2015年7月5日日曜日

№ 946 来客


 昔、仕事の関係で知りあったHさんが、久しぶりに、訪ねてくださった。息子さんの車に乗って、現れたHさんは、熱心な創価学会の信者さん。娘に先立たれ、その納骨のため、香川の墓地へ行かれ、その帰りに私宅に寄ってくださったのだ。私にとても会いたがっているので、帰りにちょっと寄るという電話をいただいていたのだ。

 彼女は、車から降りられなかった。足が悪く、歩けなかった。家に入っていただくには、息子さんが、負んぶしなければならなかった。車の中での会話だった。『娘は、まだ死にたくないと泣きながら死んだわ』と言うHさんは、淡々と語ってくれた。胸がいっぱいになった。Hさんは、たしか86歳になられている。

わずか15分ほどの会話だったが、その間に、同じことを何度か繰り返す。息子さんが、『妹が亡くなって、急に意識が混乱するようになってしまった』とおっしゃった。無理もない。でも、そうしたことにでもならなければ、悲しみはどんどんと増幅していくのだろう。喜怒哀楽が、薄められて、少しでも気持ちが軽くなるのであれば、それでいいと私は思った。「落ちついてきたら、また、もとのように、しっかりしたHさんになりますよ」と、言いながら、それを強く願った。

 昔の話をするときのHさんは、ニコニコとして、とても可愛かった。歩けるようになつたら、また来るからね、と言って帰って行かれた。

2 件のコメント:

  1. 私の姉も88歳で跡取りの息子に先立たれました。長生きするようになって逆縁の憂き目にあう人が増えたようですね。辛いことです。そういう私の姑も息子に先立たれて10年、嫁である私と共に過ごしました。さぞ辛かったと思います。

    子供は親より先に死んではいけません。生死の事は神様の範疇ですけどね。

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    1. 逆縁ほどつらいことはありませんね。代れるものならと、思っても、どうしようもないのですから……。ほどよいところで逝かねばと思いますねえ。

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