2012年11月8日木曜日

今日という日


朝6時に目覚めたが、いつものようにぐずぐずと30分ほどして起床。夜寝るときは、「お前さんもおトシなんだから、明日は目が覚めなくても不思議ではないのだよ。最低の身辺整理はしてから寝るべし」ということが、いつも頭のうちにあるものだから、散らかったまま、というようなことはない。

でもこの4、5日は、脱いだ服は椅子に引っかけたままだつたり、台所には流しの洗い物が残っていたりしていて、だらしがない。やはり気持ちがたるんでいて、首に関係なく出来ることまで、ほったらかしているのだ。こうしたことが慣れてしまうと、『年寄りは汚い』などといわれるようになるのだから、きちんとしておくべきである。

さて、まだ少し残っている肩や背中の突っ張り感と痛みには、温めたのが良かろうと、お風呂に入る。小原庄助さんの気分で出てくる。

衣服を身につけ頭を乾かしていると電話が鳴った。仲良し仲間からだ。仲間のSさんの夫さんの名が、新聞の死亡欄に出ているという。それ以外、何も分からないので分かったら教えてくれとのこと。

10年前、病気で倒れ入院、幼児のようになってしまった夫さんを、Sさんは毎日病院通いをしてよくお世話をしていた。とうとう亡くなったと聞いて、Sさんの気持ちを思い涙が出てきたのだが、その反面、私は気持ちの中でほっとしていた。88歳というお年である。多分ご家族にとっては、いつまでも生きていて欲しかったに違いないのだが、Sさんのことを思うと、「もういいよね。十分お世話していただいたものね」と夫さんに語りかけていた。

さあそれからが大変。S家も、その近くに住む知人も電話が通じない。慌てると、そばにあるものを探すのと同じ。本人の携帯にかけるということを思いついたのは10分もしてからだ。やっと通じたのはいいが、向こうも大変なのだ。親戚一同と、門出の膳に着いているという。930分から葬儀が始まるのだという。急ぎ友人たちに知らせの電話。間に合うかどうかという時間だ。用意を始める。MさんとIさんに香典を頼まれる。下手な字で書くのだが、慌てて字を間違える。

てんてこ舞いの末、やっと間に合って葬儀に参列。お見送りしてきた。
Sさんも、お疲れの様子もなく、何よりだった。

お葬式というのは、どなたのお葬式であれ、悲しみの式典だが、居合わせた方々が、「幸せな一生をおくられたなあ」と、見送ってあげられるのが何よりと思う。やはり、十分な年月を生きられて、子孫も幸せ、何の心配も無く旅立たれた、という葬儀に参列させていただくのが、最上だと、思った。

午後、友人が訪ねてきて、ブログの首云々を読んだので、柿をちぎってあげましょう、ということだった。感謝。50個ほどちぎって、くれたので、たくさん持って帰って貰おうと思ったが、10個でいいとのこと。柿は、食べ過ぎるとお腹を壊すとか。(笑)

夕食後は、Sさんの様子を心配していると友人に報告。

あんなこんなの慌ただしい一日も、何とか終わる。感謝。

 

2 件のコメント:

  1. 88歳まで生きられたのならもう嘆くことはないですよ。ご本人も奥様も・・・どうせ永遠には生きられないのですから。

    ごまめさん、とても安静には出来そうもないですね。後で出なければいいけれど・・

    自分が死んだあとの事まで心配することはないです。お部屋も取り散らかして置けばいいと思いますよ。あとは子供に任せてください。子供だってそれぐらいの事はしますよ。

    忙しさから逃れるためには少々義理も欠く事です。

    返信削除
    返信
    1. 死後の心配というよりは、私の美学(笑)でしょうか。
      ま、そんなこと言いながら、そのうち、何をするのも大儀になっていくのが老化ですからね。ふふふ。

      削除