2012年10月8日月曜日

ママのお腹


産まれたばかりのような赤ちゃんをそっと抱えた若いママさんが、ご夫婦連れで買い物にいらしていた。あまりにも小さいので、そっと覗きこんでしまった。ママのお腹の中で、十月(とつき)もいた赤ちゃんだ。この世のことは、まだ何も知らないのだが、ママのお腹のことは、まだ憶えているに違いない。

我が家の初孫が2歳半ぐらいのことだった。私とこんなことを話たのだ。

「○ちゃんはね、ずっと前、ママのお腹の中にいたのよ。おぼえている?」

「うん。おぼえている」

「ママのお腹の中で、何していたの?」

「えーとね、(ちょっと考えて)お水あそびしてたの」

「へえーっ。お水あそび?」

「うん、お水あそび」

この話を聞いて、私は何とも名状しがたい感情が心中に膨れ上がった。それは、私自身の忘却の彼方の真珠の核を照らし出されたような驚きでもあったのだ。歳月は、私が母のお腹の中で、悠々自適の暮らしをしていた記憶など、脳の奥の奥に深く巻き込んで、冷凍してしまっている。孫はまだおぼえていたのだ。
その後、何度か尋ね返したが、「お水あそび」以外の答えは出てこなかった。

それから半年ほどして孫が高熱を出したことがあった。意識が朦朧としていたのだろう。突然うわごとのように、「ママのおなかがいい! ママのおなかがいい!」と。ママが驚いて「ママはここにいるよ」と、何度も言いながら子を揺すったが、そのまま寝入っていたという。
 
その後しばらくして再度、「ママのお腹の中で何してたの?」とたずねたときは、「そんなこと、おぼえていない」という答えだった。

その時は、何となくほっとしたものだ。大きくなってまで、不安や苦しみに出会うたびに、ママのお腹が恋しくなるようでは困る。

ママのお腹は、どんな世界も敵わない安住の袋だったに違いない。産まれたばかりの赤ちゃんの、あの元気そうな泣き声は、きっと「怖いよう。ママのお腹がいいよう」という叫びだろう。
そう思うと、何の苦労もない代表のような赤ちゃんだが、そうじゃないよ、という赤ちゃんの反論が聞こえてきそうである。

初孫は、今は大学4年生になっている。いつかこの話を聞かせたい。

ちなみにお腹の中の記憶は、言葉が話せるようになってからのある時期にたずねると、おぼえているらしい。次女に尋ねたときは、時期を逸したようで「知らない」の答えだった。

4 件のコメント:

  1. 赤ちゃん、本当に可愛いですね。
    お母さんの、お腹から羊水の袋を破って、この世に飛び出してくる元気いっぱいの声、勝ち誇ったような素晴らしい鳴き声、出産に付いている人達を、緊張感から解きほぐし笑顔を爆発させます。
    母親はその子供を見て感動する姿は素晴らしいものでした。
    感動を忘れずに、命を大切に育ててあげてほしいですね。


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    1. 赤ちゃんは、見ているだけで幸せな気分になりますね。まして、自分の子や孫は、映画や芝居をみているよりも楽しく飽きません。不思議な力をもっていますね。

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  2. エー。そうなんですか。生前の記憶は生まれた途端に忘れる物だとばかり思っていました。
    脳が完全な姿になるのは受胎後何か月ぐらいだったかしら?

    生前の記憶があるなら、死後も暫くはこの世の記憶が残っているかも知れませんね。だとしたら、火葬は正しいのかしら?なんだか不安になってきました。

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    1. お腹の中のことを記憶?出来るのは、やはり、脳がある程度発達していないと無理でしょうね。死後の記憶は無理。脳が死んでいますから。焼かれても痛くも痒くもないはずよ。(笑)

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