2012年3月19日月曜日

悔しや饅頭

お菓子屋の店先で、紅白饅頭を注文している方がいた。何かのお祝いごとらしい。見本という箱をちらとのぞくと、小さめの紅白饅頭が5つほど入っている。
昔は、かなり大きな紅白饅頭だった。3つ分くらいはあった。

教師になって間もない頃だった。あるお百姓のお家へ家庭訪問に行ったときのこと。
母親は、野良着で小走りに畑から帰ってきて挨拶するやいなや、すぐに奥の方に消えて行った。

時間を気にしながら、入り口の広い土間に腰を下ろして待っていると、お皿に大きな紅白の饅頭を三つ載せたものが出された。
母親は、またすぐにお茶の用意をするため、座を去った。ポットだのガスだの無かった時代なので、かなり待たされる。
お茶やお菓子は、前もって子どもを通じて断ってあるのだが、どこの家でも、聞いてはもらえない風習があった。

時間にして、10分ほど待たされた。私は饅頭には背を向けて、庭の方を眺めていたのだが、母親がやっと「お待たせしてしもうて……」と言いつつ、お茶を持ってきたので、いざ話をしようと振り向いて驚いた。お皿の饅頭二つが消えている。その間、幼い弟たち二人が、ちょろちょろと部屋の中を走っていたのは知っていたのだが、ちょっとのスキに、弟めに二つ掻っさらわれたのだ。
お皿には、紅い饅頭一つしかなかった。私が、大きなヤツを二つも食べてしまったことになっているではないかッ。悔しいったらありゃしない。

とっさのことだったし、それに母親に告げれば、子どもが折檻されると思ったので、何の弁解も出来ぬまま、その家を去った。

家に帰って、母にその悔しい話をすると、母も知人宅で、同じようなことをやられたと言う。母はその子をぐっと睨んで止めさせようとしたらしいが、効果はなかったと笑っている。

その時は、子どものシツケのためにも、言うべきだったと、悔しまぎれに思ったりもしたのだが、今となっては、やはり言わなくてよかったと思う。
おやつなど、満足に与えられていなかった子ども達が、それぐらいの悪さをしたって、どうということはない。
もう悔しさもどこかにすっ飛んで、ただ可笑しい思い出だけが残っている。
大きな饅頭を目にするたびに、おなかの中の笑い虫が、くっくっくっと笑い出す。


3 件のコメント:

  1. 昔はお饅頭はご馳走でしたからねー。そのうちの子供の気持ちも、ごまめさんの気持ちもよく分かる。

    小学生の頃、祝日には、よそ行きの着物着て袴はいて式で最敬礼を繰り返し、帰りに紅白のお饅頭を頂いて、とても嬉しかったのを思い出しました。戦争が激しくなって、いつの間にかお饅頭は消えましたけどね。

    遠い昔の物語です。

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    1. mimiさんの小学生時代と、私のそれとは、ちょっと違いがあって、着物を着て云々はなかったのですが、紅白饅頭は、頂いた記憶があります。ほんとに嬉しかったけど、今の子供達が、紅白饅頭貰っても、私たちのようには、喜べないでしょうね。

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  2. 先生の様子を窺いながら、お饅頭を狙う幼い子ども達の様子、食べた覚えのないお饅頭が減っていたときの先生のお気持ち、ありありと浮かびます。あの頃はみんな貧しかったですねえ。でも、今思うと、懐かしいですねえ。

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