2012年8月31日金曜日

パラリンピック


パラリンピックが始まった。

障害を持つ方々が、精一杯の競技をなさる姿は、見ていても、頭が下がる思いがする。

オリンピックに続いて行われるパラリンピックなので、もう、多くの方たちは、こうした大会があることをTVやラジオ、新聞でご存じと思うのだが、国民体育大会(国体)が終わった後でも、障害者の国体が、引き続いてあるのはご存じだろうか。

 
忘れもしない、東四国国体が、香川と徳島で開かれた年だった。(調べてみると、1993年である。20年近くも昔になっているのか……)徳島でも、国体の様子が、次々とTVで写されていた。

それはいいのだが、それが終わっていざ、障害者の国体がはじまってみると、まったくTVでの放映は皆無なのだ。

 
当時、夫も私も、障害児の教育にたずさわっていたものだから、そうした人達の競技には、とても関心があったのだが、どのチャンネルをひねっても、写されていなかった。夫が留守なので、録画もしたいと思っていたのだ。

 
夜、夫が帰って来たので、そのことを言うと、「何だと?」と、いうなり、受話器を持ち上げて、徳島の放送局に電話を入れ、怒鳴りはじめた。放送局の方は、上(東京?)からの指示がなかったとのこと。そのような返事を聞いたものだから、ますます怒る夫。上からの指示がなければ、こちらから言うべきでないのか、と。それでも気のすまぬ夫は、東京のNHKにも文句を言っていた。しまいには、そんな考えだから、いつまでたっても、障害者差別がなくならないんだと、怒鳴って受話器をガチャン

当時、障害者への意識は、その程度だったのだ。

 
あれから月日がたっているので、世間の障害者に対する偏見は、ぐっと少なくなってきたのは嬉しいことだ。学校の呼び名も、養護学校とか、最近は支援学校とか色々と考えて変えているようだ。

 
しかし、いくら名前が変わっても、多くの人達の心の中に、差別意識があれば、何も変わっていないことと同じである。

差別語とかいって、ことこまかに、口にしてはいけない言葉があるようだが、
もっと大切なことが置き去りにされているものだから、いろいろなことで障害者はつらい目に会う事が後を絶たない。

 
障害を抱えた方たちも健常者も、同じ人間として幸せに生きていける世のなかにならなければ、文化国家、先進国とは言えないだろう。

 

 

2 件のコメント:

  1. ご主人様は情熱的な方だったんですね。私も障碍者手帳を持つ身なので、そんなお話を聞くと嬉しくなります。

    でも、いくら言葉狩りをしてみても、人の心の中はなかなか変わりませんね。むしろ言葉に出せないだけ陰に籠ってしまうような感じがします。陰湿ないじめの対象にされたりして、悲しい思いをします。

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    1. 自分は「優しい」と思っている人がほとんどとおもいますが、本当の優しさというのは、難しいものです。
      ことばを言い変えただけでは、何の効果も生まれませんものね。

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