2017年1月21日土曜日

№1123 大寒


 いよいよ本格的な寒さが到来。でも、大寒に入ったとはいえ、昔の寒さとは、かなり暖かいようだ。60歳近い息子が生まれた頃は、朝洗ったおしめが干している間に凍ったり、つららができることはよくあった。手にはひび割れや皸ができたものだ。(あかぎれなどというこんな漢字は、見たこともない人が殆どだろうなあ。私も始めてパソコンの変換で知った)

私は帯広で12歳まで暮らしたが、この頃はTVの天気予報でよく、帯広が出てくるので思うのだが、零下15度だの放送しているが、私の子どもの頃は毎日のように、零下20度近かったし、20度を超すと学校は、1時間遅く始まるのだが、そんな日はよくあったものだ。

暖冬は嬉しいのだが、地球の温暖化で、色々な問題が持ち上がっていることを思うと、喜んでばかりはおれない。

寒くても、ほとんど震えることのない環境で暮らしながら、「これでいいまか?」と思う。せめて着るものを一枚よけいに身につけて、(だるまさんのような格好で)エアコンやストーブの目盛りをちょっぴり抑えている昨今である。(^^)

 

4 件のコメント:

  1. 確かに昔の冬は寒かったですね。内地だって軒にはつららが下がっていたし、外に置いた水は凍っていました。子供も大人も皹、霜焼け、皸に悩んでいました。暖房と言えば大きな部屋に置かれた火鉢が一つ。炭が高いので、炊事の後の残り火を入れてかじりついていました。

    今時は小学校にまでエアコンがあるそうで、話を聞くとびっくりです。

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    1. 〝子ども風の子〟なんていわれていましたけど、家の中ばかりのような子どもたちには、通用しませんね。鍛えるなんて今時は無理です。寒い所で震えて勉強させるなんて、親たちは、がまんできないのでしょう。PTAの希望で付けるのでしょうね。先生たちも、それを望みますから。(笑)

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  2. わたしの場合は九州で、比較的温かい土地柄ですから、学校にストーブは有りませんでしたが、大阪の専門学校には有りました。 冬に成りますと、ストーブ係、というのが有りまして、係の人は授業中でも火加減を見に、立歩いても良いのです。 私も一度係に成りましたが、授業が面白くない時には、わざわざストーブの火を見に、立って行ってました^^ 昭和38年は大阪の大雪の年で、雪の積もった風景を初めて見ました。39年の卒業式の日も積もっていましたが、なにしろ19歳でしたから元気そのものでした。 今は毎日、ストーブ係です^^;

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    1. S38年でしたか。こちらも、大雪の時だったかも。勤め先から、帰ることが出来なかった方を、ふたり、歩いて我が家に連れて帰ったのはいいのですが、停電で、お風呂も沸かすことも出来ず、電気炬燵も使えず、寒い目に合わせて、かえって気の毒しました。(笑)

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