2016年11月8日火曜日

№1099 日記帳


  このトシがくるまで、日記らしい日記は付けていない。というのは、あまり詳しいことを書き遺すのをためらう気持ちがある。日常生活の忘備碌程度のことしか書かない。それも、大切に置いておく気持ちはない。2年も置くと焼き捨ている

 1991年から10年日記というのを使いはじめた。B5版の2000年まで。1930年生まれの私だ。2冊くらいは書けるかな、と思いつつ、手にしたのを思い出す。1頁を10に分けたのが一日分なので、詳しい内容を書くスペースがないのもいいと思った。

思い通りに2冊めの終わるとき、3冊目をどうするか迷った。10年は長く、最後まで書きあげる自信がなかったのだ。それで3年ものにした。少し小さめのA5版のものだが、厚さは変わらない。

無事に3年が終わりに近い12月、本屋で日記帳を見かけ、どれにしようかと、随分迷ってしまったが、1年物の、気にいったものがあったので、それに決めた。見開きが1週間の日記と、別に見開きに1カ月のカレンダー予定表のついた、月曜始まりのものを購入した。2年も生きておられるか?と思ったわけではないのだが……。

月曜始まりの手帳や日記というのは、使い始めた頃は少なくて、さがすのに苦労したのだが、今はどこにもあって、さがす苦労などまったくない。

先日書店にいったついでに、来年の日記帖も、早々購入した。今使っているものと、同じものを選んだ。かなり時間をかけて、もっと使いやすいものはないかと見くらべたのだが、使いなれたものにした。

 日記帳選びというのも、けっこう楽しいもので、色々な思いがよみがえってくるものだ。過去の日記帳は、身辺整理をしながら、焼き捨てたものがほとんどで、今は、3年日記以後のものしか置いてないのだが、過去を懐かしむ気持ちはあっても、心に残っているものだけで十分だと思っている。今は、前だけを見つめて歩くのに、精一杯だから。()

 

4 件のコメント:

  1. わたしも中学生の頃から日記を付けていますが、節目節目で、焼却してきました。 しかし大阪から帰ってからは、節目と言えるものが在りませんので、ずっと残っています。 最初の頃のは現在43歳になる娘の線だけの落書きも見れます。最近15年程は、普通のノートのページに中央に縦線を書いて、一ページに二年間を書けるようにしています。ほとんど商売関係のことが多いです。○○を仕入れすぎたとか、○○は良く売れたとか、何月に何の種を蒔け、とかそんなことです。  今使っているノートは、2009年から書き始めましたが、来年で書き終わるようです。今年のページは、なぜか書くことが多く有ったようで、左側の去年の文は12月の下旬に成っていますが、右側の隣の今年の文はまだ現在です。

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    1. kogaさんのご商売は、楽しそうですね。 でも、植物は生き物なので、管理も大変でしょう。
      九州は、色々とじけんがありましたが、博多の駅前の陥没は、はじめは、驚きました。周りのビルまで、陥没しやせんかと心配しましたが、原因が分かりほっとしました。

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  2. 日記やカレンダー、年賀状の話題が出るようになると年の終わりも近いですね。

    私は生まれてからこの年まで日記というものを書いたことがないんです。仕事をしていたときは、予定を書き込む手帳は欠かせませんでしたが、それは予定表や備忘録であって日記とは違います。仕事を辞めてからは家計簿の端に今日の出来事をちょっとメモしておく程度、でやってきました。

    佐藤愛子さんの「90歳、なにがめでたい」を読んで「私もおばあちゃんの介護をしていたときの事を書いておけばよかった」と娘に言うと「ほんとだね。書いて置いて本にすると売れたかもしれないよ」からかわれました。その他の事で日記を書かなかったことを後悔はしていません。

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    1. もう、年の暮れなんかすぐですよね。ハロウィンがすんだらすぐにクリスマスセールがはじまっています。
      mimiさん、100歳ちかくなって、「100歳なにが目出度い」を書いて下さい。必ず売れますから。トヨさんみたいに。(^^)

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