんとなく、身体がアッっぽく、頭が痛いような気分だったので、「これはいかん」と、慌てて水を飲みました。熱中症にはならずにすんだのですが、やはり、寝る前の一杯は、飲むのがいいと、それ以後は、忘れずにコップ1杯飲んでいます。

スポーツドリンクのように、塩分を含んだ物は、保水力も高く、夜間にトイレに行かなくて済むようです。私もトイレには起きず、大丈夫です。
冷房も、タイマーで、1時間つけておきますと、今のところは、寝付きもよく、熟睡できているのか、朝は、そんなに寝不足感もなく、5時間ほどで、自然に目が覚めます。

これからは、厳しい暑さに向かいます。私のような高齢者は、暑さにも、センサーが鈍くなります。十分に水分補給をして、熱中症にならないよう、心がけて、この夏を乗り切ろうと思います。 (^^)

2013年7月3日水曜日

ラジオ体操


テレビでしても、ラジオ体操とはこれいかに! なんていっちゃってー。(笑)
久しぶりに、ラジオ体操をしてみた。肩コリをほぐすために。

子どものときから、ラジオ体操とは、切っても切れないご縁があった。今のラジオ体操とは違うのだが、昭和3年にスタートしたというから、私が生まれた時は、すでにラジオ体操はあったのだ。ただ、ラジオが各家庭に出回ったのは、昭和も10年を過ぎてからではなかろうか。
 
私の記憶では、小学校に入学したときは、ほとんどの家にラジオはあったが、お隣の頑固なお年寄りは、ラジオなんか不要と、買わさず、家族が困っていたのを思い出す。朝6時のラジオでの天気予報で、零下20度以下になると、(北海道帯広市)小学校が10時はじまりになるので、そんな時は、母が電話で、「今日は10時はじまり」と、教えてあげていた。どちらも、商売をしていたので、電話はあったのだ。
そのうちに、お隣さんもラジオを買ったが、暫くは、高い棚の上に載せて、音を小さく絞ってお爺さんに隠していた。(笑)

今のラジオ体操第1は、昭和26年から、第2体操は、1年遅れて27年より、ずっと続いている。当時は、新しい体操が、何となく違和感があって、なかなかなじめなかったのを思い出す。(前の体操がしやすかったのに、何故変えたのかしら……)なんて思ったものだ。でも、慣れてしまった今となれば、良く出来ている。(笑)
なんせ、教員になってからは、毎日のように、生徒と一緒に体操をしてきたのだ。

私の教師時代は、生徒と向き合って、生徒と反対の動作で、模範演技?をしていた。
それが癖になっていて、今もよく左右間違えて反対から始める。今の先生方は、反対の動作はしていないようだ。

余談になるが、癖というのはひどいもので、「右手をあげて」といいながら、自分は左手を挙げる、そういうことが、日常だったものだから、退職して随分とたっている今も、左右をよく間違うのだ。一瞬考えないと、無意識には出てこない。人様に道を教えたりするとき、慎重に左右を確かめながら言ってる始末。(^^;;