2012年9月8日土曜日

釣りキチ物語


「釣りばか日記」という映画シリーズがある。「釣りキチ」ということばもある。バカだのなんだの言われるのが、釣り好きに与えられるネームのようだ。

 
私の夫も、釣りキチだった。釣りの好きな方は、世の中に大勢いらっしゃるが、夫は、漁師の古い廃船を安く分けて貰い、エンジンを新しくして、傷みを直し、ペンキを塗り替え、なんとか使えるものにして、船主になってしまった。

釣り人から、漁師へと格が上がったのか、下がったのかは知らないが、暇さえあれば、海をかけまわっていた。

 
夫が持ち帰ってくる魚は、ほとんどが、鯵・鯖・太刀魚・メバルといったような魚で、鯛やヒラメ・カレイといったような、高級魚は、釣ってはこない。

「鯵や鯖はもういいから、鯛やヒラメを釣ってきて」と言ったことがある。
「そんな魚の住む所には、行ってない」という。私は、そういう魚の住むところに行って、釣ってきてほしい、という意味なのだが、彼は、行く気がなかった。それ以上言うと、「鯛が食いたければ、マーケットで買ってこい。わしは食わんぞ」と言うにきまっている。彼に言わせると、マーケットに並んでいる魚は、魚じゃないのだ。

 
釣りの好きな方に、「釣りの魅力は?」と、ヤボな質問をすると、きまって、「竿先から伝わる、微妙な魚信、ぐいぐい引いていく魚との駆け引き、格闘・・。たまりませんなあ。それに、もう何日も前から、あれこれ考えたり、準備したり、想像したりしながら、目いっぱい楽しめます」とおっしゃる。

夫も、準備をしているときから、真剣に楽しんでいたものだ。

釣りは、食べる楽しみとセットの場合が多い。夫も猫並みに魚好きだった。
釣ってきたイキのいい魚の美味しさは格別なのだ。でも、そんなに食べられるものではない。でも、夫は、驚くほど食べた。おまけに、傍らで食べている私が、口に入れてすぐに「美味しい!」と言うのだが、それだけではすまない。何度も言わないと、「美味しいか」と尋ねるし、「美味しくないのか」なんて言うので、5回も6回も、「美味しい」を繰り返すことになる。子どもじみていて、おかしくなるのだが、仕方がない。

 
中には、自分の釣った魚は、一さい食べられない方もいるようだ。
以前に聞いたのだが、その方は、全部差し上げてしまうとか。決して魚が嫌いではないそうだ。買った魚は召し上がるのだから、おかしな話だ。理由を聞くと、釣った魚の目に見つめられると、もう胸が痛んで食べられないとか。驚くほど心優しい方だ。そんな方は、多分、捨て犬を何匹も拾ってきて育だてたり、釣り場に住むワル猿たちに、いつも、大きなさつま芋を持っていってやるような方だろう。

 

夫は、海の恐ろしさは、よく知っていた。天候がちょっと悪くなると、すぐに引き返すこと、エンジンの手入れは怠らない、無線機の調子がちょっとでも悪いと、すぐに修理か、新品にする、など、気をつかっていた。

 
海に出て、竿を垂れるということは、躰に生気と新風を吹き込むことのようだ。ストレスも解消でき、仕事の上でのアイデアも浮かんでくるとよく言っていた。

 
「いつまで釣りに行くの?」

「健康で楽しんで釣れる間は、いくつになっても行くだろうなあ」

そう言っていた夫だが、あっけなく、あの世に逝った。64歳だった。
考えてみると、船上で倒れなかったのが、不幸中の幸いだつたと思う。

 
鯖の刺身などは、漁師くらいしか食べられないのだぞ」と、よく言っていたが、本当だ。マーケットには、あるはずがない。鯖の生き腐れというほどだ。跳ねているような鯖しか、刺身にはならない。

今夜、(いや、もう日が変わった。昨夜というべきだね)夕食に、マーケットで買ったお刺身を食べたものだから、ちょっと思い出してしまった。

2 件のコメント:

  1. 旦那様は熱中タイプなんですね。何をしても一生懸命になる方だと思います。鯖のお刺身食べられてよかったじゃないですかあ。女房冥利につきますよ。

    ま、女にもてるタイプです。ごまめさん、いい方に見初められてよかったですね。

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    1. お蔭で、漁師の妻の気分は味わいましたが、女房冥利はどうでしょうか。
      心配はよくさせられました。(笑)

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