2012年5月9日水曜日

本当の優しさ

ある方が、「婚期を逃がした娘がいるので、どこかいい相手がいないかしら・・・」とおっしゃった。何度かお見合いらしきことをしたのだが、まとまらなかったらしい。

30代の独身者など、今は男女ともに箒ではいて捨てるほどいるのだが、なかなか相手はみつからないらしい。

相手に求める条件は、真面目で優しい人。正社員で収入が安定していたらいいとのこと。それならお相手はけっこういらっしゃるはずだ。男性の方が結婚難の時代というじゃないの。

相手に求める条件は、特別難しいことではないのだが、いざ見合わせると、圧倒的に女性が何だかんだと言って断る、と言うのが、世話好きの方の弁である。30歳も過ぎた女性の目は、かなり肥えていて厳しいとか。

以前も、同じようなことをおっしゃっていた方がいた。最近は、お見合い結婚は珍しいので、自分で見つけることの出来ない若者は、なかなか適齢期に結婚することは難しいのかもしれない。

解るような気がする。そもそも、結婚したいと、本心思っているかどうか、疑問に思うことがある。居心地のいい親の家で、三食賄付き。働いた給料は一人で使い放題という身分は、なかなか手放したくはないだろう。本当に好きな相手が出てくるまでは、踏みきれないようだ。

気の毒なのは男性で、結婚難の時代である。そんなこともあってか男側からの条件は、健康な明るい女性、といった程度のものが多く、かなり大雑把なものである。男性の本心である『優しくて女らしい可愛い女性』などという難しい条件は、控えている。

優しさといえば、今は猫も杓子も優しさを求めているようだが、本当の優しさというのは、どこにでも転がっているものではない。優しさも教養と同じで、自分自身が磨いて育てていかねばならないものだろう。自分のことだけしか考えられないようなことでは、優しさなど育たない。
むしろ、自己犠牲が優しさの基本かもしれない。


母親の優しさは、自分のことなど二の次三の次である。母は優しかったと懐かしむ方は大勢いらっしゃる。

どこまで自分を犠牲にできるか、ということが、優しさの物差しになるようにも思う。

一般にいうと優しい方は、この世に大勢いらっしゃる。私の周りにも優しい方だらけだ。優しくない人は少ない。その優しさをあとちょっとでも膨らませてみたら、家庭が、環境が、世の中が、変わってくるやもしれない。

優しくなろうと、心がけることで、ちょっぴり優しくなれると思っている。エセ優しさかもしれないが、それでもかまわない。
少し気持ちが優しくなると、顔も優しくなってくるだろう。

私のようなトシになると、今更美人になりたいなどとは思わないが、優しい顔にはなりたいと思う。高価な化粧品では、優しい顔は作れない。

優しくなると、幸せ気分も纏いついてくるにちがいない。こんないい気分はないはずだ。
私の理想は、ボケても優しい顔をしたおばあちゃんである。

2 件のコメント:

  1. 優しさこそ人間の本当の価値かも知れませんね。私も、もし、これから結婚するなら、優しい人を見つけたい。

    でも、外見優しそうに見えても、いざ、自分に都合が悪くなると、小意地が悪くなる人も結構いるので、そこの見分けは難しいですね。

    それに自分も時に優しさを忘れるので、他人の事をどうこうは言えないな、と自覚しています。

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    1. 私だって凡人ですから、偉そうなことは言えません。(^^;;
      優しくなろうと思うだけでもいいと思っています。

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