2013年7月16日火曜日

自分のために


ボランティアというのは、色々な種類もあるのだが、基本的には、他人が困っているときに、「力になりたい」と思って、無償で働くことだろう。震災地、災害地に出かけるなどは、まさしくボランティアである。そのほか、海外にまで出かけて、貧しい人たちのお世話をしたり、自然保護のために活躍している、などなど、数え切れない。

が、政治の世界で、今、私がしているようなことは、ちょっと意味合いが違うようにも思う。ただ、賃金などいただかずに、候補者のために「力になりたい」と働くというのは、「候補者が困っている」からというよりは、政治家として、この方に当選して頂くのが、国のため、私たちのためだ、という期待と願いから、やっていることなので、災害地に行くとか、独居老人のお世話をする、といったボランティアとは異なるだろう。直接人助けをしているわけではない。相手陣営にとっては、私たちのような者はマイナス行為だろう。

だから、どちらかというと、自分たちのためにやっている、というのが本当だろう。(無論、人助けのボランティアも、自分のためにしている部分もあるのだが……)

ま、あまり硬苦しく考えずに、ボランティアなんて言っているのだが、猫よりましな私なので、自分なりに、ちゃんと他人に必要とされているという実感もあるのだ。これは、とても大切なことだと思う。誰かに必要とされていることは、生き甲斐にも通じることで、そうした仲間との絆もでき、優しさや、心の触れ合いもあって、癒されるのだ。

大きなことは出来ないが、地域のことであれ、何であれ、小さな事であっても、ボランティア的な仕事に参加することによって、友達も膨らむし、自分一人で生きているわけではないことも、実感出来る。

ちょっとでも、【だれかのお役にたつことが出来るのは、幸せなこと】この実感は、間違いなく感じられるのがボランティアの醍醐味だろう。健康で長生きできるかもね。(^^)

 

 

2 件のコメント:

  1. 誰かのお役に立つってほんとに幸せな事ですよね。満ち足りた気持ちになれます。

    でも私はもう駄目ですー。なるべく誰にもお世話をかけなくて済むように心掛けるのが精一杯です。

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  2. そんなことない。MIMIさんは、身体を動かさずに、人のためになることをしているじゃない。短歌や俳句の添削も、その一つでしょう。こうして、コメントを書いてくださることで、私は励みになっていますし、教えられています。素敵な先輩です。

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