2012年6月8日金曜日

二度あることは……


我が家のすぐ横に、半反程の畑がある。だれも耕すことができないので、土いじりの好きな方が三人ほど、適当に野菜や花などを作っていて、収穫があると、お裾わけしてくださる。私は、ありがたいことに、手を汚さずに、お相伴になっている。
先日も、じゃがいもや胡瓜を頂いた。

この畑、夫が生きているときは、夫の格好の遊び場だった。
日が立つにつれて忘れ去ることはよくあることだが、その反対もあっておもしろい。
これから書くことも、折に触れて思い出してしまうものだから、いよいよ鮮明に残っていく

夫が退職した年、横の畑で本格的に野菜を作るとおっしゃって、中古のトラクターを買った。耕運機はあったのだが、それではダメという。近所の不要品をわけていただいたのだ。

土に親しむということばはあるが、私などは、親しむどころか、苦しめられてばかりいる、という実感しかない。なんせ、ひそかに『雑草園』という名を付けているほど、我が家の庭も畑も草が生えまくるものだから、それを追いかけるのに、精も根も尽き果ててしまうのだ。おまけに腰の弱い私としては、辛い仕事である。

畑は、何も植えていなければ、草が伸びると耕耘機でさっと引いてもらえばそれでいいのだが、モノを植えたとなると、そうはいかない。
夫は機械は大好きだが、手で草を抜くというような仕事には向いていない。やりかけても、すぐにのっぴきならぬ他の用事を思い出してしまう。
おまけに自分が引き上げるときは、必ず相棒の私まで止めさせてしまうから困る。私は「今やり始めたばかりだから、もっとする」と言いたいのだが、怒るものだから止めざるを得ない。私はいつも彼の留守を狙って草取りをしることになる。
妙なところにこだわっているらしく、何によらず、彼の目の届くところで、私がきつい仕事でもしようものなら、すぐに「止めとけ」と命令をする。「わしがあとでしてやる」と親切に言ってくれるのだ。しかし、してくれたためしがない。これを「優しい夫」というべきか、「勝手な夫」と言うべきか、今もって解らない。

話が本筋から外れてしまった。夫がトラクターを買ったときのことである。まるで、子どもが玩具を買ってもらったように、広くもない畑をトラクターで行ったり来たりするものだから、土地が軟らかくなり過ぎたのだろう。それでもお天気のうちはよかったが、雨が何日も降ったものだから、中を歩くことも出来ぬほどになったのだ。中に入ると、足が抜けなくなってしまう。

雨があがって二日ほどたった日、夫はトラクターのエンジンを回しはじめたので、私が「まだ無理だわよ」と、止めたのだが、「大丈夫だ」と言って畑に乗り入れた。土地は、かき回すほどいいと思っている。

ものの五分もたたぬうちに、トラクターは、ぐっと傾いて動かなくなった。(それごらん)おかしかったが、笑いをこらえて夫の言に従って、お隣の大型トラクターの持ち主に電話。やっと引っ張り出してもらった。

普通、こうした失敗は、まあ無いこともないだろうが、同じことを二度三度とやる人は少ないと思う。その少ない中に夫は入るのだから困ってしまう。

「まだ早いよ」という私の忠告を無視して、またまた、ぬかるんだ畑にトラクターを乗り入れて、埋めてしまったのだ。

今度は、大型トラクターの主も手をあげた。動かない。機械のリース屋で、クレーンを借りて引っ張り上げることになった。

リース屋と交渉した夫は、「半日借りて六千円や。安いのう」と、嬉しげにいう。午後、クレーンがとどいので、また近所の方にお手伝いいただいて、やっとトラクターを引き上げた。

夕方、機械屋が機械を取りにきた。お金を支払うため、私は六千円を握っていると、壱万円の請求書をくれた。
「あら、六千円と聞いてたわ……」
「六千円ですが、ここまで運んでくるのに二千円、運んで帰るのに二千円いただくんです」
なるほど。私は納得して壱万円を支払った。あとで夫にそのむね伝えると
「あいつ、ウソつきやがった。あんなもの、自分で持運び出来んこと分かっとるのに。そんならはじめから壱万円と言うべきやないかッ」
と、怒りたもうた。そう言われればその通り。夫の言い分は間違ってはいない、と、私はうなずいた。

二度あることは三度ある、とはよく言ったもの。まだあるのだ。
それから何日かして、今度は、土地が少し凸凹なので、土をあちこちやって平らにすると言う。リースで一日、機械を借りれば出来るらしい。
「まだ畑は軟らかいから、もう少ししてからにしたら?」と忠言したのだが、「軟らかいからいいんじゃ。硬いと出けん」とおっしゃって、機械を借りた。ユンボとかいうのだろうか、小さな機械だ。運転席に乗ってあちこちと土を運んでやっているうちに、機械はまたのめり込んで横倒しとなってしまった。そんなに大きな機械でなかったので、怪我もなくすんだのでよかったが、またまた、近くの方にお願いしなければならなくなった。近所の方も、気のいい方たちだが、私はもう恥ずかしくて、
「すみません。お父さんには困ってしまうわ……」
と言うと、相手は、
「まあ、気のすむまでさせときな。そのうちセンセも飽いてくるわ」
と言って、腹の底に溜まってた笑いを絞りだすように、くっくっくっと笑った。
私も我慢していた笑いの緒が切れて、その人といっしょに、くっくっくっと笑ってしまった。

さすがの夫もその後、失敗の繰り返しはやらなかった。二度あることは、三度ですむとは限らない男、ということで、あれから私も雨の後は、目を光らせていたこともあったが、近所の方がおっしゃった通り、機械に飽きてきたこともある。まるで『とっちゃん坊や』である。

今は、トラクターに乗ったSさんが、野菜の収穫あとを器用にひいている。のめり込ませて困っている様子などみたこともない。が、私の頭の中に写しだされるのは、夫の困り果てた顔であったり、私が、ちょっと機械のそばへ寄ろうものなら、「危ないッ! 近寄るなっ!」という怒声が飛んできた夫の雄姿?が重なるのだ。






2 件のコメント:

  1. ごまめさんの旦那様、ほんとに優しい方だったんですね。可愛い奥様にしんどい事はさせられない、の1念だったんでしょう。羨ましいわ。

    頃合いの広さの畑は退職者にとっていい玩具ですよ。ご主人もお幸せでしたね。熟年ご夫婦の姿が目に見えるようです。

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    1. 多分、夫は、自分ばかり好き放題しているので、気がひけて、私の仕事を止めさせたかったのですよ。家のことは、一つもしない人でしたから。
      逃げ去られたら困りますからね。(笑)

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