2017年9月9日土曜日

№1170 心の旅路


  もう何度目かになる写真の整理をした。する度に少しは減っていくのだが、なかなか思うようには減らせない。何しろ、87年近くも生きてきた証明のような写真であるから、忘れていたようなことも、瞬時にスイッチが入って、否応なく思い出の花が咲くので捗らない。

 生まれ故郷の帯広には、12歳の夏まで住んでいた。その後、大人になって3度ばかり足を踏み入れただけの、ま、蝉の抜け殻のような故郷だが、それだけに引力は強く、色あせた写真に絡まる感慨は尽きない。

 50人ほどが、日の丸の小旗をもって並んだ幼稚園の集合写真がある。硬い台紙付きの立派なものだ。こんな時代から、「天皇陛下万歳」を刷り込まれてきた。「日本で、一番偉い人はだれですか?」という質問が出る。最初は、「うちのお父ちゃん」なんて答えていた子もそのうち、「天皇陛下です」と、一人前になって卒業する。

  名詞ほどの運動会の写真が1枚ある。当時は、軍隊式の整列や行進が、一つの見せ場だった。全校生が行進する。手は肩の高さまで振り、足は腿を高くあげ、角を回る時は直角に曲がる、という行進だが、どの学年も、とても美しかったが、練習は厳しかった。小学生でも、やれば出来るものである。

 戦後の写真は、写真機はあっても、フイルムを買うゆとりもなく少ないだけに貴重である。教師になるために入った学生生活は、この上なく貧しい時代だったので写真も少ない。そんな中の1枚は、父親の背広を仕立て直した物を着て、下級生から借りた(というより、頭に無理にのっけられた)角帽をかぶってのすまし顔。これは似合わない。() それでも若いということは素晴らしい。けっこう楽しい学生生活だった。

卒業し、教員になったものの、月給で革靴1足も買えない時代。インフレのなか、給料もあがっていくのだが、物価に追い付かず、買いたいものはどんどんと店頭に並ぶが、大抵は我慢である。

貧乏の中、結婚し、子育てをしながらも、電気製品には憧れる。電気釜も洗濯機も欲しい。何を買うにも、月賦で買うものだから、10回払いが済むと、次の製品を買うので、楽にはならなかった。でも買いたい服も買わず、旅行もせず、嫁としての気遣いをしながらも、どの写真も幸せそうに笑っている。何と健気であったことか。()

息子の写真は、いつ見ても心が潤んで来る。もう定年近くになった息子だが、毎朝、井戸のつるべから水をくみ上げて、庭の隅のみかんの樹の根元にしゃがみこんで、盥でゴシゴシとむつきを洗う姿、朝食もそこそこに、息子を背にくくりつけて髪振り乱して乗合バスに飛び乗るというあられもない格好、昼休み、預けてある息子のところに走り込み、ほっと一息ついて授乳。……そんな映像が走馬灯のように炙り出されるからたまらない。

……といったように、古い写真を拡げると、心の旅をしたような気分になって、目的とは裏腹に、再び写真をかき集めてしまいこんでいる。最終は、アルバム1冊ぶんの写真が残ればいいのだが……。

2 件のコメント:

  1. 9月に成りましたら、少し仕事が忙しくなりました。
    昔「心の旅路」という良い映画がありましたね。記憶喪失になった主人公が、その原因になった街を歩きながら、徐々に自分の過去を思い出す、という映画でしたが、ほんとうに昔の写真を見ていますと、その時々の記憶が徐々によみがえってきますね。
    わたしの所は今二人家族ですが、最も多い頃は、二所帯で7人家族が暮らしていました。亡くなった弟の一家も、良く大勢で遊びに来ていました。
    色んな写真が、アルバムに収まり切れずに、あちこちの引き出しに入ったままです。
    やはり時々出しては見ますが、暫く見つめて、また同じ引き出しに収めてしてしまいます。 少し整理しょうかな~、なんて思うのは、正月休みの時くらいです^^;

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  2. 昨夜、仲良しの同級生の訃報が入りました。娘さんと息子さんの住む湘南に引っ越して2年位たちましたが、今年の同窓会にも、遠方きていただいて、たのしく数名が泊りこんで、おしゃべりをしたのですが、ショックです。
    終活と言いながら、中々手につかずなのですが、いよいよ身につまされる昨今です。

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