2012年4月10日火曜日

不器用

文房具屋に行って筆ペンを買ってきた。半時間も選りすぐって、何とか気に入ったものをみつけたものだから、同じものを3本も買ってきた。字がとてつもなくヘタなので、筆ペンにはかなり神経を使う。机の中には、香典返しなどにいただいた筆ペンがごろごろしているのだが、あの筆ペンでは、下手が更に下手になってしまうので使いものにならない。

字に限ったことではなく、何につけても不器用なものだから、それにまつわる失敗談も豊富にある。

教師になったばかりのときだった。単身赴任で学校に来ていた教頭先生のYシャツのボタンが、ぶちっとちぎれて私の机の上に飛んできた。私は親切心でそのボタンを付けて差し上げたが、そのとき、針を力まかせに引き抜いたところ、運悪くそこに教頭先生の額があって、思いっきり太い木綿針を突き刺してしまった。
教頭先生は、「あっ」とも「うっ」ともつかぬ声を発せられたように記憶しているが、私は、「ギャー」と大声を出してしまった。もう少し私の手先が下がっていたら、教頭先生の目玉を突くところだった。
 
私の不器用は一体誰に似たのか……と、深いため息とともに考えこむことがある。何をしても手先のことに関しては、ひと様の半分もできない。習字、絵画、工作、裁縫、どれをやらせてもまずダメである。父も母も字こそ巧くはなかったが、父は大工顔負けのような仕事をして、「器用貧乏在所の宝、隣のなんとかに使われる」といったところだったし、母だって、自分の卒業した女学校の裁縫の助手に雇われていたほどの腕たちだった。

実は、この不器用というのも、本当は理由があってのこと。それは、私はもともと左ききなのだ。
左ききは器用というケースが多いらしいが、私の場合は、学術書にも書いてあるのだが、能力が左右に別れてしまうというケースで、この場合は不器用になってしまうらしい。
こういった学説が嘘でないことは、私にはよく分かる。例えば、剃刀で眉の形を整えるときも、眉ペンで眉を引くときも、右は右手、左は左手で、ちょっと誰でも真似のできないことをするのだが、実はどちらも同じように巧くはやれない。アイラインも同様で、いくら慎重に構えても、目のふちからとびだしてしまったり、太くなったりで、けっきょく見栄えのするような化粧は諦める……ということになってしまう。
お手玉や毬つきなど遊ぶことは当然左だが、お箸と字は、厳しく右手で躾られたせいか、左手では食べたり書いたりはしたことがない。今はもう、そうしたことは自然にまかせている親がほとんどだろう。

不器用ゆえに頬を染めた、ということは何度もあるが、公衆の面前で恥ずかしい思いをしたことが二度ばかりあった。
学生のとき、粘土細工の宿題がでた。私は苦労して茶わんを作って持っていったところ、口の悪いO先生は、私の茶わんを高々と掲げて、「こんな小学生みたいなのがある」と言われた。ただでさえ肩幅を狭くしているというのに、そんなことを言われて、私はもうすっかり工作とO先生が大嫌いになってしまった。

二度目は教師になってからのこと。図工の指導の講習を受けにいったことがある。むろん、いやいやながらの受講である。
人物写生の仕方の講義をうけ、画用紙を与えられた。講義を聞いたからといって上手く描けるはずもなし、私はまたまた身を縮めて描いていると、机間巡視をしていた講師先生が、私の描いたものを高く持ち上げて、「この顎の線、いいですね」とおっしゃったのだ。
正直いって、その年まで自分の描いているものを、こういう形で褒めてもらったことがなかったものだから、驚きと嬉しさと恥ずかしさで、年がいもなく顔を赤くした。 
その次の先生のことばを聞かなかったら、私もいい気分のままでおれたのだが……。
「教師は、自信のなさそうな子に自信をつけさすのも大事ですね。このようにして何か褒めてやることが大切です」
 ……やられた! と思った。でも、前回のように、講師先生を恨めしく思うことはなかった。むしろ、感心してしまった。といっても、恥ずかしかったことには変わりはない。

この二つ、私にはいい体験だった。 
不器用な先生というものは、子どもたちにとっては、あんまり有り難くない。大きな被害を被ることだってある。宇をひとつ書いても、先生の字は、お手本なのだ。絵にしても工作にしても、指導に自信がないし、ぶちまけたはなし、力の入れようがちがってくる。

ああ、今ごろは、どこかでだれかが、「不器用なセンセのおかげで、字も絵も巧くはならなかった」なんて陰口いわれているかもしれない。O先生を恨めた義理じゃなさそうだ。


2 件のコメント:

  1. 人それぞれ持って生まれたものがありますね。私のは不器用と言うより、物の形がわからないんですよ。どうも生まれつきみたいです。

    犬を描いても猫を描いてもおんなじ4本足。人を描いたら目と鼻と口があるだけ。こういうのって練習すると治るものなんでしょうか。今更直らなくても、生きてはいけますけどね。

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    1. くっくっく。mimiさん。そんなこと言ったらお目目が怒りますわよ。ちゃんと、犬は犬と見せてやっとるやないかってね。
      私は手の動きがわるいのか、手を動かす神経が悪いのか、命令を出す司令塔がわるいのか、判断しかねますが、どっちにしても、書き上がったものは、犬やら猫やら、狸やら……といったところです。(::)

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