2016年11月23日水曜日

№1104 地震


 こよみが変わつているので、昨日になるが、朝早くから、東北の地震、津波と、TVは連続放送していた。またもや福島……、福島の方たちの気持ちを考えると、何とも言えない気分になった。
 地震といえば、阪神淡路大震災のとき、(1995/1/ 17 AM:46)かなりの揺れで驚いたものだ。まだ4歳だった孫といっしょに寝ていたのだが、私は思わず孫の上に覆いかぶさった。しかし孫は、すーすーと眠ったまま、ビクリともしなかったのに感心してしまったのを思い出す。
 日本は、幾つもプレート上にあるのだから、いつの日か、日本沈没ということになるのかもしれない。
 私の住んでいるところは、海も山も離れているので、南海地震が起こっても、家は傾くかもしれないが、津波や山崩れの心配はないので、避難訓練などは、あまり真剣に考えていない。多分、この辺りに住んでいる方々は、私と似たり寄ったりだろう。真剣に考えれば、非常事態の時に持ち出す物などをそろえておかねばならないのだろうが、そんな用意はしていない。
 何事も【運】で片付けるつもりはないが、運が悪ければ、旅行中に出くわす不幸ということもある。我が家や病院のベッドで静かに逝けたらいいなあと思うが……。
 

4 件のコメント:

  1. 地震はいやですねぇ。わたしの所は多分海抜1m位の所で、津波予報は10m位ですから、人間はいち早く逃げれても、低い所で育てている植物はどうしようも無いですね。 中には結構大事に育てている物も有るのですが、それらが全て流されるかと思うと、気が滅入ります。 東北の方の話に、お金は全てタンス預金にしていて、全部流された、と言っていた方が居られましたが、少ないお金ですが、せめてお金だけは、やはり預金にしておかねばいけませんね。
    姉が神戸で震災にあってますが、いまだに風呂に水を溜めたままにして置くらしいです。やはりかなり不便な生活をしたようです。わたしも一応、枕元に肌着など入れたリュックを置いてますが、まだ夏物のままです(^^;

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    1. さっそく冬物と入れ替えておいてくださいね。(笑)
      海抜1mでも、海からはなれていたら、大丈夫と違いますか?
      私の家の中の床は、海抜6mです。海から離れているし、川からもかなり離れているので安心しています。

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  2. 阪神震災の時、宝塚にいましたが、ライフラインが全部駄目になって生活は目茶目茶でした。娘は神戸市役所に、孫は神戸の六甲中学に行っていたのですが電車が動かず、孫は代替えバスで、娘は大阪から北回りで出勤するのですが、三宮からは東灘まではリュックを背負って徒歩でした。

    私の友達も何人か被災しましたが、みんな家の倒壊によるものです。津波はありませんでしたから・・何も持ち出せず給水車が来ても、容器がなくて水が貰えなかったと言っていました。1月ぐらいお風呂が沸かせず、大阪まで銭湯に言っていた人もありました。街中灰色で、頼りになるのは自衛隊だけだと思いましたねえ。

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    1. 阪神のときは火災が怖かったようですね。建物の下敷きになって、逃げることもできずに、焼け死んだ方がおられましたもの。
      自衛隊は、憲法違反だなどと言っていた方たちも、あの自衛隊の働きを見て、言わなくなりましたものね。私の知り合いの息子さんが、TVで活躍する自衛隊を見て、「ぼく、自衛隊に入る」と言って困ったといっていた方がいました。(笑)

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